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この国の城下町はいつも祭りのようににぎやか…らしい。

もちろん滅多に街に出ることのない私に「いつも」のことなど分からないのだが、たまにテオやメイドたちの声を聞くに、私にとってはこの石畳の大通りいっぱいにひしめき合う人ごみに目を回してくらくらしても、この街にとってはなんら特別なことはない。平民たちはよくこんなうるさいところで生きていけるものだ。


ただ、先程テオが言ったとおり、この混雑ではサラ様や私が多少浮いているほうが都合がよさそうだった。テオは私たちから少し距離をとって、うしろからついてきていたけれど、これで私たちがすっかり平民たちに溶け込んでしまえば、とても護衛どころではない。


サラ様は人波に圧倒されている私の手を握って、すいすいと歩いていった。彼はこうして街に下りてくる機会でもあるのだろうか。妙に小慣れた様子のサラ様は、私を見て、私の耳元に顔をよせて声をかけた。

「とりあえず、露店でも見て回ろうか」

「え、ええ」

噴水のある広場では、あちこちに露店が出ていた。菓子や果物を売っている店は、パラソルの下に机と椅子を出して客引きをしていたが、中には地べたに薄っぺらいじゅうたんをしいて、そのまま腰を下ろしている者などもいたので、私はびっくりして思わず宝飾品を売っている老婆に声をかけてしまった。

「あなた、そんなところに座って、おしりが痛くならないの?」

「なんだって?」

彼女の手には細長いパイプがあって、つんとする匂いのする煙をくゆらせていた。まるで童話に出てくる魔女のようだ。目を白黒させてお婆さんを眺める私が相当面白かったらしい。お婆さんは煙を吸い込みすぎて咳き込みながらケタケタ笑った。隣にいるサラ様もくすくす肩を震わせている。

私はなんだか恥ずかしくなって顔をしかめた。

「だって、クッションも敷かないでこんなところに座っているんだもの…」

「ははあん、お嬢ちゃん、この広場は初めてかい」

お婆さんは私が高貴な身分であることをすぐに気付いたようだが、それにしては気安く声をかけてきた。

「あたしゃ40年ここに座っているからね、尻だってもう慣れたモンさ。クッションなんて柔らかいモンを敷いちゃ、私のケツもびっくりしちまうよ」

「へええ」

40年もこんなところで座って安物の飾りを売るなんて、仙人だってびっくりの苦行だ。私は純粋に感心した。くすくす笑いから解放されたサラ様が言った。

「何か買ってあげようか」

「そう、ね」

私は老婆の前に並べられた宝飾品を眺めた。こんなもの、いつも我が家に来る通いの商人たちが持ち込む品と比べれば粗悪品もいいところだ。夜会へなんてとてもつけていけないし、どうせ買っても無駄に決まっている。


けれど、せっかくサラ様がこう言ってくれているのだから、私はなんだか楽しくなって宝飾品を見定めた。宝石を模したイミテーションが多いようだったが、その中から薄い水色の石がくっついたイヤリングを見つけて取り上げた。

「これがいいわ」

私はそのイヤリングをサラ様のアイスブルーの瞳と見比べながら言った。

「サラさ…サラの目の色に似ているし」

サラ様の尊い双眸と、こんな安物の石を比べるのも失礼な話だったが、淡くて無機質な光は確かに彼の瞳を思い出させた。サラ様はきょとんとしたが、すぐにいつもの調子を取り戻して冷たいその目を細めると、「お婆さん、これを」と私の手からイヤリングを取り上げて言った。

「つけてあげるよ」

支払いを終えると、サラ様は私の髪を耳にかけて、手ずからイヤリングを私の耳たぶにはめてくれた。さらりと耳の輪郭をなぞるサラ様の指に触れられたところがかっと熱くなって、余計にぶら下がる金属が冷たく感じた。

「かわいい」

サラ様の目の色をしたイヤリングをつけた私をとっくりと眺めて、サラ様はそう言うと、イヤリングの宝石にくちづけを落とした。お婆さんがひゅうと口笛を吹いた。

「おあついねェ。ま、デートを楽しんでおゆき」

おせっかいなお婆さんはそう言ってしわくちゃの顔を緩めた。私はごまかすようにじゅうたんに視線を落とした。ふと、とある商品に目が付いて、私はそれを取り上げた。

「お婆さん、これちょうだい」

お婆さんはちょっと面食らったようだった。私が差し出したのは銀色のネクタイピンで、今日はタイを締めていないサラ様にあげるとは到底思えないものだった。そりゃそうだ、サラ様にこんな安物を差し上げるわけにはいかない。

「どうするの、それ」

そう言いながらサラ様は答えが分かっているようだった。彼の声がちょっと低くなった気がして顔を上げかけたそのとき、後ろから影のように気配を殺していたテオがやってきた。

「お嬢様、支払いなら俺が」

「は?何言ってるの」

私は財布を取り出そうとしたテオよりもはやく、自分の手持ちから銀貨をお婆さんの手に落とした。本来貴族の女性が財布など持ち歩くものではないが、今日はこっそり父からいくばくかのお小遣いを貰ってきていたのだ。


私は再び老婆からネクタイピンを受け取ると、それをテオの胸に押し付けた。

「なんでアンタにあげるものをアンタが支払うのよ」

「え、俺に?」

主人から施しを受けてこうまで嫌そうな顔をする従者も珍しいだろう。テオはサラ様の前だということも忘れてすっかりいつものように嫌悪感をあらわにした。私だって面倒だったが、主人は自分に近い使用人には定期的にものを恵んでやるものだと父に言い含められたのだ。普段は使わなくなった私物をメイドたちにあげていたが、あいにくと男物のアクセサリーなど持っていないので、こういう機会でもないとテオには日々の礼を言う場面もないのだ。ちなみに、もちろん口が裂けても礼など言ってやらない。

テオの身の回りの私物と比べてもいい品とはとても言えないが、一応ネクタイピンにはめられた石は本物の瑠璃のようだし、剣の部分もそこそこ綺麗に研磨されている。アレッサンドロの使用人服につけても、まあそこまで見劣りはしないだろう。

感謝しなさいとばかりにフンと鼻を鳴らしてみせると、テオはネクタイピンを一通り眺めて大事そうにしまいこみながら、あきれた様子で私を見た。

「はあ…ありがたく頂戴いたします…けど、お嬢様、タイミングを考えてください」

「え?何が?」

テオはちらりとサラ様を見た。私も隣に視線を移したけれど、彼はいつもと変わらず冷たいほほえみをたたえているだけだった。



平民たちの闊歩する城下町ではあるけれど、サラ様とのデートはとても楽しかった。隣にサラ様がいるというだけでこの気が滅入りそうな人ごみも天国のようになるのだから、本当に恋というものは恐ろしい。

サラ様のご友人お勧めのカフェで一服したあと、再び大通りに繰り出した私たちだったが、ふとサラ様が私の手をひとつ引いてささやいた。

「ねえ、マリー。ちょっとふたりきりになりたいと思わない?」

「え?」

「こっちだ」

突然サラ様が駆け出した。背後でテオが「あっ」と声を上げるのが聞こえたが、私は足がもつれてそれどころではなかった。サラ様は私の派手な金髪を隠すように腕を回すと、通りを歩く人の影に飛び込んで、そのまま適当な庶民向けのブティックに入るなり適当な帽子をひっつかんで私にかぶせ、商品棚の裏にしゃがみこんで身を潜めた。

「あ、あの、サラ様?」

「しぃ」

サラ様は人差し指を立てて黙るように合図した。口をつぐむと、彼はくちびるの端をもちあげて私の髪を撫でた。


しばらくして、棚の向こうをうかがうと、サラ様は私の手を引いて立ち上がらせた。テオはどこかに行ってしまったらしい。かぶせた帽子をはずしながらサラ様は悪戯っぽく肩をすくめた。

「これでふたりきり。護衛はなし。もともとデートはふたりでするものだろう?」

「で、ですが」

私はちょっと慌てた。不慣れな街で私たちふたりきりというのはどうにも心もとない。

「これでもしものことがあっては…」

「敬語、だめだよ」サラ様は小首をかしげた。「大丈夫、マリーのことは僕がまもってあげる」

きゅんと胸に突き刺さる台詞だった。彼の甘くやわらかい声でそんなことを言われると発狂しそうだ。それを分かっているのかいないのか、サラ様は私と手を繋ぎなおすと一層こちらに身を寄せた。

「どこに行きたい?マリーの行きたいところでいいよ」

「あ、う、ううん、えっと」

この魅惑的な貴公子の前では美貌と教養を兼ね備えた完璧な淑女も形無しだった。

「わ、私はこの街に詳しくない、から…サラ様の、サラ、の知っているところであれば、どこでも」

「そう」

吐息を漏らすようにして笑うサラ様の声にぞくりとした。若干12歳にしてこの色気は一体なんなのだろう。

「じゃあ楽しいところに連れて行ってあげる。マリーにとって今日が忘れられない日になるように」

もうすでに最高の思い出になっているわ!…と、言おうとしたがそれは声にならなかった。人気のない小道をするすると進むサラ様についていく中で、いきなり背後から何やら大きな袋のようなものを被せられたのだ。あまりにも突然のことで、私は固く結ばれていたはずのサラ様の手がやけにあっけなく離れたのを、視界が真っ暗になってから一拍遅れて気がついた。

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