第63話 古旧黄金帝国 オーストリア
皇国は戦争を「勝利」という形で終えられなかった。
そしてそれは今まで先進兵器によって快進撃を続けてきた皇国の限界を露呈させた。もちろん列島の皇国民が衝撃を隠せる筈が無かった。
「我が欧州支部の皇軍は敵、墺太利帝國軍を果敢に攻めアンカラ、クレタ島などを占領するも敵の奮戦鑑みかりそめに陣地放棄し、墺太利帝國と講和条約を締結せり。講和条約の批准につきて陛下及び枢密院に許しを求む、とのことです」
「ほ......放棄したのか!?」
「はい」
皇国の重要な議題、条約の批准や法律の最終的なチェックを司る皇国の巨頭、枢密院。
そこでは今、十数名による緊急会議が開かれている。
その言葉にある程度の苦戦は予想していたとは言え、陣地を放棄するとまでは思っていなかった「出席者達」は驚きをざわめきで表現する。
「ふっ、ふざけるな! 陛下の皇軍が憎き欧州に負けるなど有り得ない! いやっ! 有り得てはならない!! 議長ここは絶対に許可を出してはなりません!」
そんな中、一人の大男が立ち上がって不満を述べた。
両端に座る人間のうち半分が立って発言した人物を見つめ、半分が中央に座る男、枢密院議長を見つめる。 皇国で大勲位、内閣総理大臣に次ぎ、天など各支部の総司令官より上位の重臣だ。
「矢島海軍軍令部長、静かに」
「ぎょ......御意」
鬼のような目の議長による静止にたじろいで軍令部長は椅子に座る。場は少し揺らいだが会議を大過なく終わらせるためには仕方のないことだ。
「しかしどう致しますか? この様な重要な議題は我々でも安易には決めかねます」
議長から右にみて一番前にいる人物が次に発言する。
「陛下には枢密院としては決められない、と上奏せよ。 どうせ議論したって埒があかない。 それに上奏したにせよ、五摂家と他の公家が決める」
あまりに早く結論をまとめる。あまりの速さにほとんどの出席者が呆然としている。が、議長は意に介せず全員の顔を見渡して明確な反対が無いことがわかると書記官に書類をまとめさせ、「早く陛下のもとに行け」と言ってこの議題を終わらせた。
重要な議題にも関わらずのこの速さはあまりに異例だ。ほとんど議長の独断に近い。ただ誰も何も言わず議長が次の議題の会議を始めるのを待つ。
「枢密院は保留らしいですよ」
「だろうな」
会議が終わってまだ一日、玄と旭にはまだ講和会議をやり遂げたという余韻が残っている。だから二人の会話には疲れはあるものの無気力感はない。
彼らにはやる事がまだまだある。
「でもなんで一回天さんとかと別れたんですか? 別れる必要なんてなかったでしょうね」
二人は講和会議から帰ってきた直後、天や空澄とすぐ別れて別々の道でアクサライに帰ることにしたのだ。だからほとんど何も天たちと話さず玄と徒歩で帰っている旭は少し不満なのだ。
「仕方ないだろ! 疲れてるのに空澄と帰ってたらこっちの身がもたないんだよ」
「いや まあ 分かりますけど」
「それに観光とかにもいいだろ」
「あぁ......」
安らぎって重要ですよね、という顔で見つめてくる旭を、気持ち悪い虫でも見るかのような目で見返しながら玄は敵の領土を進む。
「やっば。 天さんとはぐれた......」
――空澄は全く知らない土地で一人迷子になっていた。
「まあ まっすぐ行けば着くか......。」
あまりにその日暮らし的な考えには衝撃を受けるが、空澄はその妙な能力でなぜか無事に国境の端までたどり着いていた。
国境の端から皇国側に行こうとすると野菜か何かの露店をしている四,五十代の店主が陽気に声をかけてくる。
見た目は人のいい近所のおじちゃんだ。
「あんた 皇国に行くのかぁ?」
「ええ そうですよ」
「あんた 軍人かぁ」
「まあ はしくれみたいなもんっすよ」
別にまったく急いでいない空澄は話しかけてくる人に付き合わない義理はない。彼が空澄を軍人と判断したのは横に引っ提げている刀からだろうか。
「へえぇ あんたどこ出身だい?」
「まあ皇国の端ですね ちなみにおじさんはどこ出身なんですか?」
「俺はオーストリアの横のイタリア王国の人間だよ」
「へぇ じゃあこっちに移住してきたんですか?」
「ああ まあイタリアほどじゃねぇがここも悪きゃねぇ 流石「古旧黄金帝国」と言ったところだ。
短い言葉での世間話が続く。空澄のフレンドリーな性格からだろうか。
「古旧黄金帝国?」
「知らねぇのか。 ヨーロッパじゃあ全部の国に二つ名みてぇのがあるんだよ だからオーストリアは古旧黄金帝国 オーストリアって呼ばれるんだ」
「......」
「あ......っ......おっっま......え」
「もう少し諜報員なら感情のこもった芝居をするべきだと思いますよ」
「ふ......っ......ざ」
普通の会話をした数瞬後、ついさっきまで空澄と何気ない会話をしていた男の胸に刀が貫かれていた。血が穴の空いた腹部から大量に溜り落ちる。
――空澄によって。
「バレバレすぎですよ。 どこの国か知らないっすけど」
「く......そっ」
男は絶命した。
「たくっ 一般人に魔力なんてあるわけないじゃないですか」
こうして空澄は、古旧黄金帝国 オーストリアに別れを告げた。
一章 完




