↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
支持率0%の男が、日本を作り直すまで  作者: 霜月 七日
第1章 怒れる納税者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/100

第1話 支持率98.4%の独裁者

給料が上がっても、なぜか生活は楽にならない。

税金、社会保険料、物価の上昇。

誰もが一度は抱いたことのある疑問から、一人の男の物語が始まります。

これは、日本を変えようとした男が、やがて日本そのものを変えてしまうまでの物語です。

2045年10月21日、午後7時12分。


東京都千代田区、国会議事堂前。

「黒崎総理! 黒崎総理!」

数万人の声が、秋の夜空を揺らしていた。

日の丸が振られ、巨大なスクリーンには一人の男の顔が映し出されている。

第108代内閣総理大臣。

黒崎玲司(くろさきれいじ)。

かつて無名だったその男は、今や日本で最も強い権力を持つ政治家となっていた。

衆議院418議席。

内閣支持率98.4%。

歴代の総理大臣が、どれほど望んでも手に入れられなかった数字だった。

「総理! もう野党なんて必要ありません!」

群衆の中から、そんな声が上がった。

周囲の人々が笑い、拍手する。

「黒崎総理が決めればいい!」

「反対ばかりする政治家は辞めろ!」

「総理に全部任せます!」

その声は、やがて大きな歓声へと変わっていった。

演説台に立つ黒崎は、笑わなかった。

少し前まで、彼はこの光景を夢見ていた。

国民に信頼される政治。

無駄な税金をなくす政府。

誰もが働いた分だけ、豊かになれる国。

その実現のために、人生を懸けてきた。

そして今、国民は彼を熱狂的に支持している。

なのに。

黒崎は、群衆の一角に掲げられたプラカードから目を離せなかった。

『黒崎総理に反対する者は、日本の敵だ』

その言葉を掲げていたのは、まだ二十歳にもならないような青年だった。

青年は誇らしげに笑っていた。

黒崎はマイクに手を伸ばした。

「皆さん」

歓声が止む。

数万人が、たった一人の声を待っている。

「私の政策が間違っていると思ったら、遠慮なく反対してください」

会場が静まり返った。

「私は、皆さんの代わりに政治を行う人間です。皆さんの上に立つ人間ではありません」

一瞬の沈黙。

そして、割れんばかりの拍手が起こった。

「さすが黒崎総理!」

「謙虚だ!」

「一生ついていきます!」

黒崎は、言葉を失った。

反対してほしいと言ったのに、誰も反対しない。

何を言っても称賛される。

それが、今の自分だった。

演説台の下で、秘書官が時計を指さした。

黒崎は小さくうなずき、演説を終えた。

群衆はなおも彼の名前を叫び続けていた。

* * *

2045年10月21日、午後8時03分。

首相官邸、総理執務室。

「本日の演説、素晴らしかったです」

小野寺航(おのでらわたる)が、報告書を机に置いた。

「特に『反対してください』という部分が、SNSで大きな反響を呼んでいます」

黒崎は上着を脱ぎ、椅子に腰を下ろした。

「反対意見は?」

「……はい?」

「今日の演説に対する反対意見だ」

小野寺はタブレットを操作した。

「批判的な投稿も、少数ですがあります。ただ、支持者からの反論が非常に多く、目立たなくなっています」

「具体的には?」

「『総理の改革を妨害するな』『文句があるなら日本から出ていけ』といった内容が……」

黒崎は目を閉じた。

「航」

「はい」

「俺は、そんな国を作りたかったんだろうか」

小野寺は答えなかった。

黒崎は窓の外に目を向けた。

東京の街には、無数の明かりが灯っている。

十数年前、この国の未来に希望を持てなかった人々がいた。

生活費を切り詰め、税金の支払いに苦しみ、将来のために貯金することさえ難しかった人々だ。

自分も、その一人だった。

黒崎は机の引き出しを開けた。

そこには、古びた一枚の紙が保管されていた。

何度も折り畳まれ、角が擦り切れた給与明細。

黒崎は、それを静かに広げた。

「……全部、ここから始まったんだ」

* * *

2035年4月25日、午後8時41分。

東京都内、ワンルームマンション。

「……また、これだけ引かれてるのか」

三十代半ばの黒崎玲司は、パソコンの画面を見つめていた。

会社から届いた給与明細。

額面給与、412,000円。

悪い金額ではない。

少なくとも、学生時代の自分が想像していた三十代の給料よりは高かった。

しかし、その下に並ぶ数字が問題だった。

健康保険料。

厚生年金保険料。

雇用保険料。

所得税。

住民税。

差引支給額は、約31万円。

「十万円近く、消えるのかよ……」

黒崎は椅子にもたれた。

会社が負担する社会保険料まで考えれば、自分を雇うために会社が支払っている金額は、給与明細の額面よりさらに大きい。

それでも、手元に残るのは約31万円。

家賃は11万円。

光熱費と通信費で2万円。

食費は4万円。

奨学金の返済が2万円。

残った金額から、日用品、交通費、交際費、将来の貯蓄を賄わなければならない。

黒崎はスマートフォンを手に取った。

ニュースアプリの見出しが目に入る。

『政府、社会保障財源の確保に向け新たな負担を検討』

「また負担か」

思わず声が出た。

画面をスクロールする。

政治家が記者会見で説明していた。

『将来世代のため、国民の皆様にご理解をお願いしたい』

黒崎は、その言葉を三度読み返した。

将来世代。

国民の理解。

持続可能な制度。

どれも聞き慣れた言葉だった。

必要な社会保障を維持するために、お金がかかることは理解している。

高齢者も、子どもも、病気になった人も、支えられる仕組みは必要だ。

問題は、そこではなかった。

「何に、いくら使ってるんだよ」

黒崎は検索画面を開いた。

国の予算。

社会保障関係費。

補助金。

行政事業レビュー。

大量の資料が表示された。

数百ページに及ぶPDF。

専門用語。

年度ごとに異なる集計方法。

似た名前の事業。

途中で名称が変わった制度。

「……これ、普通の人が理解できるように作ってないだろ」

黒崎は一つの資料を開いた。

ある事業の予算額と執行額が並んでいる。

だが、その事業が国民の生活をどれほど改善したのかは、すぐには分からなかった。

もちろん、説明はどこかにあるのかもしれない。

それでも、仕事から帰ってきた人間が、何時間もかけて資料を読み解かなければならない。

その時点で、何かがおかしい。

黒崎はノートを開いた。

そして、最初の一行を書いた。

『国民が払った金を、国民が理解できる形で見せる』

書き終えた瞬間、スマートフォンが鳴った。

大学時代の友人からだった。

「玲司、久しぶり。元気か?」

「まあな。どうした?」

「いや、ちょっと聞いてくれよ。今月から給料上がったんだけどさ」

「いいじゃないか」

「そう思うだろ? でも保険料も上がるし、物価も高いし、全然余裕ができないんだよ」

黒崎は黙った。

「なんかさ、真面目に働いてるのが馬鹿らしくなる時あるよな」

その言葉を聞いた瞬間だった。

黒崎の中で、何かが変わった。

「……なあ」

「ん?」

「お前、政治家に何をしてほしい?」

友人は笑った。

「急になんだよ」

「いいから」

「そりゃ、手取り増やしてほしいよ。あと、税金を何に使ってるのか、ちゃんと説明してほしい」

黒崎はノートを見た。

たった今、自分が書いた言葉と同じだった。

「そうだよな」

「でも無理だろ。政治家なんて、選挙の時だけいいこと言って終わりじゃん」

「……だったら」

黒崎は、ゆっくりと言った。

「自分でやるしかないのかもしれないな」

「何を?」

「政治を」

電話の向こうが静かになった。

三秒。

五秒。

そして。

「……お前、疲れてるだろ」

友人が笑った。

黒崎も笑った。

確かに、馬鹿げた話だった。

政治の経験はない。

有名でもない。

金もない。

支援してくれる組織もない。

国会議員の知り合いさえいない。

それでも。

黒崎は、もう一度給与明細を見た。

毎月、当たり前のように引かれていく金。

それを当然だと思い、仕方がないと諦めてきた自分。

「……疲れてるのかもな」

黒崎は答えた。

「でも、何もしなかったら、十年後も同じこと言ってそうだ」

電話を切った後、黒崎はパソコンで検索した。

『国会議員 立候補 条件』

続いて。

『政治団体 設立方法』

そして。

『選挙 供託金』

表示された金額を見て、黒崎は思わず声を上げた。

「高っ!」

立候補するだけでも、簡単ではない。

現実が、いきなり目の前に立ちはだかった。

黒崎は苦笑した。

「そりゃ、誰でも気軽に政治家になれるわけじゃないよな」

だが、検索画面を閉じることはなかった。

代わりに、ノートの二行目を書いた。

『政治家になる』

その文字を見つめてから、黒崎は小さく首を振った。

「いや、違うな」

二行目を消す。

そして、書き直した。

『国民の手取りを増やす政治家になる』

それは、まだ誰にも知られていない決意だった。

支持者はゼロ。

仲間もゼロ。

当選する見込みも、限りなくゼロに近い。

しかし、この夜。

後に日本の政治を根底から変える男が、初めて政治家になることを考えた。

本人でさえ、まだ知らなかった。

十年後、自分が総理大臣になっていることを。

そして、日本中から「独裁者」と呼ばれることを。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

税金や社会保険料、そして国の予算。私たちの生活に身近でありながら、分かりにくいことも多いテーマを、一人の男の挑戦を通して描いていきます。

本作はフィクションですが、政治の駆け引きや改革の難しさも大切にしながら、テンポよく進めていく予定です。

面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。