第62話 欧州の戦後
――第二次東欧戦役の序章は終わった。
そしてこの戦いは長らく身内でしか争ってこなかった欧州世界の東洋、皇国への関心を高まらせた。
そしてその結果、欧州人が理解に苦しむものが一つあった。
――皇国が欧州に侵攻する大義、理由だ。
「やはりあの戦争ですよね」
「恐らくそうでしょう」
普通の家のリビングぐらいの大きさの部屋に美男美女が二人。その内の金髪の美少女、アリスが両手を後ろに回して、壁に寄り掛かりながら下を向く。
それに短い言葉で答えるのは椅子に座りながら剣を磨いているコウだ。
「ただ理解に苦しみます。 もうあの戦争が終わってから一世紀です。 報復をするにしても誰も覚えていないような時代です。」
アリスが理解できない、という風にコウの方を向く。決してコウに質問しているわけでもない。コウの意見を聞いてるのだ。
「私も彼らの事が完全に理解できるわけではないです。 ただやった側はやった事をすぐ忘れ、やられた側は何年、何十年、何世代もそれを覚えている。 アリスも心の奥底では彼らが我々を憎悪する理由を分かっているはずです」
コウは断言した。厳しい言葉にアリスは胸を貫かれる思いだ。その言葉は愛する国家を正当化する自分を否定する様なものだった。
錆を取り終わった剣をコウが鞘にしまうと立ち上がる。
「まあアリスの良い所はその愛国心ですから無理矢理変える必要はないと思いますよ」
「あっ......ありがとうございます」
アリスはどんな流れにしろ褒められた事が少し嬉しかった。
「バタイ リンドウ、そなたを一級戦皇士に任ずると共に正式に東部方面軍配属とする」
皇帝が座る玉座、その前方でオーストリア帝国の大宰相は告げる。一人一人を圧倒する、広く壮大なオーストリア帝国の謁見の間。
その中でも大宰相の声は特段響き渡る。
今回の主役、バタイは皇帝と大宰相の前で跪いている。バタイと地面の距離は彼自身が経験した事ない程近い。
そしてそれを奇異な目線で注目するのはオーストリア帝国の名高い名士、貴族、戦皇士・魔術師だ。
今回はそれらほとんどの者達が勢揃いしている。
それもそうだろう。なぜならこの会の目的は先の戦いの戦後処理という重要案件だからだ。
そして彼らがバタイを物珍しい目で見つめるのには理由がある。それは彼が今まで一貫して一級戦皇士への昇格を拒否し、無級戦皇士として留まっていたからだ。
それが皇国との戦いから一転、一級戦皇士になる事を受け入れたのだ。怪しまれて当然というべきであろう。
「......御意」
何かを隠していそうな表情は見せながらもバタイは厳かに拝命し、位授与の儀式は大過なく終わる。ただこれで全てが終わった訳では無い。
次に爵位陞爵、いわゆる新たな爵位を皇帝から授与される儀式がある。当該者は一名。侯爵から最高位の公爵への陞爵だ。
そしてそれも終わるといよいよ表向きの式典が終わる。
そうすると一度散会となり、いよいよ戦後処理という重大な案件についての論議が始まるのだ。
散会後に設けられる論議までの時間は約15分。その間各々は充てがわれた部屋で議題について考えながら静かに過ごす。
ただコウの場合は人の流れが絶えない。今もまた誰かがノックをせずして部屋に入ってくる。
入ってきたその男は極めて傲岸不遜だ。式典では最低限の礼儀作法は弁えていたものの、コウの前では礼儀知らずの野蛮人だ。
「なんの為に呼んだ!」
いきなり怒声で始まるバタイにコウはまったく臆さない。 凶暴な肉食獣でさえ怯むような顔に動じずにいるのは彼がそれ以上だからだろうか。
アリスが咄嗟に剣を引き抜くまねをしたのでバタイは舌打ちしながらも3歩進んで用意されていた一人用のソファにドテッと座る。
高いソファなのにぞんざいな扱いをされ可哀想だ。
「あなたの真意を確かめるためです」
コウが相手の心を見透かすような笑みを浮かべる。
「真意?」
「なぜあなたがいきなり私の軍門に下るなんて事を起言い始めたか、です」
「真意を知る必要があるか? 俺がお前の配下になることで俺の家族はお前につく。 元聖級戦皇士がだ。 お前には得しかない。 その上で目的まで聞くのは筋が通ってねぇだろ」
バタイが怪訝な表情をしてコウを睨み付ける。何の為にそれを聞くのか、明白な答えを持つ質問をわざわざなぜするのか。いくつもの事柄がコウへの不信感を増大させる。
「答えは知ってる。 ただそれをあなた本人の口から聞きたい。 そういう我儘です」
「――ッ」
「答えは明白です。 皇国欧州支部聖級戦皇士 天凪 天を油断させて仕留めようとしたにも関わらず逃げられたから。 要は格の違いを思い知ったから」
「てめぇえ」
コウがゆったりとした口調でバタイを逆撫でするようなことを口にする。
もちろんバタイが立ち上がり、今にも殺さんとする目でコウの襟首を掴みかかる。掴まれたコウは地に足ついていない状況でも余裕を持ちながらそれを見下げる。
それでもコウの表情は決して変わらない。いつまでも同じ相手の心を抉るような笑みを浮かべ続けている。
そして事前の指示からかアリスはバタイに危害を加えていないが、低い姿勢で剣を構え、いつでもバタイに斬りかかる用意はできている。
その自分以上の殺気にバタイの背中には悪寒が走る。
――バタイに選択肢はなかった。
更新遅れてしまうと思いますが、これからもよろしくお願いします。




