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※主人公カップルがちょっと胸糞悪いです。苦手な方はご注意ください。※


あくまでも主人公は「悪役」です。

きらびやかなシャンデリア。華やかなドレス。その裏側では有象無象の思惑が歪みあって、綺麗なばかりの社交界に影を落としている。

いくら私がサラ様のエスコートを受けているとはいえ、私たちはまだ未成年なので、あくまで夜会の招待を受けたのは親である公爵・侯爵夫妻だ。特に侯爵家にとって、今日は私のお披露目もあるし、何より公爵家と一緒にホールに入ることで、私たちの婚約内定の発表も兼ねている。まったく関係のない伯爵様のお誕生日に恐縮だが、貴族社会では一挙手一投足が勢力図にかかわるのだ。

当然、公爵夫妻とうちの両親が和やかに会話しながら、伯爵家の案内を受けて夜会の会場に入ってきたのを見て、一瞬会場がざわめいた。その後ろから私がサラ様に伴われて入場すれば、「え、オーウェン公爵とアレッサンドロ侯爵の子どもが婚約したの?」と噂の的になるわけである。


「マリー、おいでなさい。あなたのご挨拶をして回らなければなりませんから」

きっちりと結い上げた金髪の、きびきびとした隙のないご夫人はうちの母親だ。彼女は振り返ると甲高い声で私にそう言った。私はサラ様の腕から手を外した。今日はせっかく清楚な武装をしているので、いかにも自信ありげな普段の挙動はなりをひそめて、ちょっと恥ずかしげな様子を意識して公爵夫妻とサラ様に一礼した。

「はい、お母様。公爵ご夫妻、サラ様、御前を失礼致します」

「マリーちゃん、あとで私のところにも寄ってちょうだいな。あたくしのお知り合いにも是非ご紹介したいの」

公爵閣下は鷹揚に頷いただけだったが、夫人のほうはそう言ってぱちりとひとつウインクした。サラ様のお母上は、その旦那様やご令息とは違ってお茶目で可愛らしい女性だ。結婚して長いのにもかかわらず、その明るい性格でいまだ社交界の花形だ。確かゲームでも、ヒロインを夜会で助けてくれる憧れの女性として描かれていた。

サラ様はスマートに私の手を拾い上げると、手の甲に口を寄せながら甘い声で言った。

「どうか最初のダンスは僕と一緒に踊っていただけますか?」

「ええ、是非。楽しみにしておりますわ」

するとサラ様は冷たい目を細めて、私の頬に掠めるようにキスを落とした。会場内のお嬢様方が声のない悲鳴を上げた、気がする。彼はアイスブルーの薄い瞳で私をすうと見下ろすと、にこりとした笑みをちょっと深めて「じゃあ、またあとで」とささやくと、あっさりとその手を離した。


その後はめまぐるしく進んだ。母親に連れられてあちこち女性陣の挨拶回りをさせられたが、年頃のお嬢様の関心ごとは、美貌の公爵令息の婚約者がどのような器かにあるようだった。もちろん美貌も教養も兼ね備えたこの私を相手にして、たいていはすごすごと引き下がるか、あるいは「サラディア様とお似合いですわ!」とあからさまに媚を売ってくるかのどちらかなのだけれど、中には嫉妬混じりのお熱い視線を投げかけてくる者もいた。

薄めのブラウンの髪を結い上げた、黄色いドレスの女もそんな苦々しげな顔をしているうちの一人だった。彼女は親の目を盗んで、歯噛みしながら吐き捨てた。

「あなた、どのような手を使ってサラディア様の婚約者になったってわけ?」

これが薔薇色の派手なドレスに扇でも持っていようものなら、尊大に完膚なきまでに叩き伏せるところだが、あいにくと今日は可憐さが売りなので、あえて私は彼女の挑発には乗らずに綺麗に一礼してみせた。

「サラ様がなぜ私などをお気にかけてくださったのかは分かりませんけれど…ああ、まだ婚約者というわけではございませんの。あくまでも婚約内定というだけで…ですけれど、初めてお会いしたすぐ後に、サラ様がわざわざ我が侯爵家まで足を運んでくださって。綺麗で可愛らしい薔薇の花束をお持ちになって、『私の婚約者になっていただけますか』って」

ここでちょっと頬を染めるのがポイントだ。うっとりと語ってみせた私に、黄色いドレスのご令嬢はぐうの音も出ないようだった。彼女の近くにいた女性陣がこぞって「まあ」と羨ましげな溜息を吐いた。フフン、いくらでも僻んでくれていいのよ。


サラ様との初めてのダンスは夢のようだった。

天は二物どころか、この精巧なお人形のような少年には三物も四物も与えたらしい。美しく賢い公爵令息はダンスまで上手だった。無論、私だってそこらの女性に負けないようにダンスだって一生懸命練習してきたのだ。サラ様のリードに従ってくるりとターンした私に、サラ様は優しく言った。

「マリー、ダンスが上手だね」

そう言ってもらえるだけで練習した甲斐があるというものだ!にこにこしながら彼の手を握り締めると、ふとサラ様はその表情を暗くして、私の腰にある手に力をこめた。

「マリー」毒薬のように甘い声音だった。「あぶないことは、しないでね」

顔を上げると、彼の薄いくちびるがゆっくりと弧を描いた。わかっているのだ。これから私がやろうとしていることをわかっていて、けしかけている。

私は自分の出来る限り艶やかに微笑んだ。この笑顔に、ちょっとでもサラ様が魅了されてくれればいいのだけれど、あいにくと彼の表情は微動だにしなかった。

「私はサラ様のご意思に従いますわ」



パトリック・フィオデニールとは面識がなかったが、私はその顔を知っていた。簡単な話だ、彼も「ドキロマ」の攻略キャラクターなのだ。


「ドキロマ」の攻略キャラクターは、多くの乙女ゲームがそうであるように、それぞれにイメージカラーがある。サラ様の白とテオの黒をはじめ、赤・青・黄・緑・紫と、全七名の攻略キャラクターが存在する。

パトリックは真っ赤な髪をした精悍そうな若者で、中身も気さくで情熱的、ちょっとうかつなところが玉に瑕だけれど、お人好しで頼もしい。…という風に描かれていたが、もちろんそんなあからさまな「いい人」が社交界で生き抜けるわけがないので、それはヒロインの目から見た一面的な視点なのかもしれない。

彼とサラ様はお互い顔を合わせれば喧嘩ばかりのライバルで、それぞれのルートにお互いの喧嘩イベントがいくつか存在する。ヒロインとの三角関係ルートもあったはずだ。とはいえ、サラ様は声を荒げたり暴力に走ったりするタイプでもないので、基本的には騒ぐパトリックをサラ様が軽くあしらっている構図だ。喧嘩するほど仲がいいとかいって、パトリックとサラ様のコンビで二次創作がにぎわっていたような気もする。


とにかく派手な人物なので、私も会場で難なくその姿を見つけることができた。真っ赤な髪というよりは、精々が明るい赤毛といったところか。実際に青だの緑だのといった髪色の人間が存在するわけがないので、あれはゲームの演出上キャラクターを区別しやすいようにカラーリングした結果なのだろう。


サラ様と別れて、私は一人で柱に身を寄せ、退屈そうな風を装いながらパトリックに視線を投げかけてみた。女性から初対面の男性をダンスに誘ったり、声をかけたりするのは失礼にあたるとされるので、女性のほうから誰か特定の男性と接触したいときは、こうしてさりげなく「あなたを気にしています」とアピールするしかない。男性がそれに気付いたら、その女性に声をかけることが適切なマナーだ。案の定、ゲームで見た姿よりも幾分か幼い赤毛の少年は、チラチラと自分を見ている金髪碧眼の美少女(言わずもがな私のことである)に気付いて、こちらに近づいてきた。

「こんばんは、いい夜ですね」

「ごきげんよう」

私は努めて、恥ずかしそうに口元に手を当てた。「あの…申し訳ありません。綺麗な髪の色だなって思って」

実は本心だった。赤毛ははしたない色として倦厭されるけれど、パトリックの髪の色はとても綺麗で、シャンデリアの光を受けてきらきらと輝いていた。ただ、サラ様の見事なプラチナブロンドにはかなうべくもないけれど。

するとパトリックは自分の前髪をつまんで、ちょっと気恥ずかしそうに顔をほころばせた。

「下品な色だってよく言われるけどね。君みたいなかわいい子にそう言ってもらえると嬉しいよ」

そしてすらりと高い身長を優雅に折り曲げて、彼は私に手を差し伸べた。

「一曲お誘いしてもよろしいですか?」

彼の赤茶の瞳がちょっと悪戯っぽく光った。私は快くその手を取った。「はい。是非」


パトリックは年上らしく私をリードしたいらしく、危うげな可愛らしいお嬢様を演じている私を気遣って、人の波にさらわれないようにしたり、さっと飲み物を取って渡してくれたりした。あからさまに世話を焼こうとしているところは14歳の少年に見合った幼さで、サラ様のようなスマートさはないけれど、そういう不器用さがまたご令嬢の心を掴むのだろうな、と私はぼんやり思った。年下が生意気なと思うことなかれ。幼い頃から貴族社会でのノウハウを叩き込まれてきた私は、2つくらいの歳の差など軽く凌駕しているのである。


疲れた様子を装えば、少し風に当たろうか、という話になり、パトリックは人気のないテラスに私を先導した。彼の背中を追いながら、私はふと周囲を見回し、パーティのにぎやかさの中に私への視線がないことを確認すると、そっと背中に結んでいるリボンを緩めた。

「そういえば俺としたことが、まだ君の名前も聞いてなかった!」

誰もいないテラスに出ると、パトリックはうっかりしていたとばかりにそう言った。

「俺はフィオデニール家の次男のパトリック。君は…これまでの夜会では見たことないけど」

「まあ、あなたがパトリック様でいらしたのね!」

私はびっくりした顔を作りながらスカートをつまんだ。

「お噂はかねがねお伺いしておりますわ。私はアレッサンドロ侯爵家が末娘、マルティーナと申します」

「…君が?」

パトリックはぎょっとした様子で、私の礼する姿を上から下へと眺めた。どうやら私とサラ様がこの屋敷に到着したとき、まだこの少年は会場入りしていなかったらしい。

「えっと、それじゃ君がサラディアの…」

「まあ、サラディア様のお友達だったのですか?」私はあえて無知を装った。

「あ、いや」

親同士が政敵だ、とは言いがたいのだろう。パトリックは気まずそうに視線をさまよわせると、ぽりぽりと頬をかいた。

「どうなのかな…サラディアにはあんまり好かれてないみたいだし、あいつは何を考えているのかよく分からないところがあるし…」

確かにそれは言えている。彼の冷たいアイスブルーの瞳は、考えていることをすべてもやにくるんで隠してしまう。だからこそ彼の人形じみたうつくしさに拍車がかかるのだが、パトリックは私のように、その底知れなさに魅了されてはいないどころか、どうやらサラ様を気味悪がっている様子だった。


私は彼の表情にサラ様への嫌悪感がうつるのを確認してから、テラスの外に視線を移した。豪奢な庭園のど真ん中に大きな噴水が見え、そこにいくつかの人影が見えた。どうやらカップルが逢瀬を交わす場所になっているらしい。私は物憂げに溜息をついた。

「私も…あの方が何を考えているのか、よくわかりませんの。どうして私などがサラディア様のお目を引いたのか…」

「マルティーナ嬢…」

不安げな令嬢のいでたちはパトリックの心を確かにくすぐったらしい。彼は力強く言った。

「君は、あの、かわいいし、素敵だよ。俺が踊っているときも、何人もの男が君を気にしている様子だったし!今日見た女の子の中ではいちばんだ!」

それからちょっと考えてから付け加えた。「…というのは、他のご令嬢に失礼かな?」

「ふふ、パトリック様ったら」

私は弱々しげに微笑んでから、表情を曇らせた。

「でも、私などよりもサラディア様のほうがよほどお美しいですし、頭もよろしくて。あの方の隣に立ってもいいものかと、私、ちょっと自信がなくて…」

「俺が婚約者だったら、そんな不安そうな顔はさせないんだけどな」

思わず言ってしまったような口調だった。それから彼ははっとして顔をそむけた。私も合わせて彼から身体ごとそむける。

「ごめん」

「い、いえ…私も、変なことを言ってしまって」


それからしばらく沈黙がおりる。私はドキドキしながらパトリックの次の言葉を待った。彼が身じろぎする気配を感じた。

「マルティーナ嬢…」

彼が小さく息を呑んだ。「マルティーナ嬢、背中のリボンが」

パトリックの指先が私の背中を掠めたとき、私は笑みがこぼれそうになるのをすんでのところでこらえた。ああ、あなたったら本当にうっかりさん!


「きゃああああああああっ!!」

私の甲高い悲鳴は広間中に響き渡ったことだろう。どよめく会場の声を聞きながら、私はパトリックの手を弾いてその場にうずくまった。

「ま、マルティーナ嬢」

「マリー!」

ばたばたとサラ様が駆け寄ってきた。彼は私をパトリックから引き離して抱きしめると、リボンの解けた背中に触れた。サラ様の氷のように冷ややかな声が頭上で響いた。

「僕の婚約者になにをした」

「い、いや、俺はただ」

「サラ様、ごめんなさい、私が、私が悪いのです」

パトリックの言葉はみなまで言わせずに私はサラ様の腕を引いた。顔を上げると、サラ様の肩越しにどうしたことかとこちらを伺う観客の皆様が見えた。

「私、ちょっと風に当たりたいと思って…そうしたらパトリック様がこのテラスを見つけてくださったから…だから…」

「ああ、マリー。僕以外の男と二人っきりになっちゃいけないよ。僕もちゃんと伝えておけばよかった」

サラ様は野次馬たちに見えるように私の背中のリボンを手早く結ぶと、ふわりと私を横抱きに持ち上げて、大切な宝物でも扱うかのようにそっと抱きしめた。彼の視線が、いまだ呆然とするパトリックに向く。

「パトリック・フィオデニール、この代償は高くつくぞ」


しかし、パトリックは確かに気付いたはずだ。私はサラ様によって彼の肩口に頭を寄せられながらも、彼の表情を伺って高鳴る胸を押さえた。彼は私の頭で群衆からは口元を隠していたが、パトリックからは、サラ様の彫刻のようにつめたくうつくしい微笑が見えるのだ。



私はサラ様に抱かれたまま会場を後にした。公爵様は起こったことを適切に理解しているらしい。私たちの様子を一瞥して、「後のことは私に任せておきなさい。…次はもっとうまくやれ」と言うと、発狂せんばかりの私の父をなだめに行った。背筋が凍るような心地だったが、サラ様は何も言わずに目礼しただけだった。


騒ぎになっている広間を抜け出して、公爵家の馬車に乗り込んでも、サラ様と私の間に会話はなかった。馬車がガラガラと音を立てて走り出したところで、サラ様は私を膝の上に乗せたまま、小さく肩を震わせた。

「…サラ様?」

「……くっ、くくくくく…」

「あの、サラ様?」

「ふふっ、あはははははははははははは!!」

私はぎょっとした。思わず身じろぎしようとしたけれど、サラ様が私の肩を固く抱いていて身動きひとつとれなかった。いまや、サラ様の仮面は崩れて、心底楽しげなその瞳は酷薄にぎらぎらと輝いていた。

「パトリックのあの顔を見たかい?くくっ、まるで鳩が豆鉄砲食らったみたいな間抜け面!ああ、マリーってば本当に、…本当にかわいい僕のおにんぎょうさん」

サラ様が私の碧眼をのぞきこんだ。彼は恍惚にとろりと微笑んで、ちゅうと私のくちびるを吸った。身体の奥がぞくりと震えた。彼の指先が手袋ごしにむき出しの私のうなじをなぞった。

「かわいい僕のマリー、次はなにをして遊ぼうか?」

私はどうやら、サラディア・オーウェンの薄氷の内側にある獰猛な獣を呼び覚ましてしまったようだった。しかも幸か不幸か、それでも彼にどろどろに惚れてしまっている私にとっては、その魔王と見まごうサラ様の腕と視界の中に自分がいることに、どうしようもない喜びを感じてしまうのだ。

こんなのラブコメディじゃない。

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