帝都大図書館
怪しい物音の件はそのうちに片付けることとして、調査終了後、わたしはメイド服ではなく比較的高級なドレスを着て、(非常に高価な)風呂敷に紙とペンとインクを包み、プチドラを抱いて馬車に乗り込んだ。行き先は、帝都大図書館。エレンには学術的な書物を仕入れてくると約束していたので、図書館の本を一つ一つ手で書き写そうということ。印刷技術のない世界では書物は非常に高価で数も少ないので、地道なようだけど、可能な場合には書写が一番早くて確実な方法だと思う。
「なんだかなぁ……」
プチドラは、あまり乗り気ではなさそうだ。宝石や貴金属や酒樽とは違って、書物の山に囲まれるのは好みではないらしい。
馬車は石畳の道をゆっくりと魔法アカデミーに向かって進む。というのは、帝都大図書館は魔法アカデミーが管理しており、場所も魔法アカデミーの敷地内だから。入館資格は男爵以上の貴族と魔法アカデミーの魔法使い。貴族の場合は魔法使いとは違って、本を借りることはできないが、許可を得れば閲覧室内での書写が可能。知識が支配階級に独占されていることになるが、前近代的な社会では、よくある話だろう。
やがて、馬車は帝都大図書館の玄関前に到着した。さすがに知識と学問の殿堂だけあって、ギリシア建築を髣髴とさせるように円柱が立ち並び、壮麗な造りとなっている。でも、書物を安全に保管できれば用は足りるはずだから、必要以上に(ある意味、無意味に)ものものしい感じもしないではない。
わたしは事務所で閲覧と書写の手続を済ませ、長い廊下を歩いて閲覧室に向かった。途中ですれ違うのは、ローブを着た魔法使いばかり。自分たちの知識と教養を主張しているかのように、軽蔑するような目でわたしを一瞥するのは、なんともシャクに障る。
「インテリゲンツィヤにとっては学問が世界のすべてだからね。ツンドラ候の暴力が学問に置き換わっただけと思えばいいよ」
プチドラは一向に意に介さないようだ。知性や体力で地上にほぼ並ぶ者のないドラゴンにとっては、人でも猿でも同じように見えるのかもしれない。
しばらく歩いていくと、「閲覧室」というネームプレートがはめ込まれた扉の前に着いた。扉を開け、中を覗きこむと、テニスコート2面分程度の部屋に、机と椅子が規則正しく並べられている。他の閲覧者はいないようだ。部屋の一方にはカウンターが設けられ、カウンターの向こう側に数名の職員が配されていた。
カウンターで閲覧と書写をする旨を告げると、職員は、百科事典のような分厚い本(すなわち蔵書目録)を3冊取り出し、その中から希望する本を選ぶように言った。直接本を手に取って選べるシステムではないらしい。わたしは適当な本を何冊か選んで持ってきてもらい、席に着いた。紙をペンとインクを取り出し、さあ、昔の人の苦労を味わうこととしよう。




