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俺がヴィル君に行った蘇生を見た女医が、俺に対して質問を投げかける。
それを聞き流しながら、俺は思考の中で、これからの人生設計について思いを馳せる。
思えば、神から出されたミッション『何かしら偉業を成し遂げる』。
これに対して、明確なビジョンを持ったことが無い。
もう少し大人に、せめて【幼児】の称号が外れるまでは台頭しないようにと意識して動いていた。
ポーションについて広めなかったのも、そのためだが、思えば数年前の俺は、この世界をゲームと例え、それを異世界からの転生者である俺が無闇に現代知識を広める事は、いわばチートやハック、改造と同等のものなのじゃないかと思っていた。
しかし、例えば今回の蘇生はどうだろう。
俺が現代知識でヴィル君を蘇生させなければ、俺は大切なクラスメイトを一人失った事になる。
仮に、タヌキ寝入りでもしていたら、後で絶対に後悔した。
例えば、俺だけが現代知識を持っていて、それが人の役に立つもので、人命救助に関わるようなことだったら、広めた方が良いんじゃないか?
流石に、俺が死んだあと、つまり100年以上先の事には責任を持てないが、今の技術力は魔法を抜きに考えれば、中世よりも下の、一般教養という面では更に劣っているだろう。
偉業に関連させなくても、技術を広めれば、それで助かる命はあるだろう。
仮にこれにより、平均寿命が延びても、人口爆発や少子高齢化が起こるのはかなり後。
恐らく現代知識を全て広めても、モンスターが蔓延るこの世界で、それらが世界に浸透し、十分に発展するまでに1000年以上はかかる。
まして、この世界は明らかに地球とは違い、全域的に多産多死が強い。
ある日ふと知り合った人間が、いつの間にか死んでいた。
そんな事もあるだろう。
俺も万能じゃない。むしろ、愚かな方だと思う。
この知識たちが活き、発展するなら、それに越したことは無い。
世界のレベルを下げるなんて、俺らしくない。
◇◆◇
「―――!なあ!さっきから聞いているのか!?」
「いや、聞いてなかった。」
「ッ!!だから!どうやって蘇生したのかを!」
「まあ、まずは座って。」
『ボックス』から取り出した木製の椅子を差し出す。
パイプ椅子の様な折り畳み式のため、持ち運びに便利なのだ。
「ど、どこからこんな物を......。いや、それよりもこの形状、何故足が交差している?これでは座れないんじゃないのか?」
「座らないなら話はしない。」
「む、むむ」
数秒程椅子とにらめっこしていた女医は、恐る恐るその椅子に座り、力を抜く。
一応、尻と背が当たる部分にはそれなりに力を入れ、柔らかい皮でクッションのようにしている。
「これは、凄いな。いや、それよりも、蘇生の話について。」
「ここではまだその話はしない。それよりも、その白衣を脱いで名前と所属を教えてくれ。」
血みどろの白衣は、明らかに不衛生だ。
本来なら白衣は医者の象徴とされるが、その本質は清潔性。
ほつれや汚れが目立ちやすくすることで、逆に衛生面に気を遣っている。
それなのに、この女医ときたら、着いた血はそのまま、固まって黒くなっている箇所もあるし、定期的にあらっていないのか、袖には茶色い染み、襟はヨレて皺苦茶になっている。
「さ、流石にそういうことは、君はまだ子供だろう。そういう事は早すぎないか?」
「一応言っておくが、脱ぐのは白衣だけだし、変な気は起こすな。次の試合までに時間が無い。俺は知識の対価に何かを貰うつもりは無いし、名前も知らないアンタの身体に興味は無い。」
確かにこの女医は美人だが、流石に初対面ではあり得ない。
それに、俺の体は8歳。まだ精通前だ。
「そ、そこまで言う事は......いや、なんでもない。それと、私はヘレナ・オペ・ナールだ。本名はヘレナ・ナールだけなのだが、『オペ』というのは【治癒】属性を持つ医者に対する、爵位と同等の価値を持つ名前だ。所属は第一帝病院。一応そこで副院長を務めている。」
「白衣があるのに、白衣の使い方を知らないのは何故だ?」
「白衣の使い方?あれはただの制服だ。一番最初に病院を作った『サトウ・コウイチ』が決めた制度で、オペというのも彼が決めたらしい。もう200年も続く文化だ。」
『サトウ・コウイチ』、白衣とオペ。
十中八九。というよりはほぼ100%。そのサトウ・コウイチは日本人。
だが、医療技術が一切伝わっておらず、病院がただの【治癒】属性魔法使いの組織に成り下がっているのは何故だ?
【治癒】属性を持つ者が、その地位の恩恵を失うのを恐れた結果、無くなったのなら、話はつくのだが、白衣という制服と、オペというミドルネーム。
もう一つの想定では、その『サトウ・コウイチ』はあくまで【治癒】系のチート能力を持っていただけで、医学についての知識が一切無く、ただなんとなく病院を作っただけの『超弩級のアホ』。
どちらかにもよるが、医学を広めるなら、後者の方が良い。
だが、個人的には、後者の様な阿呆の作った組織を大きくするのは、非常に遺憾だった。
「と、とにかく!蘇生についての話を!」
「蘇生させたい相手でもいるのか?」
「......ッ!!」
いい加減女医、いや、ヘレナ女医の声がうるさくなってきたので、一睨みすると、図星を当てたようで黙ってしまった。
思いつめた様な、先程までの面影が無くなったヘレナ女医は、目を強く瞑りながら語り始めた。




