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私とサラ様はまだ未成年なので、婚約式にかかわる諸々は親である侯爵・公爵閣下の仕事だ。
王宮へ提出する書面、教会への手続き、パーティの招待状をしたためたり、会場の手配をしたり、とにかく婚約式というものは準備が多くて面倒くさい。
実際に結婚することになれば、そのときにはもう私もサラ様も成人しているはずなので、結婚式の準備は自分達ですることになるだろう。この七面倒な作業をやらなければならないのかと思うとげんなりするというものだ。
「両方の準備に借り出される俺たち使用人の身にもなってください」
テオは私の愚痴に苦々しい顔で応じた。主催が当主だろうが子供達であろうが、実際に動き回ることになる使用人たちには関係ない。私の従者業の合間を縫って、テオもまたあちこちに駆り出されていた。
私は怪我をしていて人前に出られない身ということで、バタバタする我が家を眺めながら視線を手元の本に落とした。男物の礼装のカタログだ。
婚約式に関してはほぼ暇人の私だが、それでもいくつかやることはある。その最たるものが、お互いの婚約式パーティに着る衣装を選ぶことだ。これは特に定められているわけではないのだけれど、両家の仲がよいことをアピールするひとつの手段として用いられる。高級なものであればあるだけ価値がある。
とはいえサラ様に見た目ばかり豪奢な礼装など着せるわけにもいかないので、私は通いの洋装店やデザイナーが置いていったカタログに目を通して目星をつけているのである。あのうつくしさが際立つ最高の衣装を用意しなければ。
「そんなのなんでもいいよ」
「…サラ様。お越しいただいていたのですか」
しかし当のサラ様は自分の姿などさして興味もない様子だった。私からカタログを取り上げてぺらぺらと捲ったが、適当にぽいと放り出すと私の隣に腰を下ろした。たとえ公爵家のご令息といえど、毎日やってくる彼はもう勝手知ったる家とばかりに迎えも案内も断って私のところに来ることが多くなった。
サラ様はテーブルの上に広げられたカタログの山から、今度は女性用ドレスのものを取り上げて眺めている。
「パーティの礼装なんてほとんど女性のためのものだよ。マリーが華やかになるんだったら僕はどうでも」
「まあ!そんなのいけませんわ!」
私は立ち上がった。「サラ様の魅力を最大限引き出す、最高の衣装をご用意しなければ!」
ましてこの美貌の公爵令息にそこらの粗末なぼろでも着せようものならご令嬢たちの糾弾間違い無しだ。絶対に最高の品をお届けしなければなるまい。決意を固める私をひとしきり眺めてから、サラ様はこれはもうだめだと思ったらしく話を切り替えた。
「介添人は決めた?」
「う」私は戸惑った。「い、いえ、まだ」
婚約式は結婚式と比べれば規模が小さいしそこまで大仰なドレスを着るわけでもないので、介添人というよりは友人代表みたいなものだ。基本的には家柄のよい者を選んで「私の婚約はこんな家にも支持されています」と示すために利用されるが、アレッサンドロ侯爵家とオーウェン公爵家はそもそもが国内有数の大貴族なので、ここで家格が高いだけの家を選んだところでさして意味はない。
どちらかというと普段つながりを持っていない家の者にお願いしたいものだが、数えるほどしか夜会に出たことがなく、しかも母の知り合いの間しか連れまわされていない私にとって、介添人を頼める友人があまりいないのである。言っておくが、この私に友人がいないというわけではない。決してそういうわけではない。
視線を泳がせる私にサラ様は何を思ったのか、ひとつくすりとすると話を持ちかけてきた。
「よければ、僕の友人代表として来るやつに双子の妹がいるんだけど、彼女に頼んでみればどうかな?伯爵家の子で、アレッサンドロとはそんなに縁がないと思うけど」
「サラ様のご友人、ですか?」
しかも随分気安い関係のようだ。その妹だかなんだかの存在に妙に不穏なものを感じつつ、私は頷いた。もしサラ様に色目を使うような女だったらこの私が成敗してくれる。
そうして顔合わせに設けられたお茶会で、現れたふわふわの金髪の少年と、その影に縮こまりながら私を睨んでいる薄いブラウンの髪の少女を見て、私はあっと声を上げた。またしても「ドキロマ」の主要キャラクターである。
コールドレイク伯爵家の双子の兄妹、ゼノンとゼルフィリア。もちろん攻略できるのは兄のほうだが、妹のほうもゼノンルートでライバルキャラクターとして登場する。
鮮やかな金髪で、無邪気そうな明るい少年であるゼノンに対して、薄いブラウンの髪をしたゼルフィリアはひねくれ者で、それでいて引っ込み思案。いつもゼノンの脇にくっついていて、ヒロインが来るたびに猫のように威嚇してくる。
そして、妹のほうは実際に見覚えがあった。パトリックを罠に嵌めたあの夜会で、私に食って掛かってきた黄色いドレスのご令嬢だ。
「へーっ、じゃあ君がサラの婚約者か!ゼルが会ったって言ってたけど、聞いてたのとちょっと違うね」
ゼノンは不躾に私をじろじろ見て、人懐っこく言った。あの日は清楚スタイルだったが、今日の私は通常運転の薔薇色のドレスである。対するゼルフィリアは、前回よりも略式のドレスではあったが、やっぱり黄色い衣装を身に纏っていた。この双子のイメージカラーである。
「アレッサンドロ侯爵家のマルティーナと申しますわ。このたびはこちらのお願いをお引き受けいただきましてありがとうございます」
「うん、こちらこそよろしく」
ゼノンは気安い調子で言った。「ゼルもアレッサンドロ侯爵の娘さんの介添人に選ばれれば箔が付くってもんだしね。ほら、ゼル、挨拶しなよ」
「…コールドレイク伯爵家が娘、ゼルフィリアでございます」
ゼルフィリアは一応形ばかりのお辞儀をしたが、その目は敵意と警戒に満ち満ちていた。ゼノンはそれに気付いているんだかいないんだか、にっこり笑って言う。
「悪いね、妹は人見知りが激しくってさ。あんまり交友関係も広くないから、よかったらマルティーナ嬢が友達になってあげてよ」
「だっ、誰がこんなやつと」
ゼルフィリアはにゃーにゃー喚いたが、せわしなく動く視線がチラチラとサラ様に飛んで、それから実に悔しげにスカートの裾を持ち上げた。
「…よ、よろしくお願いしますわ」
「ええ、こちらこそ」
敵意むき出しで私を見るが、私は相手にしないことに決めた。…これなら相手にするまでもない、余裕でこちらの勝ちだ。にこやかに釘を刺しておく。
「サラ様が、私のためにとわざわざお声掛けくださったんですもの。せっかくのご縁ですから、是非これからも仲良くしてくださいな」
要所要所強調してやると、ゼルフィリアは悔しげにくちびるを噛んだ。フン、他愛もない。
一連の様子を見ていたゼノンは、きょとんと首をかしげたあと、盛大に笑いはじめた。
「あはは!そこらのご令嬢にサラの相手なんて務まるのかとおもってたけど、うん、マルティーナ嬢なら安心だね!」
「へえ、僕はそんなにひねくれ者に見えるか?」
サラ様が涼しい顔で言った。彼のこんな親しげな口調は初めて聞いた気がする。びっくりしてサラ様を見ると、彼はいつもの隙のない様子とは違い、ポケットに手を入れたままの気安い立ち姿のままで言った。
「ゼノンは僕が初めて出席した夜会でたまたま知り合ったんだ。だから親同士のつながりはないんだけど、なんとなく気が合うからパーティではよく一緒にいる。礼はなっていないけど、これで顔が利くから、困ったことがあったらマリーも相談しておいで」
「僕なんかで助けになることがあればね」
「ええ、どうぞよろしくお願い致します、ゼノン様」
ゼルフィリアがフンと鼻を鳴らした。私のお兄様にもちょっかいを出すのかと目が如実に語っている。まったく失礼な奴だ。この私がサラ様以外の男にうつつを抜かすなどありえないだろうに。
しかし、ゼノン・コールドレイク伯爵令息は、ゲームでは可愛らしい甘えん坊のキャラクターとして描かれていたけれど、なかなかどうして彼もまた一筋縄ではいかないらしい。サラ様が手のひらの上で人を転がして楽しむようなご趣味をお持ちなら、この少年はサラ様のそうした武勇伝を聞くのが何よりの楽しみのようだった。
「そういえばサラ、パトリックを嵌めたんだって?僕の紹介したあのカフェは使った?」
当たり障りのない世間話の合間に、ゼノンがいきなりそんなことを言うものだから、私は思わず紅茶を噴出しそうになった。
「あ、あのカフェは、ゼノン様のご紹介だったのですか」
「ああ、サラ、マルティーナ嬢も連れて行ったの?」
「一人で街に出るのも退屈だったからね」
サラ様のこの口ぶりから言って、あの街デートはサラ様がパトリックを踊らせるために計画されるものだったらしい。なんてことだ、純粋な私への誘いではなかったということか!
サラ様が私に心底惚れてくれる未来はまだまだ遠い、しゅんと肩を落とすと、サラ様はなぜか嬉しそうに私の髪を撫でた。はす向かいに座るゼルフィリアがギリギリと歯噛みした。
「もちろん、マリーと一緒に出かけてみたかったし」
「…!さ、サラ様!」
たとえ詭弁だったとしても、そうフォローを入れてくれるだけで私にとっては天にも昇る思いだ。ゼルフィリアが「ばかじゃないの」とつぶやいたが、そのあとすぐにうめいた。あの反応は見覚えがある。どうやらテーブルクロスの下で、ゼノンがゼルフィリアの足を蹴っ飛ばしたらしい。
「あのカフェはパトリックが時々行くって聞いてたんだ」
ゼノンはにやにやしながら種明かしをした。
「だから僕は、親愛なる悪友に教えてやったわけだ。彼はパトリックの大ファンだからね」
「気持ち悪い言い方をするな」
そう言いつつサラ様は私の頬を指先でなぞった。もうガーゼは取り払われてはいるが、まだうっすらと殴られた跡が残っている。
「マリーを巻き込んじゃったからね。次はもうちょっとうまくやるよ」
「あーあ。パトリックもそろそろ音を上げちゃうだろうな」
どうやらこの二人組は嫌な方向に気が合うらしく、パトリックをからかうことに心血を注いでいるらしい。あのパトリック・フィオデニールだって根っからの善人ではないけれど、また、サラ様の行うことに私が否やをとなえることは決してないけれど…この天使のような容貌をした二人組に狙われているあの二歳年上の少年に、今だけは少しばかり同情した。
一応不快な表現に感じられた方がいらっしゃるかもしれないので補足しておきますが、マリーが以前言ったとおり根っからのお人好しが社交界で生き残れるわけがないので、この話に基本的に善人は存在しません。




