第49話 答え
季節が春から夏に変わろうとしている時、クリミア王国の国境線に沿って掘られた長大な塹壕では一ヶ月に渡って血塗れの攻防が繰り広げられていた。
属国であったはずのクリミアを通って、アナトリア半島の友軍を援護する予定であったオーストリア帝国軍は作戦の第一段階で出鼻をくじかれた形となったのだ。
「作戦は失敗と言わざるおえません クリミア国の独立路線により我が国はクリミアを失い、またクリミア国への攻撃作戦は敵の兵数が予想の三倍だったことにより、現地では泥沼の塹壕戦が行われています。 我が国のこの軍への救援は絶望的です」
「それでいてイスタンブール方面からは兵を引き抜けない。 万事休すだね」
端正な容姿を持つ少年、コウが冷静な顔でこれまた美しい金髪碧眼の少女、アリスの報告に応じる。内容は自国による救援の失敗とそれによる絶望的な状況だ。
「大宰相閣下はクリミアの謀反を予想されていたのでしょうか?」
「予想はしていた筈だ。 ただ何かがあって、わざと放置しているのだと思う」
自らに直結する事だがコウは飄々と応える。ただそれは事態を楽観視している訳ではない。
「しかしこの軍は大丈夫なのでしょうか? 支援を受けれないとなると単独で皇国を相手にしなければなりませんが......」
「厳しいと思う。 正直この軍だけで対応するのは無謀だ」
「ではどうすれば......?」
「講和しかない」
講和、という言葉が出てきた瞬間、アリスの背筋が凍る。なぜなら講和という事は、劣勢のオーストリア帝国はどこかしらの土地を皇国に割譲せねばならないと言う事だ。
つまり今まで維持してきた土地を失うのだ。
「それは敗北したと言う事ですか?」
質問なのか確認なのか、アリスが口を開く。このまま東洋の蛮族に屈辱の講和をするぐらいならば戦って死んだほうがマシ、という軍人の精神があるのだろう。
するとコウは拳銃を取り出して机に置く。冷たい鉄で出来たこの武器は派手な装飾もなく、ただその銃身を黒く光らせている。
「これは僕の意見ですが、元々東洋と我々、西洋にはなんの差も無かったんですよ。 それは皆が随分前から薄々気付いていた。 ただそれを受けいられず何もせずにただ待って、その結果東洋は我々の先を行くものになっていた。 今我々が対等でなくとも、彼らと渡り合えているのはこれを東洋から盗んだからです」
コウは拳銃を握る。そして東を向くと壁に向かって片手で引き金を引き弾を撃ち込んだ。
「――ッ」
「これが僕の答えです」
そう驚くアリスに向かってコウは言い放った。




