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独白02 パトリック

本編が中途半端ですが、番外です。

この俺、パトリックは、将来の富と名声を約束される栄えあるフィオデニール侯爵家の次男坊として生まれた。…というと大げさだけど、それくらいフィオデニール家はこの国の中では由緒ある貴族のひとつだったし、一応我が家の跡取りとして支持されている兄貴の体が弱いのも手伝って、俺は侯爵としての、あるいは侯爵の補佐としての教育を小さい頃から叩き込まれているので、こう見えてノブレス・オブリージュは人一倍意識してるんだ。


今でこそフィオデニールの跡取り候補に名を挙げられることに疑いのない俺だけど、親父たちに言わせると、それでもまだまだ「出来が悪い」のだと言う。ま、俺は言われたことを颯爽とやってのける器用さもなければ、特別賢いわけでもない。社交界のお嬢さん方は俺のことを「情熱的でお人好しな頼もしいひと」なんて称しているが、そんな地位を確立するまで俺は汚水をすするような真似もしたし、時に血反吐を吐いたし、人にはいえないあくどい真似だってしてきた。要するに努力の人なのである。自分で言うのもなんだか小っ恥ずかしいけどな。



そんな俺にとって、生まれたときから周囲に認められ、なんでもそつなくこなす奴が大嫌いだった。ああ、もう分かるだろ?あのサラディア・オーウェンのことだよ。俺はアイツが大っ嫌いだ。


我が家の政敵オーウェン公爵家の嫡男。家格はあっちのほうが上だけど、王宮での勢力争いで言えばうちのフィオデニールとほぼ互角。爵位はあるが、それに見合った発言力は持ってない。でも今のオーウェン公爵は野心家の切れ者らしく、親父はなにかにつけてあのオーウェン家を目の敵にしている。

俺?俺はお家争いとかは正直どうでもいいんだ。だって親父の言いなりになって子供同士まで争うなんて、そんなのナンセンスだろ?俺ってば早熟だったから、反抗期も早かったわけ。社交界に足を踏み入れるときには、むしろオーウェンの一人息子と仲良くやって、親父達をあっと言わせてやるのもありかと思ってた。


のだけれど、俺より2年遅れて王宮主催の夜会に連れられてきたサラディア・オーウェンその人を見た俺は思ったのだ。あ、ないな、と。


淡いプラチナブロンドにアイスブルーの瞳、透けるような白磁の肌。やわらかい雪原を思わせる純真そうな見目に、口からこぼれおちるボーイソプラノの甘い声音。綺麗なものをこよなく愛す社交界の女性陣のみならず、あのルックスであれば男だって何人か落ちそうなものだった。その日、オーウェン家の天使がやってきたと社交界が沸いたものだ。

とはいえ俺も、最初の夜会で出会って二ヶ月くらいは…まあ、うまくやっていたと思う。話してみてわかったことだがあいつもあいつで親の言いなりになる気はないらしく、俺が話しかければ友好的に返してきたし、何よりめちゃくちゃ賢かった。本当に年下かよと思うほど理知的な切り返し。ご婦人方には瑞々しい林檎のように、ご令嬢には路傍に咲くうつくしい花のように、妙に心をとらえる物言い。聞いた話だとえらく本の虫らしい。あの少年はさまざまな知識と教養でもって一躍話題のひととなった。


ただ、俺にとって最大の不幸だったのは、あの神から三物も四物もひったくってきたかのような完璧少年が、それでもどうしようもない12歳の悪ガキに過ぎないということだ。

コールドレイクの天使のほう…まあのちのち悪魔だとわかったんだけど…と結託して、俺のことを貶めて、奴等の言語で言うところの「からかう」ことをはじめた時、とうとうサラディアは本性を現した。


あの少年は劇薬だ。

インキュバス、セイレーン、それともメデューサか?奴がひとたび微笑めば誰もが骨抜きになり、骨抜きにした後はもう奴の術中である。煮ようが焼こうがあいつの思うがまま。サラディアがちょっとドジを踏んでグラスの中身を洋服にひっかければそれは俺のせいとなり、奴の魅力にあてられたお嬢様方が振られればなぜか俺が責められ、奴が階段を落ちればやっぱりそれは俺が突き落としたことになるのだ。やってらんねえ。あいつの手にかかれば伝説上の怪物だって裸足で逃げ出すってもんだ。

もちろん俺もやられっぱなしだったわけではない。あえて道化を演じて、次の夜会で花瓶を割った罪をあいつになすりつけてやったし、お嬢様方は逆に俺が手玉にとって今じゃ俺の息がかかった手駒のひとつだ。階段から落ちたあとになぜか誘われた見舞いでは俺が言い負かしてやった。俺だって伊達にあの汚い社交界で2年を生き延びていないのである。


俺たちの様子を見れば誰もが、「ああ、親同士が政敵だと子供達も仲が悪くなるのね」と思う。ぶっちゃけ親なんて関係ない。あの顔だけ綺麗な白い魔王様が気に食わない、というか嫌い、いやむしろ憎んでいるといっていい、そう、つまりあいつ個人が相容れないということ。公爵様の手腕自体は俺、尊敬してるしね。



そんな俺にとっても社交界にとっても時の人サラディア・デリ・アルフレッド・なんとやら・オーウェンと婚約内定した少女がいるというニュースは、瞬く間に貴族達の間を駆け巡った。

お相手はアレッサンドロ侯爵家の末娘、マルティーナ嬢。たかが侯爵家と侮るなかれ、王宮内では国王陛下の覚えもめでたい、たぶん今もっとも勢いを増している貴族のひとつだ。


彼女とサラディアが結婚すれば、アレッサンドロはますます力を増し、オーウェンは下降気味だった権力を取り戻すことができる。つまり、俺の親父にとっては…ま、フィオデニール家にとってはってことだけど、非常にまずいお話だってわけ。

さすがに婚約を潰してやろうとまでは考えなかったけど、俺はチャンスだと思った。だってあの隙のないサラディア様に、初めて弱みとなる女の子ができる。お互い恋愛感情があるかとかは関係ない。これからのサラディアとマルティーナ嬢の責任は一蓮托生で、目利きのお貴族様こそふたりの少年少女はセットで見定めることになるのだから。


そうしてサラディアのエスコートを受けて夜会に現れたマルティーナ嬢は、なんというか、思っていたよりも愛らしい子だった。薄桃色の清楚なドレスに身を包んだ大人しそうな女の子は、慣れない夜会を母親連れまわされてあくせくしていた。彼女には言わなかったけれど、俺は彼女がオーウェン家と一緒に会場入りするところをばっちり目撃していたのだった。


しばらくして壁の花になっていた彼女と俺の視線が合ったときは、しめたものだと思った。マルティーナ嬢には悪いけど、ここでお嬢様の株を下げておけば、サラディアだって痛い目を見ることになる。だから俺はあれこれ言いながら彼女をテラスに連れ込んだ。隙をついて抱擁とか口付けとか、わざわざやらなくとも振りでいいだろう、彼女から誘ったように夜会の連中に見せ付けてやれば、マルティーナ嬢は身持ちの悪い女の子として認識される。あとは手駒にしたお嬢様がたに適当な噂を撒いてもらえばいい。サラディアの評価も下げるように。

サラディアがこのマルティーナ嬢に優しく接している魂胆なんてわかっている。あの愛とか慈しみとかをかけらも理解しなさそうな冷徹少年は、かわいそうな侯爵令嬢を哀れな手駒にしようとしている。ごめんよ、マルティーナ嬢。君に恨みはないんだけど、ひとしきりサラディアを貶めて、縁があったら俺が助けてやるから、今だけは運がなかったと思ってあきらめてくれ。


ほくそ笑む俺は気付いちゃいなかったのである…この深窓のご令嬢が、実はとても性格が悪くて、自ら進んで俺を嵌めようとするほどサラディアに心酔しているということに。


だって気付かないだろ!

あんなに清楚可憐を演じられる12歳なんているか?あの女は俺を呼び寄せたのも、テラスで二人きりになったのも、俺がしめたものだと思って手を差し伸べたはだけた背中ですら計算のうち。しかも当たり前だけどあいつと彼女はグルで、そのあと颯爽と彼女を助けに現れた「サラ様」によって、あのふたりは仲睦まじい婚約者で、俺はその間を引き裂こうとした間男として罪はぜんぶ押し付けられて。

あの白い悪魔はどこかで俺たちの様子を伺っていたに違いない。俺はあのお綺麗な顔をぶん殴ってやりたくてあれこれ画策した。


けれど、結論から言って、それも失敗した。

なんとこれまた邪魔をしたのはマルティーナ嬢。あの女、何度俺の邪魔をすれば気が済むんだ。サラディアを彼女の前で顔が変形するくらいボコボコにしてやれば俺の溜飲も下がると思ったのだ。ちょっと短絡的だったけれど、俺の行きつけのカフェで彼らの姿を見かけたときは幸運に感謝して(あとで考えてみればそれもサラディアの計画だったはずだ。あいつ、一体どこで俺の息抜きの場所をつかんだんだ)、俺の飼っている手駒を使ってあの調子に乗ったカップルを誘拐したところまではよかった。しかし、いざあの顔をぶん殴ってやろうとしたところで、マルティーナ嬢が間に割り込んできたのだ。



加減をせずに殴ったので、たぶん今の彼女の顔はひどいことになっていると思う。お嬢様には悪いことをしたけれど、あれだって彼女が無理矢理割って入ったのだから俺のせいではない、と思う。いや、あんまり暴れるようだったら多少手荒なまねをしても構わないとは思っていたんだけど。


だから、今のこの状況はちょっとお門違いだと思うんだ。城下町の路地に追い詰められた俺は思う。目の前にはあの獰猛で蟲惑的な笑みを浮かべる魔王がひとりと、その斜め後ろに控える見覚えのない黒髪の少年。あれ、俺はなんでこんな年下から逃げ回っていたんだっけ。

「さて、パトリック。僕に何か弁明はあるか?」

気味悪い甘くて柔らかい、それなのに冷ややかな声でサラディアが言った。後ろの黒髪は静かに控えるだけだ。しかし、その目だけは鋭く俺を見据えている。

「僕のかわいいマリーを傷つけちゃった罪は重いよねえ?…で、何か」

底冷えしそうなアイスブルーの瞳がぎらりと光った。「弁明は、あるかと聞いている」

「お、俺のせいじゃねえだろ!」俺は何を言っているのか、そう口走っていた。「マルティーナ嬢が勝手に」

「ご令息、俺にやらせてください」

これまで黙っていた黒髪の少年が一礼した。

「わざわざご令息のお手を煩わせなくとも、お嬢様の報復はこの手でいたしますので」

この少年はどうやらマルティーナ嬢の従者かなにからしい。彼はサラディアの許可をとって前に進み出ると、俺を見てにっこりと笑った。爽やかな整った顔立ち。その辺の貴族ならばその顔だけで容姿として欲しがるだろうに、少年はあくまで使用人としての分を越えない控えめな態度で俺に言った。

「申し訳ありません。仰るとおり、お嬢様が『勝手に』しでかしたことですので、あなた様には罪はないのですが、これも一応けじめですので」


サラディア・オーウェンは質のよい駒を手に入れたらしい。隙のない笑みの裏には燃えるような怒りが見て取れた。サラディアは心底楽しそうだ。

「テオ、君も主人を貶められると怒るなんて意外だな」

「恐れながら」

テオと呼ばれた従者はサラディアを振り返った。

「あのやんちゃなお嬢様がいくつ傷を作ろうと、どれだけ傷つこうと俺の知ったことではないんですが、お嬢様を通じてアレッサンドロ侯爵家が軽んじられるような真似だけは許せないんですよ」

それに、と続ける。

「俺たち使用人が苦労してお育てしたお嬢様を傷つけられるのは、我々の矜持にかかわりますから」


そうして彼が取り出したのは、鋏と剃刀だった。彼は両手にそれらの凶器を持って、にこりと明るく笑ってみせた。俺の知るところではないが、たぶん誰に対してもあんな調子なのだろう…真意をつかませない淡々とした口調で、黒髪の番犬は言った。

「古来より頭を丸めるという行為は、罪を償う最も恥ずべき罰のひとつなんだそうです」

俺の背にする壁に手をついて、宣告する。

「その下品な赤毛は、もういりませんよね?」


俺は二ヶ月、外出できなかった。

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