第78話 天変
私たちの結婚式の最中、突如ランキエールを含む東部地域を襲った豪雨は、ただの通り雨に収まらず、その後丸二日間振り続けて、干ばつにあえいでいた大地を潤した。
それどころか、必死に作った溜め池の氾濫が起きかけ、一時的に堰を解放したくらいである。
雨に遭った人間は無論のことすぐに、
──干ばつが、終わったのやもしれぬ。
という疑いをもった。
式は私の判断で、ただちに中止とした。
この異常事態において、王都から呼んだ諸侯を一刻たりとも留めておくわけにはいかなかった。彼らには手土産を持たせたうえですぐに各々の領地に帰らせ、干ばつが終わった場合を想定して準備をするよう言った。
ドルナク家の面々にも、ただちに領地に戻って状況確認と今後の施策を練るように進言すると、お父さまは即刻それに頷いて馬車を走らせた。
この突然の雨について、ランキエールの農民には、若様の結婚式のおかげでめでたいことが起きた、と理解してくれる者もいた。個々人の視点に立てば、干ばつが終わって潤沢な水が手に入ることについて、悪いことなど一つもない。
しかし、経済的にはどうか。
魔報と旗振り通信を組み合わせた緊急の情報によると、この雨の情報が広がったのか、王都でも雨が降っているのかは不明なものの、少なくとも数字の上では、王都ではあらゆる作物の価格が下落したということが知らされた。
「特に、先物の価格が暴落しているとのことです」
執事のエルドが書斎に来て、私とトリスタン、お義父さまに報告してくる。
これは逆に、穀物の価格高騰を予期して西側を支援するために私たちがやっていたことが吉と出た。このおかげで、今年に取れる予定の小麦や蕎麦一定割合を、暴落前の価格で買い取ってもらうことができるようになる。
だが、大枠として蕎麦や小麦の現物を大量に保有していたランキエールからして、そもそもの穀物の価格暴落は大痛手だ。
そして、それ以上に痛手だったのは、東部の商人たちであり、彼らを抱えていた周辺の領地だった。
彼らは私たち主導の小麦・蕎麦の生産、水の管理計画の裏をかき、借金をしてまで王都の市場に入り込み、穀物の現物を確保しようとしていたのである。穀物の先物価格はそのせいもあって上昇していた。
それが、干ばつが突然終わったとなれば、売るはずだった穀物の値段だけが下がって、その穀物を売って返す予定だった借金を返せなくなってしまう。この損失は、もはや、どんな手段を用いても代えようがない。
私たちの方針に背いて穀物を確保していた領地は、想像以上に多かった。
結婚式の来賓にもそういった領地の者は数多いて、雨が降ったと理解したときには顔面蒼白になって、もう震えるに震えて、我らが当主アルシオンに縋ってきたのである。
屋敷の大広間で、諸侯はランキエールの方針に逆らったことを懺悔し、このままでは領地が立ち行かなくなってしまうと泣いて詫びてきた。
──王都にいたときの私なら、切り捨てるだろう。
判断するには時期尚早だが、干ばつが終わったということなら、それ自体は決してネガティヴなことじゃない。
予定が狂い、変わったとしても、私たちは物を作って生き残ることができる。借金もない。下落した穀物を多く抱えていることは不利だけども、その負けは負けと認め、家畜の餌にでもして前を向いていけばいい。
欲をかいて賭けをし、失敗した者たちについては、相応の報いを受けてやり直していくのが筋だ。
助けを求める諸侯の背中越しに、お義父さまが私の目を見た。
これについては、雨が降り始めた瞬間にもう、お義父さまと話し合っている。
計算もした。売れる恩に鑑みて、返してもらえるものは、ここ十年ほどではとても足りないと結論した。
──だが、東の雄たるランキエールが、緊急時に己の保身を優先することなど、あってはならない。
「……わかった。貴君らはランキエールが支援する」
そう答えて、諸侯を安心させたお義父さまを、私は心底尊敬している。
これこそ当主の器であり、東の雄という看板を背負える御仁。打算で動くだけの私では下せなかったかもしれない決断である。
百歩譲って、ここまではいい。
干ばつはいずれ終わるものだ。諸侯が穀物を確保しすぎていたのも、商売としては当然の行動ではあるし、私たちも締め付けすぎたら反発を招く、ということを恐れて泳がせていたという部分もある。
だが、奇妙なことがあった。
天気に関する情報共有をしようとしたランキエール以東の近隣国から、
『雨など降っていない』
という報告が相次いでいたのだ。ランキエール以南の地域も同様である。
そして驚くべきことに、ランキエールから西に少し行った地域では、雨など降らなかったという。天気は西から変わるものであるのに、これではまったく道理が通らない。届いた情報を総合してしまえば、次のようになる。
──大陸中を襲う干ばつはいまだに続いており、ランキエール及び周辺地域にのみ、局地的に大雨が降った。
そんな気象現象に心当たりなんてない。
私たちはとにかく情報を集めるしかなかった。占星術も駆使し、方々へ使いを遣り、どこで雨が降り、これからどうなるのかという予測も聞いて回る。
一週間が経って得られた情報では、謎は解決しなかった。
やはり隣国ではいまだに干ばつは続いており、占星術が示すあらゆる結果も同様。ランキエールで雨が降ったときですら、予兆は晴れを示していたらしい。
ただ一方でどうも、王都の上空では雨雲が見えたらしい、という情報も得られた。これは穀物の先物価格が真っ先に下落したことにも符合する。その他の地域でもちらほらと、極々短時間であるならば雨雲は発生していたとの情報が得られた。
つまり、ランキエール以西のリスヴァロン王国国内では、散発的に雨が降っているのかもしれない、と理解できるけれど、それでは謎はむしろ深まるばかりだ。
十日間が過ぎてようやく、王都から決定的な情報が届いた。私の執務室に遅れて届いた王都新聞の見出しには、こう記されていた。
──第八王女マリネット殿下、覚醒。水の聖女現る。
私は思わず手に持った新聞を両手で握り締め、潰してしまう。
「また私の邪魔をするかっ! 聖女!」
そして机の上に、そのくしゃくしゃになった新聞を叩きつけた。





