小さな勇気を出す彼は『節制』
荒廃した建物の狭間、狭い路地は一つしか無い街灯に薄く照らされてる。ヒルを途中で迎え七人になった一行は、目の前に立ちはだかる誘拐犯と向かい合っている。デスメタル男、ハーフ女、マッチョ男。奴らは確かに、同級生のトルカを誘拐した犯人である。
誘拐犯の一人、マッチョ男はうなり声を上げている。
「……殺す」
「俺の拳、効いただろ」
ヒルは笑って挑発する。
「――ねえフウ、立ち上がって大丈夫なの?」
マッチョ男に殴り飛ばされてから蹲っていたフウが、立ち上がろうとしてテンが顔をのぞき込む。
「おう、良くなった!」
「良かったねぇ」
ノワはフウの腹をぺたぺたと触る。
「痛っ、痛い! 止めろよ、痛いだろ!」
「痛いんじゃんかよ」
シンは思わずツッコミを入れる。先ほどからシンはテイと一緒に、誘拐犯から少し離れたところで様子をうかがっていた。
そのときマッチョ男が足を踏み出す。もう我慢ならないといった様子だ。
「はい止まれ! シャッフルするわよ」
金髪美女が、低めの通る声でマッチョ男を制止する。
「ス「スリーオラク「スリーオラクル、シャッフル!」」」
誘拐犯のシャッフルは三重奏の様に響き、結果何も起きない。
「いーっつも揃えろって言ってんだろうがぁ!」
もの凄い剣幕でハーフ美女がキレる。
「てめえが遅えんだよ」
マッチョ男が躊躇無くハーフ美女を殴り、女はビンタを返す。
「俺は悪くないし、二人して気が早いんだよ」
詠唱が一番遅れたデスメタル男が火に油を注ぐ。
「今だチャンス!」
その声が誰のものか全員が分からなかった。しかしすぐに理解する。さっき蹴飛ばされたばかりのフウが、飛び出していく。
「ワンオラクル、シャッフル!」
フウは拳を振り上げる。初めての詠唱だが怖がってはいない。拳が風を纏う。そしてその拳は、言い合いをしているハーフ美女を横から殴り飛ばす。
「うぐぅ」
吹き飛ぶ女。次の拳で今度はその隣のデスメタル男に殴りかかる。
「ワンオラクル、シャッフル」
フウの背後でマッチョ男が詠唱。フウを腕でなぎ払う。宙に浮き壁に衝突、ブロックが崩れる。
「フウ!」
ノワが駆け寄る。
「きゃああ!」
テイの悲鳴。
「大丈夫?」
テンが駆け出し、シンたちもフウの元へ走る。彼は崩れたブロックの上に仰向けに倒れている。起き上がる気配はない。ヒルが倒れた彼の横にしゃがみ込む。
「急に飛び出すんじゃねえよアホ!」
微かにフウの唇が動く。
「あいつ……体が岩みたいに硬くなってて……地属性だ」
フウの体から血が流れているのを見て、ヒルは自分の服を破ろうとする。そのとき、しばらく空気のように動きのなかった死神のマスクを被ったミカミがスポーツバッグから包帯とタオルを差し出す。ヒルは受け取り、清潔かどうか確認すると手当を始める。
「地属性は風には弱いからか」
シンは思い出したように口に出す。独り言のつもりであったが、思ったより大きな声が出た。
「え! そうなの! シンったら授業聞いて無いくせによく知ってたわね。――とか言ってる場合じゃない! フウ、生きてる?」
テイがフウの頬を撫でながら聞く。
「折れてはない気がする」
フウは目をつぶったまま返事をする。
「折れてたら置いてく」
ヒルの一言に、「全然平気だぜ!」と言ってフウは目をぱっちり開いた。
血を流しながら壁にもたれ座るフウに、ヒルは必死の止血を試みる。誘拐犯は今、フウに殴り飛ばされたハーフ女に気を取られている様だ。他五人が壁になり、敵方を警戒する。
「ひゃっはは、だっせえ! 油断してるからそんな事になるんだぜ」
デスメタル男は腹を抱えてハーフ女のことを笑っている。
「うっせえぞ! くっそ! お前ら後輩だろ! なんとかしろ!」
金髪女が当たり散らす。マッチョ男がシンたちの方へ突進してくる。
「ワンオラクル――」
すぐさまテイが、拳を振り上げながら飛び出す。
「おいっ!」
シンの手が空をさまよう。
「ワンオラクル、シャッフル!」
テイが早口で決まり文句を唱える。マッチョ男とテイの詠唱が重なる。次の瞬間、テイは殴りかかったはずの男の後ろに瞬間移動していた。彼女のシャッフルは発動しない。
「えっ」
現状を理解できていないテイ。マッチョ男はシャッフルを発動。一見その拳に変わりは無いが、フウが殴り飛ばされたことで地属性だと分かっている。岩のように拳が硬くなるのだ。マッチョ男が拳を振り下ろす先にはテン。岩のような拳に吹き飛ばされる。
「ぐふっ」
吹き飛んだテンは、フウを手当てしている最中のヒルの背中に衝突する。
「どうして!」
テイの悲鳴。なぜシャッフルが失敗したのか分からず混乱している。
「誰だ! 大丈夫か!」
ヒルが包帯を巻く手は止めずに声を掛ける。
マッチョ男はテンを殴った拳を引き、ミカミに肘鉄を食らわす。
「かはっ」
ミカミの肺から空気が絞り出される音がきこえる。
男は流れるように回し蹴り。シンは迫ってくる脚を見守ることしかできない。首に直撃、無言で吹き飛ぶシン。
「……折れた? 鼻がツンって……」
マッチョ男は、ずっと自分の後ろで突っ立ったままのテイを次のターゲットに定める。
「嫌だ、嫌だ。やめて、きゃあああああああ」
次の瞬間、男は吹き飛ぶ。ヒルが男に体当たりをしたのだ。ヒルが手当途中のフウを見る。
「じっとしとけよ」
包帯が途中まで巻かれたフウは頷く。
「フィールドが被ってるんだ。もう少し離れないと」
地面に仰向けのシンがアドバイスを出す。
「俺らが下がれってのか?」
ヒルは下がる気はなく、むしろ相手を押しやるつもりだ。
「お前らを表通りまで吹っ飛ばしてやる」
マッチョ男は今にも噛みついてきそうな顔をしている。
「下がらないことにはどっちもシャッフルできないんだ。2人とも下がりなさい!」
断固とした態度のテン。シンは彼の小さい子を叱るような口調に驚く。ヒルが先に、舌打ちをして一歩下がる。マッチョ男の方は一歩後ろにステップを踏み、シャッフルも唱えずに飛び出してきた。
「ワンオラクル、シャッフル!」
詠唱するヒルの声が楽しそうに、地面に寝そべったシンには聞こえた。




