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エピローグ


 とある屋敷の一室。

 広い室内にはベッドに横たわる老婆と、そばで椅子に座り、その手を握る黒髪の見眼麗しい青年が居た。

 老婆の横たわるベッドにだけ窓からの陽が差し、老婆の緩く纏められた亜麻色の髪を白く見せ、その顔に刻まれた皺をより目立たせた。けれどその整った造形から、若い頃には美しい人だったであろうことがわかる。


「眩しくないか?」

 と、青年が問う。


「いいえ。心地良いくらい」

 榛の瞳を細めて老婆が返す。


「もうすぐリュシアンも来る」

 その言葉に老婆が微笑んだ。

 青年は老婆の手を両手で握り締め、時折擦った。その姿は何かへ祈っているようも見えた。そんな青年の姿を見ながら、老婆は口を開いた。


「ヴィネ様。もし、よ。今後、良い人を見つけたら――」

 青年――ヴィネが老婆の手を握る手に少し力を込めた。老婆は言葉を飲んで、ただ笑った。


「――ヴィネ様。私、幸せだったわ。貴方と一緒になれて、リュシアンも立派に育って。これ以上なんて考えられないくらい」


 ヴィネ様、私ね――と老婆が続ける。


「吸血鬼になることも、悪くはなかった」

 刹那、ヴィネは唇を噛み締め、その赤い瞳が一層鮮明さを増す。


「でもね、そうしないでくれて――私を、私のまま死なせてくれて、ありがとう」

 老婆の優しい声音に、ついにヴィネの赤い瞳から一筋の涙が零れた。続いて零れでる涙を拭うことなく、彼は老婆を見つめた。


「愛しているわ」

「ああ、ソフィア。私も愛している」

 老婆――ソフィアは目蓋を下ろし深い笑みを作ると、再び彼を見上げた。




「――ねえ、ヴィネ様。いつものように笑って」

 そうねだる彼女の榛色の瞳をヴィネは見つめ返した。しばらく彼はただじっとソフィアの顔を見つめていたが、やがて、ぎこちない笑みを作った。自分でもぎこちないとわかっているのか、何度か口角を上げ直し、最後は自然と笑ってみせた。


「ああ、その笑顔。なによりも好きだった――ありがとう、ヴィネ様。リュシアンにも、愛している、と伝えて――……」

 そういうと彼女は、言葉を発しなくなった。けれど、その顔は、穏やかな笑みを湛えていた。

 室内には残された彼の嗚咽だけが響いた。


 二人が出会って六十年後、穏やかな春の日でのことだった。


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