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「悪魔です」

お茶会のあと、帰りの馬車の中。まだふわふわと夢から覚めない私に対して、無礼な従者テオは冷酷にもそう言い放った。

「あの公爵令息、絶対腹の中になにか抱えてますよ。お嬢様へのあの脈絡もない優しさ!見たでしょう?お嬢様、騙されてます」

「殴るわよ」

そう言いつつ私は脇にあったクッションをテオの顔にたたきつけた。

「あんなに素敵な方が私を騙すなんてことがあって?私のこの美貌と教養はやっぱり間違いがなかったのよ!はあ、サラ様と婚約を結べるだなんて…本当に素敵な方だったわ…」

「ほら、ほら、ほら、ほら!」

うっとりする私の妄想を消そうとでもいうのか、テオはクッションを振った。

「イチコロにされちゃったのはどう考えてもお嬢様、あなたですよ、あなた!あんな身分も見た目も能力も完全無欠のご嫡男がお嬢様みたいな我侭娘相手にするわけないじゃないですか…いたっ痛い!!」

「本っ当に、失礼な、従者ね、アンタは!」


互いにぜえはあと息を切らして、ようやくちょっとだけ冷静になった。私はやや崩れた髪の毛をかき上げて鼻を鳴らした。

「…で?アンタがサラ様をそこまでけなす根拠は?」

「同じ男としてお嬢様のような気位ばっかり高い人間が好かれるとは到底思えません」

またしても足が出そうになったが、我慢だ、我慢。話が進まない。テオは私が何も言わないのをいいことになおも言い募る。

「いいですか?一般的な貴族令息が好む女性というのは、明るく、お淑やかで、ここぞというときに男性を立て、それでいて機知に富んだご令嬢です」

「そんな女、実際にいたら会ってみたいものね」

低い声で吐き捨てる。「でも、今日の私、我ながらそこそこお淑やかだったじゃない」

「まあそうですね。でもホラ、今日のお嬢様はあのご令息に魅入っちゃって、ぽやんぽやんの風船みたいになってましたからね。あんな馬鹿っぽいご令嬢を、あの公爵令息が気に入るとはとてもとても」

やっぱりむかついたので、踵のついたヒールで一撃を加えておいた。

「いてて…いいですか?お嬢様とあのご令息が結婚すればですね、公爵家にとっては今の地位を磐石のものにできる。旦那様は侯爵といえど、国王陛下の覚えもめでたい敏腕ですからね。ここのところ王家とは疎遠気味だったオーウェン公爵家にとっては喉から手が出るほどほしい縁でしょう」

「私との結婚を足がかりに、王家と仲良くしようってわけ?」

そのとおり、とばかりにテオは頷いた。私は少しばかり傷ついてクッションを抱えた。


だって本当に今日のサラ様は優しかったのだ。

ゲームでは他人に対して冷たく突き放すように接して、にこりともしなかった公爵令息が、12歳という幼さからなのか、実際は常に私を慮って、手を引いて公爵家の薔薇園を案内してくれた。愛称で呼ぶことも許してくれたし、マリー、とあの甘い声音でささやかれるだけで身体の内側がとろけてしまいそう…

「うふ、うふふふふ…」

「思い出しているところ悪いですがお嬢様、とにかくあのご令息は危険です。あまり深入りしすぎると、いいように利用できるだけ利用されて最後にはポイ、待っているのは破滅です!」

「は、破滅」

妙に耳馴染みのあるワードに肝が冷えた。そういえば、私はもともとサラ様との婚約を阻止しようとしていたのだ。それがどうしたことか、あのお茶会の様子を見た父と公爵閣下は、おそらく嬉々としてこの縁談を進めようとするだろう。


私はちらりとテオを見た。

「アンタ、まさかとは思うけど、侯爵家を没落させて私を処刑に追い込んだりとかしないわよね」

「また夢の話ですか?」

「だって今日のアンタ、ちょっと私に対して親切すぎるわよ。いつもは私の動向なんて全然気にしないくせに」

するとテオはまたいつものにっこりとした笑みを見せた。

「お嬢様がどうなろうと俺の知ったことじゃないですけどね。それで俺まで巻き込まれて職を失うのはごめんです」

「…あ、っそ」




しかし、あのうつくしいサラ公爵令息にドロドロにときめいてしまったのは由々しき事態だ。次の日、いつものように従者テオを呼びつけた私は、扉と窓を閉め切って話が外に漏れでないようにした。

「あのー、お嬢様?一応もう12歳なんですから、俺のような使用人とはいえ婚約者でもない男と二人きりで密室にこもるのはいかがなものかと」

そう言うテオは嫌悪感の滲んだ苦々しい顔だ。私はどんと仁王立ちすると、そんな無礼な従者に指をつきつけた。

「いいこと、テオ!アンタの忠誠心を買って、今から私の秘密を暴露してやるから、アンタ、私に協力なさい!」

「はあ」

意気揚々の私に対してテオは気のない返事をした。

「お嬢様の秘密なんて、5歳のときからお世話していた俺からしてみればあってないようなものですが」

「フフン、甘いわね、テオ。これは王家の重要機密にも関わるのよ!」

そう言うと、テオはちょっとだけ身を乗り出した。食いついたテオに気分がよくなって、私は高らかに宣言した。

「私には前世の記憶があるのよ!」

「お暇をいただいてもいいですか」


途端に白けて部屋を立ち去ろうとするので脛を蹴っておいた。フン、ここまでは予想済みだ。どうせ前世とか言われても頭のおかしい人間だと思われるのがオチ。

しかし、私には、他の誰もが知るはずのない鍵を握っているのだ。跪いて痛みにうめいているテオの首に腕を回すと、私は彼の耳元でささやいた。

「あら、いいのかしら、テオ?私、あなたの大切な大切な内緒ごとも存じていてよ?」

「は?」

まったくこの失礼な従者は、主人の悩殺ボイスにちっとも動揺した様子もない。怪訝そうなテオに、私は掠れた声で言ってやった。

「あなたが実は、国王陛下のごらくい」

ばちんと音を立てて口をふさがれた。テオは唖然としている。口元がじーんとした。

「痛いわね」

「な、な、な、なんで」

テオの手を引き剥がすと、彼はとんでもないものでも触ってしまったみたいに後ずさった。仕える主人に対して結構な態度だが、今の私はこの慇懃無礼な従者の鼻を明かしてやったのでよしとする。

私は胸を張ってテオに言った。

「私は未来を知っているのよ、テオ!前世で見た物語という形でね!ふふ、分かったらこの私を全知全能たる神とでも崇めてくれて構わないのよ」

「もしかして昨日言ってた夢って、予知夢でも見たんですか!」


なんだか私とテオとの間に認識の齟齬があるらしい。しかしテオは尋常じゃない怯えようだ。この従者のこんなに狼狽した様子は初めて見るのでちょっと新鮮だ。

「あの、お嬢様、まさかとは思いますけど、その、俺の出生のことは…」

「言われなくても誰にも言ってないわよ」

テオは心底安心したとばかりに深い溜息をついた。なんだかこの数分ですっかり老けたみたいだ。


「ドキロマ」の攻略キャラクターのひとり、悪役令嬢マリーの従者・テオ。実は国王陛下と、身分の低い側室との間に生まれた正真正銘の王子様。けれど生まれてきたのが男の子だったものだから、王妃殿下が政権交代を恐れて暗殺しようとしたところを、命からがら王宮から逃げ出して、ちゃっかりマリーの父親であるアレッサンドロ侯爵に使用人として拾われる。

とはいえ、そんな苦い思い出のある王宮だから、彼としては王子としての身分は一生隠しておくつもりだったのだ。どうせ身分が戻ったところで、実の母親である側室はもう亡くなっているし、あの王宮は王妃殿下の天下だ。また何がしかの謀略に巻き込まれるに決まっている。

それでもゲームで国王陛下の前で身を明かし、王子に戻ったのは、ひとえに愛しいヒロインのために憎き悪役令嬢マリーの数々の非道を明らかにし、爵位を取り上げるためで…と、ここはまあいい。あの夢の中の女はサラ様には食指が動かなかったようだけれど、テオルートは何周もこなしていた。目の前のこの無礼従者があのゲームの推しメンだったのだ。ありえない。


私はにやにやとテオに言った。

「アンタが自分の身分のことを隠したがっていることも知っているわ。どう?私の話を聞く気になって?」

「まあ、聞かないとまた暴行を加えられそうですからね…」

テオはぽりぽりと頭を掻いた。実はこの国の王子様だというのに、私に対する態度が何一つ変わっていないのは長年培った使用人根性というやつだろうか。私は脚を組んでソファに座ると、優雅に両腕を広げて言った。

「いいこと、テオ。今から4年後、我がアレッサンドロ侯爵家は没落するわ。ほかならぬアンタの手によってね」

「はあ?」

テオは顔をしかめた。「なんだって俺がそんなことしなくちゃならないんですか。そんな自ら路頭に迷うようなまねはしませんよ」

「それが、するのよ。アンタは4年後、ある男爵家の女にすっかり骨抜きにされた挙句、その女が気に入らない私を目の敵にして、この侯爵家ごと破滅に追い込むのよ」

「へえ」

どうも信じていない声音だったので、私はなおもあれこれテオに吹き込んだ。その女がいかに身分をわきまえない女か、私がその女から貴公子たちを守るためにどんなに力を尽くすのか、しかしその結果、例に漏れずその男爵令嬢を気に入ってしまったサラ様のご不興を買って、婚約破棄されてしまうことも。

「つまりその男爵家の女と関わると、この社交界がめちゃくちゃになるってわけ。理解したかしら」

「どう考えても要因の半分以上はお嬢様にありそうですけど、まあ、なんとなく」

悪役令嬢マリーの所業を聞いたテオは胸糞悪そうな顔で頷いた。

「で、お嬢様は侯爵家の没落を防ぐために協力せよと?」

「そういうことになるわね」


理解力のある従者で大変助かる。胸を張ると、テオはきっぱりと言った。

「要は俺が男爵令嬢のために侯爵家の爵位を奪うとか、そういう行動をしなければいいんでしょう?というか、お嬢様がその男爵令嬢を苛めなければそれでいいのでは?」

「…む、無理」

「え?」

私は頭を抱えた。確かに、自分の家が没落すると分かっていてそんな所業をするほど私は馬鹿じゃない。馬鹿じゃない、のだが…

「だって、サラ様もその女にたぶらかされるのよ?サラ様がそんな下賎の女に騙されるなんてことがあったら…私、嫉妬でなにをするかわからないわ…」

「……」

うちの賢い従者は賢明にも沈黙を選んだ。どうやら否定する言葉が見つからなかったらしい。しばらく黙りこんだあとで、ようやくテオは力強く言った。

「お任せくださいお嬢様、このテオが必ずや侯爵家の危機を救ってみせましょう」

顔を上げると、頼もしいテオの黒い双眸が見えた。彼は凛々しい面持ちでひとつ頷いた。


「とにかくサラ様サラ様と腑抜けたその頭をなんとかするところからです!冷静さなくしてはこの家の窮地は抜け出せませんよ、お嬢様!」

「アンタ私に喧嘩売ってるでしょう!」

やっぱり無礼だった従者に紅茶を引っ掛けようとしたが、紅茶臭い従者を傍に置くのも嫌だったので自分のハイヒールを投げつけるだけにとどめた。

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