道中での戦い
商人の名前はロブといい30半ばといった歳のようだ。トランスのことを気にかけてくれているのか、良く話しかけてくる。内容はほとんど王都にいるという娘の話だったが……。
外側で歩く護衛を交代しながら、道のりは順調に進んだ。もっとも、重量過多のトランスは歩き通しだったが、リーゼのマントのおかげか、妙に調子が良く、休むことなく歩くことができている。最初の見通しのよい草原こそ馬車で沈黙していた他の三人も、トランスと必ずペアになる形で護衛をこなしていた。
見通しの良いところで野営も行ったが、交代制で行うことで負担なく行えている。もっとも、トランスは相変わらず深く眠りにつくことができず、ほとんど寝ずの番を行っていたが、代わりにすやすやと眠るリーゼの寝息に、どこか安心感を覚えていた。
森が近づくに連れて、当然魔物と出くわすこともあったが、ただのゴブリンや、フォレストウルフなどが散発的に現れるだけであった。
「右側からゴブリン2、後方からフォレストウルフが回り込んで来る。数は3。速度の遅いゴブリンは俺が抑える。ウルフのほうは騎士さんが抑えてもらえるか?」
「承知」
「俺らはどうしたらいい?」
「俺と騎士さんが足止めするから、動きの止まった奴を頼む。魔法は火以外で頼むぜ」
「はい!」
銀のプレートを首にかけた、軽装の冒険者、ベックが指示を出す。レンジャーであるベックの的確な索敵と指示で、不意打ちを受けることもなく。常に迎撃という形で敵を迎え撃つことができた。
「しっ!」
軽装を活かした身軽な動きで、ベックがゴブリンの一撃を横ステップで躱し、通り抜けざまに右手の短剣で首筋を切り裂く。驚くもう一匹のゴブリンの顔に向かって、石を投げつけると一瞬の怯みを生んだ。
「今!<ウィンドカッター>」
サラがその隙を見逃さず、風の刃で右手の棍棒を取り落とさせ、ベックが危なげなくトドメをさした。
「隠れていろ」
「うー」
トランスが声をかけると、リーゼは背中にひっついたまま、マントを被るようにすっぽりと収まる。向かってくる鎧の男を敵とみなしたフォレストウルフは、その強靭な牙で噛み砕かんと飛びかかる。しかし、咄嗟に籠手に噛みつかせると、そのまま腕ごと地面に叩きつけた。
「ふん!」
「ギャン!」
「ウゥゥゥウゥゥゥ……」
予想外の反撃に、警戒しながらトランスを睨みつけ、フォレストウルフが唸る。トランスは油断することなく鉄の剣の切っ先を向け睨み返しながら、声をかける。
「いいのか? 俺だけを警戒していて?」
「キャン!?」
「ガゥ!?」
すぐさま矢と見えない風の刃が、フォレストウルフを捉えると、沈黙した。トランスはそれを見届けると、片手で押さえつけていた、フォレストウルフにトドメをさした。
「ふぅ、いやーベックさんパないぜー」
「前衛がいるとほんと安心ですねー」
「いや、あんたらもたいしたもんだ。だけどよ、気を抜くのが早すぎだ」
「ちーす」
「はーい」
トニーとサラが注意を受けつつも気を抜いた返事をするが、ベックは渋い顔をすることなく周囲を警戒している。ベテランである銀級冒険者であるベックは、自然とリーダー的な立ち位置となっていた。元々単独でこの護衛依頼を受けているだけあって、その実力は高く、何度もこの即席パーティーは助けられていた。特に狩人であったトニーは懐いており、気配の読み方や立ち回りなどを詳しく教わっていた。戦闘が終わったことを確認し、ロブが馬車から降りてきて、ベックに声をかける。
「あの、そろそろ村につくので、フォレストウルフを手土産にしたいんですが」
「他に敵はいなさそうだな。警戒は俺がする。騎士さんはゴブリンの討伐部位である左耳を。トニーは血抜きと解体をお願いできるか?」
「おぅ、本職に任せてくれよ!」
「えーと、わたしは?」
「魔力の回復に努めてくれ」
トニーは、黙祷のようなものを捧げたあと、手早くフォレストウルフを処置していく。さすがは狩人というだけあって、慣れた手付きだ。生命に感謝を捧げる際の神妙な表情は、いつもの軽薄なトニーの表情はなかった。そのことに驚きつつも、トランスは周囲を警戒しつつ、ゴブリンに近づきその姿を間近で観察する。あの時戦ったゴブリンと違い、線は細く力強さを感じられない。あの時の個体は確かに強力だったのだろうと手早く回収を済ませた。その際、ふとベックが複雑そうな表情でこちらを見ていることに気づくが、すぐにベックの視線は周囲の警戒に戻った。
ベックは、トニー、サラとは打ち解けたようであった。しかし、自分との距離感だけは少し遠いような気がしていたトランスであったが、トニーが処置を終えた声を上げたことで、その思考は森のざわめきの中に消えていった。