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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
最終章 たった一つの世界
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5. リンナイ再び

 白魔女が变化した大雪だるまに囚えられ、灰色猫グレイ・マウザーは、動くことも口を開くこともままならなかった。

 かじかんで柄を握っている感触すらない愛剣。

 思考能力は残っているが、身体的には死んだも同じだ。唯一出来ることは、流星の欠片を鍛えて作られたという己の剣へ、願いをかけることだけだった。


 ― 輝け、流星刀ミーティアソード! お前の刀身に籠められた至高の光を解き放て ー


 冬の星座の瞬きが、一気に開放される。


 青白い光は、際立って明るい一等星のリゲル。白は”焼き焦がすもの”の異名を持つシリウス。黄色はプロキオン、オレンジはアルデバラン。そして、赤は”英雄オリオンの肩”と呼ばれるペテルギウス。

 

 溢れ出した目も眩むような五色の閃光が、白魔女第二形態の体を貫き通し、星々が醸し出す熱で雪の体をとろかしてゆく。


「おのれ、おのれ、おのれっ、小賢しい灰色猫め! ならば、もっと固く、もっと冷たく、この体を強化するまでのこと」


 大雪だるまの頭の天辺が、流星刀の光で崩れだした。そうはさせぬと、白魔女は、辺りの雪を手当たり次第に炭団たどんの口で吸い寄せて、雪玉のかさを増やしてゆく。


 ― くっそうっ、負けてたまるか。輝け、 流星刀っ、もっと熱く、もっと強く! そして、このクソ雪だるまの体を全部、溶かしてしまえっ ―


 白魔女の抵抗する力と、灰色猫の願う力が拮抗する。だが、しばらくすると、灰色猫が握りしめた剣の柄の手元に、温かみが戻ってきた。


 ― いいぞ、流星刀っ、その調子で、凍りついた俺の体の解凍も早急に……マジで早急に頼む! ―


 その時、耳元に、またもや奇妙な声が響いてきたのだ。


 いいね♡ いいね♡ いいね♡


― またかよっ、その浮かれた声を、俺に聞かせないでくれって言ってんのに ―


 その一瞬の隙をついて、白魔女が寒気を吹き込んできた。再び凍りだした灰色猫。 白魔女がせせら笑う。


「ほほほほ、我は見切ったぞ。もう諦めよ。貧弱なマウザーよ、お前には迷いがある。それでは、どうあがいたって、初代灰色猫(グレイ・マウザー)と肩を並べることはできぬわ。その初代さえも我の力の前では力敵わず命を落としたのだ。 お前は、我には未来永劫に勝てぬ。奪い取るモノは盗り、使えるモノは冷酷に使う。我らの命は所詮は()()()()()()()。ならば、与えられた要素エレメントを悉く上手く渡り歩く。それが、この国の支配者たる者にふさわしい在り方というものであろう」


― なにっ、白魔女っ、お前、今、何と言った? ……まさか、知っていたのか。俺たちの世界が創り物だということを ―


「然り。貴様らの話を盗み聞いた雪風が我に伝えてくれたわ。よく聞け、我は貴様らより格上なのじゃ。我の在る場所は古今東西に読みつがれてきた()()()()()()。たとえ、滅びたとしても、誰かがその書物を読み続けている限り、また復活する。それと比べれば、お前たちは 世に名を知られるでもない、つまらぬ者の()()()()()()()()()()()。新しい国を創るどころか、一度、滅びれば、誰もその存在など思い出しもしないわ」


 白魔女の嘲り笑いが灰色猫の胸を苦しくさせる。


 この女がいた場所は、名著中の名著……さもあらん、こいつは、児童文学史に燦然と輝くファンタジー『ナルニア国物語』からじいちゃんが、間違って召喚した”白魔女”なんだから。


 本の中に綴られる文字は、時を重ねて人々に読みつがれてゆくうちに不思議な力を持つようになる。


 それに比べて、俺らは……。

 結局は、あの誰だか分からない図書館長の駄作。下らない妄想の産物じゃねぇか。


 そう思うと、もう何もかもが、どうでもよくなってしまった。


 そんな灰色猫の心を映すように、輝いていた流星刀の光が、明るさを失っていった。


 青白、白、黄色、オレンジ、赤へと。


― 昔、じいちゃんの本棚にあった天文書に書いてあったな。

 星っていうのは、赤い色の星が一番、温度が低いんだってさ。この赤色が消えたら、俺の体は心ごと凍りついてしまうんだろうな ―


 最後に残った赤い星の光をぼんやりと見つめながら、灰色猫は、


  ― ナイチンゲールと紅の薔薇 ―


 かつて、恋焦がれた少女のために読み解こうとし、その思いが叶わぬまま、燃やしてしまった魔法書と、その一節を思い出そうとしていた。


 "If there is one red rose,"    

(赤いバラが一本あれば)

 

" that person of mine "

(私のあの人は) 

 

"surely can be happy ..."

(きっと幸福になれるのに・・)



 すべてを思い出せば、大魔法使いとしての力を失ってしまうっていうのに。俺は馬鹿じゃねぇのか。


 ……いいんだ。もう、そんなことは。


 灰色猫は、巨大雪だるまに囚えられたまま、諦め加減に目を閉じた。


*  *


「大雪だるまから飛び出していた光が全部、消えちゃったぁっ」


 北の丘の上空から下を見下ろした百合香は、たまらずに叫び声をあげた。


 近衛兵長ミラージュが変化した大鷲に運ばれて、援軍に来たものの、灰色猫は、大雪だるまの中に引きずり込まれた後だった。おまけに、先程まで煌々と輝いていた五色の光が、突然、消え失せてしまったのだ。


 ― まずい。どうにかしてやらないと、このままだと、灰色猫は、大雪だるまの中で凍え死んでしまうぞ ―


「どうにかするっていっても、一体、どうしたらいいのよ!」


 百合香は焦った。

 頬に吹き付けてくる雪風が、大鷲の羽ばたきがおこす風と相まって、物凄く冷たい。でも、あの雪だるまの中のマウザーはもっと、もっと寒い思いをしているんだ。


 百合香は泣きたいような気分になってしまった。


 本当にこの風は、針で刺されるように肌に冷たい。


 けれども、時を置かず、少女に起こった明らかな異変。


 んっ……変だな。おかしなくらいに汗が出る。っていうか、胸元がすごく熱い……ううん、胸元だけじゃなくって、体全部がぐつぐつ煮えたった感じがする。


 何……? これっ。


 恐る恐る、自分の胸元を覗き込んでみる。痛みはなかった。けれども、黄金色こがねいろの焼き印を押したかのように、そこには、


 【RINNAI】の文字が、眩く輝いていたのだ。



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