第48話 赤い塹壕
――血まみれの塹壕がアリの巣のように張り巡らされていた。
オーストリア帝国モルドバ地方の首都、キシナウから黒海に向かって斜めに200kmのオデッサでは、30万のオーストリア帝国軍とクリミア王国の泥沼の塹壕戦が繰り広げられていた。
「だめです! クリミアの数十kmに渡る塹壕を突破できません。 ライフル銃と手榴弾、その他最新兵器を投入していますがこのままではトルコの自軍を救助する前に壊滅します!」
「反転攻勢の予兆は!?」
「第8、12師団の担当するラインが危ないと思われます!」
「クソっ」
4日前に始まったオーストリア帝国のクリミア王国への懲罰戦争は予期せぬ事態により泥沼に陥っていた。
1つ目の予期せぬ事態はクリミア王国が最早属国と言えるような力では無かった事である。この王国の周到な準備と蓄えた経験、武器は容赦なく帝国軍を蹂躙した。
そして2つ目は、
「結局 戦争は今も昔も数じゃ。 それを見誤ったら負ける。 お前は見誤ったんじゃ」
「ッ......!」
前線司令官たる者の部屋に入ってきたのは見るからに老将という感じの男だ。
「お久し振りです。 ご機嫌はいかがですか。 ゲンガン将軍......ッ」
「さっき会ったじゃろ。 それはともかく貧乏くじを引いたな リアン」
皮肉屋な老人という印象が強いこの男にリアンと言われた青年の男性は苛立ちを覚える。
「貧乏くじ?」
「そうじゃろ 大宰相閣下が最も危険視するクリミアにわしと共に''わずか30万''で派遣されたんじゃ」
「そうですか 僕は十分だと思いますけど 元の予想は多くて10万程度だったので」
相変わらず試すような口調のゲンガンという将軍にリアンは不快感を覚える。言いたいことがあるなら直接言えばいいのだ。
「お前は下の世代だから大宰相閣下を人と思っているフシがある。 あの人外閣下が敵の数を見誤るなんてことはしない。 茶番じゃよこれは」
「......? 意味が分かりませんね。 茶番? なんの冗談ですか」
どうせこの老人の事だ、という気持ちもあって話半分で聞く。はずだったがリアンは耳を傾ける。
「そうじゃよ。 茶番。 クリミアの兵が30万なのをわかっていて儂らを30万の兵で派遣した。 それだけの事じゃ」
「はっ? 大宰相閣下が? それに仮にそうだとしても責任を取るのは大宰相閣下ですよ ならなぜ......?」
老人、ゲンガンの目は口調とは似通わず冷静だった。老人の戲言とは思えない目の冷静さにリアンは悪寒を覚える。
「それは時が経ったら分かる。 今は人外閣下の思い通りに動けばいい。 それが赤い塹壕戦のコツじゃ」
「将軍......!」
呼びかけてもゲンガンは振り返りもせず去っていく。
自分は何をゲンガンという領土回復戦争時代の遺物に求めているのか分からなかった。
――ただ自然と、直立に背筋を立てて帝国式の敬礼をしていた。




