閲覧室にて
カリカリカリ…… カリカリカリ……
閲覧室には、どことなく空疎に、ペンを走らせる音が響いていた。わたしとプチドラ以外、閲覧室には誰もいない。
魔法アカデミーの魔法使いは、閲覧するよりも借りることの方が多いのだろう。貸出希望の場合は「貸出室」が別にあるらしいが、そちらは結構繁盛しているかもしれない。プチドラは机の上に寝そべって、退屈そうにぼんやりと本を眺めている。
今わたしが書き写しているのは、『歴代皇帝の年代記』のうち、「初代皇帝の章」の部分。七色の魚を釣り上げたとか、巨大なドラゴンが天に昇ったとか、ファンタジーでなければ単なる伝説として片付けられる話だけど、ファンタジーの世界でも、話がうますぎるような気がしないではない。
しばらく書写を続けていると、突然、閲覧室の扉が開き、白いローブを来た中年の男が現れた。どこかで見たような顔だ。「誰だっただろう」と思って眺めているうちに目があったので、社交儀礼として軽く会釈してみた。
すると、その男はゆっくりとわたしのもとに歩み寄り、
「ああ、あなたはウェルシー伯、ゾンビ事件の際、どこの馬の骨とも知れぬ謎の魔法使いから魔法アカデミーを守ってくれたそうですな」
「まあ、そんなこともありましたですね……」
誰だか思い出せないので適当に答えると、プチドラが起き上がり、わたしの肩に飛び乗った。
「マスター、この人は、魔法アカデミーのパーシュ=カーニス評議員だよ。忘れてた?」
プチドラは、わたしの耳元でささやいた。言われてみれば、そんな人もいたような気がする。忘れていたというよりも、そもそも記憶に留めていなかったという方が正確だろう。
パーシュ=カーニス評議員によれば、調べものがあるが本を借りるほどのことではないので、珍しく閲覧室に来たということだ。(わたしの予想どおり)魔法使いは閲覧室よりも貸出室で本を借りることが多く、貴族で大図書館に足を運ぶ人は少ないので、閲覧室はいつも閑散としているという。
パーシュ=カーニス評議員は「ハッハッハッ」と快活な笑い声を上げ、
「何はともあれ勉強熱心なのはいいことですな。あなたは帝都に屋敷をもらったそうだが、どうですかな、こちらの暮らしには慣れましたか? いや、地方出身者にとっては勝手が違うことも多いかもしれませんな」
なんだか小馬鹿にされているような気もするが……
「おかげさまで、楽しませてもらっています。特にツンドラ候にはいろいろとお世話になりまして、ゲテモン屋やら神がかり行者やら、帝都の名物をご紹介いただいています」
「『神がかり行者』ですと? そうか、ああ、あの男……」
一瞬、パーシュ=カーニス評議員の表情が曇った。そして、
「神がかり行者には近づかないほうがよろしかろう。それともう一つ、友人は選ぶべきでしょうな」




