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ベルの体には、不可解な点が数多く見つかった。
まずは心臓。俺のボリューム溢れる大腿四頭筋による膝枕の際、超強化版の『鑑定』を行う事で、なんとなく全貌が明らかになりつつも、やはり謎は深まった。
通常の人間状態であれば、ステータスの表示は普通通りに見られた。
内容も深くまで見通し、称号の表示数が明らかに増えているのにも気付き、それについても判明した。
【先祖返り】という称号。これは、隔世遺伝を揶揄するものではなく、本当に先祖が返ってくるという、ある種の呪いのようなものだった。
これによれば、その血統に混ざった異形が、時折姿を見せると。
つまり、先程見せたベルの百面相は、全てベルの先祖の姿であり、ハーフやクォーターどころではないレベルの大量の種類をその身に宿していることになる。
ちなみに、そのせいだろうとは思うのだが、ベルのステータスは日頃から訓練をしている騎士達の平均よりも総合的に高く、唯一低い知性も1000は超えていた。
知性は感情の制御や集中力に関連付けられる項目で、それに加えて【精神的不安定】による強制的な感情のバランス崩壊。
更には三つの不穏な神の加護。
おそらくベルは、奇獣病患者のなかでも、かなり奇妙な存在と言えるのだろう。
「んぅ、これ、は」
「目が覚めましたね。記憶はハッキリしていますか?」
「あなたは、檻の外にいた、あれ?私の体。」
見上げた俺の顔に覚えがあり、自分の体の変化に気付いた。
つまり、獣の、この際『奇獣化』と呼ぼう。
奇獣化の際の記憶はあるらしい。
「とある方法を用いて一時的に元の姿にさせてもらいました。」
「そんな方法が、すごい。でも、治った訳じゃないの?」
「残念ながら、アナタの根本的な原因が無くならない限り、それはあり得ないでしょう。」
あるいは、そうでなくても抑える方法はあるのだろうが、妥協は許さない。
ストレスの危険性を俺は許さない。
絶対に解決してみせよう。
「さきほど、あなたの元恋人を殺すという方法は禁止しました。しかし、復讐を禁止はしませんので、御一考ください。」
「それは、どういうこと?」
「どれだけ痛めつけようが、殺さない限り俺が治しますと言っています。」
「それは......いけないことだわ。人様に迷惑をかけて、復讐なんて。」
「まずは話を聞きましょうか。どういった理由で元恋人が浮気を?」
話が始まった。
◇◆◇
ベルは生まれつき体が強く、比較的怪我も治り易かった。
その容姿は天使や精霊とも例えられ、笑顔を振りまく美少女だった。
そんな彼女には、恋人がいた。
幼馴染で家が隣同士。
楽しく遊んで、一緒に過ごし、将来の結婚を約束した。
それなのに、それなのに、それなのに
彼は学園でベルに別れを告げる。
『ほかの人を好きになった』『君とは、ただの幼馴染に戻りたい』
『また、仲良くできるよね』『君が駄目じゃない。彼女が素晴らしいだけなんだ。』
保身を交え、相手への保険を交え、棚を作り縄で縛る。
男は、そう言って学園でその相手にアプローチを始めた。
そのころから、ベルは自分の体について悩み始めた。
振られたショック。それによって体が変化し始めるのに気付くのに、少し時間が掛かったが、手が獣毛で覆われ、鋭い爪が伸びたら、流石に分かる。
姉に相談しても、分からないという。
不安と恐怖、そして『何故自分だけが』という怒り。
複雑な感情がからまり、体がだるく、息が浅くなるにつれて、身体は大きく変化し始めた。
このまま、原型の無い化物になってしまって、人から恐怖され、殺されでもしたら。
そうでなくても、姉や、仲の良い人が自分を怖がったら。
そんな想像だけでも嫌になる。
体を覆う肉は日々増殖しつづけ、はがしてもはがしても浮き出る。
嫌だ嫌だと、思い続けるも虚しく、徐々に言葉が話せなくなり、自分が目でなく、全身で周りを見ていると理解し、絶望した。
実はもう、自分は死んでいるのだと思った。
何か悪い事をしたから、自分がここまで苦しんでいるのだと。
何年地獄が経過したか。
それさえ分からず。久しく見ていなかった自分の体と、その軽さに驚き、俺の姿を初めて見たという。
◇◆◇
「こんな、感じです。」
「そうですか。ではその元恋人の名前と、住んでいる場所を教えてください。ぶち殺してきます。」
「はぇ!?こここ、殺さないんじゃないんですか?」
「殺したくは無いのですか?俺はその話だけで前言を撤回するくらいには怒ってますよ。」
保身保身保身。
身が焼けそうになる。
そんなクソ野郎に比べたら、ベルなんて可愛い物だ。
確かに発狂して腕をバキバキにへし折るが、それくらいなら時間経過で治る。
そも、恋人に対して、他に好きな人ができたなんて告げるのは、『お前に魅力が無い』と言っているようなものである。
ないわーないわー。
口で言う分には軽くするが、『分身』達に影響が出る程には怒っている。
「じゃあ、楽しい事をしましょう。何かありますか?パンケーキを食べながらどうぞ。」
「パン、ケーキ、そういえば、腕は......あれ?」
「腕は大丈夫です。ほら、傷なんて無いでしょう?」
縫合部にはポーションを掛け、関節部を魔力で補強しているので、問題無く動かせる。
というよりは動いているように見せられる。
「迷惑だとは微塵も思わないので、欲しい物やしてほしい事は言ってみてください。」
「そんなこと、お願いできないわ。」
「では、次に来る時には外出をしてみましょう。」
「え、良いの?まだ治って無いんでしょう?」
「暴走を止めた俺なら、問題無く止められるので、大丈夫です。」
柔らかく微笑んで見せ、ベルを安心させようと模索するも、カラ振りか地雷か、あまり良い反応は返って来なかった。
「じゃあ、今日中に一回か、明日に来ます。」
「......はい。」




