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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
最終章 たった一つの世界
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7. 戦車 vs 淡い恋

 ”タミヤ1/48 イギリス巡航戦車クロムウェルMk.Ⅳ”


 それは、世界有数のプラモデルメーカー、㈱タミヤ社製のミリタリーミニチュアで、京志郎が組みあげるのを惜しんで、最後までとっておいた秘蔵のプラモデルだ。

 なんと言っても、主砲から破壊力のある榴弾りゅうだん砲を連続照射できるし、装備された大きな転輪のおかげで、”第二次世界大戦中最速の戦車”と呼ばれるくらいに走行スピードが早い。

 

「あははっ! くらえっ、僕の作った最高傑作からの砲弾を!」


 北の丘に突進しながら、京志郎は巧みに戦車のかじを操り、白魔女が、持てる魔力をふり絞って打ち出してくる氷柱の攻撃を砕く、砕く、砕く!


― おのれぇえっ、性懲りもなく、また、しゃしゃり出てきおったかぁあ! 魔法大皇帝マジックエンペラー! ―


 ぎりりと歯ぎしりしながら、白魔女は、戦車の砲塔キューポラから顔を出してVサインを決めた京志郎を睨めつける。

 

 その様子を上空でとらえた大鷲が、すぐさま、主君の元へ舞い降りてきた。


 ― 我が君、お見事! ―


「ミラージュか。また、飽きもせず大鷲になってんのか。うざったいから、さっさと元の姿に戻って、砲弾の装填、手伝えっ」


 ― そう言われても、自分の意思では、この”流星の魔法”は解き難く ―


「もうっ、僕が命令してるんだぞ。戻れったら戻れっ」


 そのとたんに、"流星の魔法"は強制終了させられ、大鷲は、するりとイケメンの近衛兵長に姿を変えた。

魔法大皇帝の未知なる力にかしこまり、戦車の砲塔から半身を出した京志郎の傍らに、ミラージュはひざまずいて、頭を垂れる。


「僕のかっこいい戦車の上で、前近代的なポーズをとるなよ」

 と、京志郎は頬を膨らませたが、


「ミラージュ、その手は、どうした? 霜焼けにしちゃ酷すぎないか」

「お気にめさるな。姉上との誓いを守ったゆえのこと」

「誓い? 白魔女に攻撃を仕掛けて、返り討ちにでもあったか」

「いや、攻撃したのは()()()で……」


「何、言ってんだか分かんないや」


 その時、彼らの隙をついて、白魔女が、弾丸のようなひょうを口から吹き出してきた。


「させるかあっ!」


 負けじと、京志郎は、ミラージュを残して、戦車の操縦席に滑り込み、榴弾砲を白魔女に向けてぶっ放す。

 戦車の発射口で炸裂する発砲炎の閃光が視界を奪い、薬莢やっきょうの残骸と砕かれた氷の破片が、激しく辺りに飛び散った。


* *


 耳をつんざく大爆音。飛び散る雪と氷。渦巻く火の粉と、鉄片の雨。


「ひやぁあ! 京ちゃんっ、ちょっとは、加減してえっ」


 百合香と灰色猫グレイ・マウザーは、なす術もなく、折り重なるように雪の丘に突っ伏していた。24時間風呂(リンナイ)の効能で、凍死の憂き目からは救えたものの、小柄な魔法使いは、体にまだ十分に血が通わず、上手く動けそうになかった。


「こらっ、娘っ、俺にくっついてないで、さっさと一人で逃げろっ」

「えっ、こんなに冷え切ったマウザーを置いてゆくなんて、私っ、できない」

阿呆あほうっ、ぐずぐずしてると、クレイジーな弟に木っ端微塵にされちまうぞ!」

「ふんっ、もうどうにでもなれっ。 マウザーと 一緒でなきゃ、絶対にここからは、逃・げ・な・い・ん・だからっ」


 この娘は変なところで肝が据わっている。離れるどころか、余計にしがみついてくる百合香に灰色猫は困り切ってしまう。けれども、ぎゅっと、くっつかれると、温かな体温が冷えた体に伝わってきて、すごく心地良いのだ。

 湧き上がってくる甘ったるい気持ちを振り切ろうと、剃刀めいた視線を少女に向けた。けれども、大きな甘茶色の瞳と目が合ったとたんに、胸がときめいてしまった。


― あの雪の森で出会った時に、俺の顔を覗き込んできたお姫さまは、澄んだ瞳を輝かせた少女だった ― 


 駄目だっ、駄目っ、絶対に駄目なんだ! 思い出すな。思い出せば、最高の魔法使い(グレイ・マウザー)としての力を全部失ってしまう。そう自戒しても、次から次へと、懐かしい思い出が胸に湧き上がってくる。溢れ出した想いは、もう止めることができない。

 灰色猫は、いつか、少女を想って口付さんだ歌を、口にしてしまう。


― here at last is a true lover,

 (真実の恋をしている君)


 it's hair is dark like hyacinthe blossom, lips are as red as the rose.

(ヒヤシンスの花のごとく濃い色の髪。赤い薔薇の花のような唇)


 now it is real ―

 (ああ、ぼくはやっと君に出会えた)


 二人して折り重なっているものだから、花のような姫の唇は、自分のすぐ顔の上だ。ミラージュに先を越されてしまったけれど、今なら……と、灰色猫は、百合香をぐいと自分に引き寄せた。


「ユリカ、愛しの姫」


 大きく開いた瞳をうるうるさせた少女の引力は半端なかった。そうだな、もうどうにでもなれだ。

 すわ、口づけをと、灰色猫が百合香に顔を寄せた時、


「こらああああっっ、そこの二人っ、離れろっ、今は戦闘中だぞっ! この非常時に不謹慎だろっ!!」


 どう見ても、イチャついてる二人の姿。それを目の当たりにした京志郎が、巡航戦車クロムウェルMk.Ⅳの発射口から、こちらに向けて榴弾砲を撃ち込んできた。


「陛下っ、止めろっ、姉上を撃ってどうするっ」

「うっせっー! 僕が狙ったのは、姉ちゃんの頭の上の白魔女だ。それに、ミラージュっ、お前、いつの間にか、僕に対して敬語を使うの、忘れてるだろっ」

「いや……陛下と」

「あーっ、お前にだけは、姉ちゃんは絶対に嫁にやらないからなっ」


 なら、灰色猫にか?


 それも嫌だと、京志郎は、ムカつく気持ちを吐き出すように、戦車の操縦桿を握る手に力をこめた。


*  *


Squall(スコール)!(突風)」


 京志郎の攻撃を跳ね返そうと、魔法の呪文を唱えてみても、何も起こらない。

 灰色猫グレイ・マウザーは泣きたくなってしまった。過去を思い出してしまったことで、おそらく、自分の魔法使いとしての力は、元の”とるに足りない者(シ-ディ)”に戻ってしまったのだ。


 戦車からの砲撃の破片が、頭上からもの凄い勢いで降り注いでくる。爆音の向こうから聞こえてくる白魔女があげた金切り声が、おぞましく響いてくる。


 とにかく、この窮地(ピンチ)を切り抜けないと!


 咄嗟に、抱き寄せていた少女の体を自分の背に回す。

 魔法力はなくとも、ようやく、体に血の気が戻った灰色猫は俊敏だった。

 手元に落ちていた伝説オハンの盾に気がつくと、彼はそれを手に取って、頭上に高く掲げ上げた。



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