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蘇生術についての事を急かすヘレナ女医に、少しイラついてしまい、喧嘩腰になりながら質問すると、まるで冬のナマズの様に大人しくなってしまった。
「私には、『奇獣病』と呼ばれる奇病に掛かった妹がいる。私は10歳の頃、【水】属性の適性を持っていたため、それを【治癒】属性に昇華させ、どうにかその『奇獣病』を治す方法が無いかと医者になった。」
「妹の病気はその後、どうなった?」
「治らなかった。というよりも、一切の魔法が通らない。日々変化し続ける体。感染病ではないらしく、隔離の必要はないが、人目の触れる場所には置けない。」
話から察するに、どうやら命に別状は無いように思えるのだが。
名前の通りの病気なら、恐らく奇形の化物になる病なのだろう。
確かに人に見られたくは無いだろう。
「聞いた話によれば、『奇獣病』は一旦患者を殺して、不死鳥の魔石という死人を生き返らせるアイテムを使えば良いと。そうすれば神が新しい命と勘違いをして病が綺麗に消えてなくなるらしい。」
「馬鹿馬鹿しい。」
俺は考える間もなくそう答えた。
恐らくは不死鳥の魔石という物が高価で、手に入らないための代替案として心臓マッサージなどの蘇生術を学びたかったのだろうが、それでは明らかに失敗する。
それに、仮に今言った方法が正確に再現できたとしても、その妹が治るとは思えないし、失敗する確率の方が高いと思う。
「溺れた時、人は藁に縋りたくなるほど切羽が詰まるらしい。」
「な、何を言っている?」
「たとえ話だ。今のアンタはそんな溺れて、藁に縋るような人間よりも焦っている。焦り過ぎて逆に川に潜ってしまいそうな程だ。」
「ど、どんな例え話なんだ?」
「溺れた時に藁に縋るな。泳げ。実際に効果があるかも分からない様な方法に縋るくらいなら、自分でできる事を探し続けろ。」
そう言い切ると、ヘレナ女医は顔を真っ赤にし、俺の肩を掴んできた。
「探した!医者になる前も、医者になってからも!こんな学園に医療担当として来たのも、一縷の望みに賭けたからだ!」
「賭けるなと言っているんだ!甘えるな!!」
「......ッ!」
俺が大きく怒鳴ると、ヘレナ女医は肩から手を離し、脱力するように椅子にもたれかかった。
「無理なんだ。もう、妹のあんな姿を見せたくない。」
「じゃあ、見なければ良い。殺してしまえば全て解決だろう。」
「殺せるわけないだろう!血を分けた妹!たった一人の肉親だぞ!」
「それなら尚更!!適当な可能性に縋るんじゃない!!!」
今度は俺が立ち上がり、ヘレナ女医を見降ろして言う。
普段なら忌避する他人への指差しをして、大きく口を開け怒鳴り散らす。
「なら。ならどうすればいいんだ......。頼む。君なら分かるんだろう?君が言ったんじゃないか。【治癒】属性の魔法なんかよりも高い技術を持っているって。」
「ああ、言った。」
「私には無理だった!私に無理なら、この国の医者は全員できない!なら君にしか頼めない!」
堰を切ったように溢れ出す言葉に、ヘレナ女医は着地点を見失う。
涙の浮かんだ瞳と、大きく張り上げた声は不釣り合いで、悲壮感が溢れる。
「その『奇獣病』とかいう病気の治し方を俺は知らない。しかし、俺の知識が足がかりになる可能性が無い訳じゃない。」
「ほ、本当―――」
「ただし、条件がある。」
「......っ。なんだ?私にできる事ならなんでもやる。君が望むのなら、財産でも、地位でも、なんでも用意できる。それだけの貯蓄もコネもある。」
「そんなものはいらない。」
「なら、なにがいるんだ?私か?私が欲しいなら、いくらでもやる。処女だぞ?結婚はしてないし恋人もいない。」
「いらない。学んでほしいだけなんだ。」
条件という言葉に、良い覚えが無いのだろう。
金、名声、女なんて、下種な考えが出るくらいには自暴自棄。
やはりヘレナ女医には、藁に縋る方法しかないらしい。
「治療が完成した後、俺は出来得る限りの医学知識をアンタに授ける。アンタはそれを広めてくれればそれで良い。」
「どういう、ことだ?それじゃ、君に利益が」
「ある。そもそも、人を助ける事に対して、恩恵が無い事なんてあり得ない。俺も打算を持って提案しているんだ。」
とは言ったものの、打算などというほど合理的な事じゃない。
慈善事業の方がもっと利益がある。
赤字すぎて、もはや黒く見える。
そんな領域だ。
『続いての試合ッ!!アレクサンダー殿下とヴィル選手の無念を晴らすべく、Sクラスの首領が躍り出るゥッ!!名試合以外した事無いッ!つまり今度の試合も、勝っても負けても名試合間違いなしッ!』
『見ていてヒヤヒヤする戦い方ですが、どこか憧れる戦いをしてくれますね。』
突然聞こえるアナウンス。
どうやら、俺の試合の時間が来たらしい。
背を向けて歩き出す俺に、ヘレナ女医が手を伸ばす。
「今から試合だ。次に会った時に返事を聞きたい。」
「あっ、あのっ名前はっ」
「ノア・オドトン。次に女子が運ばれてくると思うが、くれぐれもその汚い白衣を着て診るなよ?」
そう言って俺は保健室を出て行った。




