見たいと欲する現実しか
神がかり行者は白髪をかきむしり、
「分からんのか、ならば、教えてやる! 誰もが知るべきだ、誰もがこの恥ずべき過去を受け止めるべきだ」
「だから、過去を受け止めるとして、そこから先の話がサッパリ見えてこないのよ」
「そこから先……だと!?」
神がかり行者は、一瞬、言葉を詰まらせた。真実を教え広めるとか大仰なことを言っているが、それにより何を目指すのかという、基本的な議論の出発点において、欠けているものがあるような気がする。
「分からんのか! これほどの暴挙を目にして、おまえは何も感じないのか!!」
神がかり行者は口から泡を飛ばしているが、そう言われても、実際、何も感じないのだから仕方がない。自分の国の歴史が汚辱にまみれ唾棄すべきものだったとしても、自分とその国とはイコールではない。帝国が成立するプロセスで発生したという阿鼻叫喚の地獄絵図は、もともとこの世界の住人ではないわたしにとってはもちろん、神がかり行者にとっても、遠い過去の他人の過ちに過ぎず(実は神がかり行者は仙術を極め不死の能力を得た当事者だったみたいなオチがあれば別だけど)、それ以上でもそれ以下でもないのではないか。
神がかり行者が懺悔したいのであれば、勝手にすればいい。自分の心の中で完結しているなら、精神的マゾヒズムも個人の自由に属する事柄だろう。でも、他人にまで同調を求めるのは、いかがなものか。
わたしは「ふぅ」と小さくため息をつき(話題を少し変えよう)、
「ところで、公園では、誰もあなたの話を聴いてなかったけど、民衆に『教え広める』のは無理じゃない?」
「そっ、そんなことはない! みんな目を曇らされているだけだ!!」
「そうかしら。あなたの言う『真実』を民衆が求めているとは思えないわ。『多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない』、本当は、あなたにも分かっているんでしょ」
「なにぃ!」
神がかり行者は髪を逆立たせ、口をモゴモゴと動かした。なかなかわたしが同意しないので(神がかり行者にとっては、いくら説明しても理解してくれないので)、さっきからかなり頭に来ているようだが……
「治国の大道は、『依らしむべし、知らしむべからず』だと思うわ。それに、あなたは人をこんな異空間に連れてくるくらいの強力な魔力を持ってるんだから、無意味に公園で大声を張り上げるよりも、むしろそちらを有効活用する方が早いんじゃない?」
「なにっ!? それはどういうことだ?」
「つまり、一言で言えば、要するに…… 魔法の力で世界征服みたいな……」
すると、神がかり行者はカッと目を見開き、
「この愚か者がぁ! おまえは少しはマシかとおもったが、やはりブタ、ブタ、ブタ、最悪のブタだ!! 力では問題の根本的な解決はできない。心が変わらなければ、心なき無法の力は災いを大きくするだけだ!!!」
その時、辺りは突然まばゆい光に包まれた。わたしは思わず目を閉じ、両手で目を覆った。一体、なんなんだ? 根本的な解決……誰もそんなことは求めていないと思う。




