5.復活(リニューアル)
北の丘の皇宮の地下。
かつては近衛兵長ミラージュが使っていた部屋の机の上に、全長2cmほどの灰色のベーシックフィギュア(実は近衛兵たちの滓)を、5列×10体編成で並べ……
相良京志郎はゴキゲンだった。
「よっしゃあっ、お前ら、よく集めてきた! これで、近衛兵を50体は追加できるぞ!」
魔法大皇帝たる美形の少年に溢れるような笑顔で誉められて、グランピー、ハッシュフル、スヌージーは、どきまぎと顔を赤くしながら畏まった。ミラージュはその様子を満足げに見守っている。
防空壕から持ち出したきた作業袋には、ジオラマ製作キットが一通り入っていた。
京次郎は、ここが腕の見せどころとばかりに、超高速で個々のフィギュアに武器のパーツを接着し、塗装用の筆で素早く彩色をほどこしてゆく。
魔法の国でフィギュア作りだなんて、モデラー冥利に尽きるよ。だって、ここでは、僕の作った作品がちゃんと本物みたいに動くんだから。
「よしっ、尖兵隊には長槍と盾を持たせたぞ。盾は、ケルト神話の”波浪の盾”仕様だ。この盾は敵の攻撃を受けると海鳴りめいた物凄い唸り声をあげるから、ちょっと見ものだぞ。後続隊には火弓を持たそうっと。やっぱ、雪属性の白魔女には炎で攻撃するっきゃないしー。近衛兵の隊服は、艶と気品あるTAMIYAアクリルミニ X-3 ロイヤルブルーで統一だ!」
机の上にずらりと並べられらた精鋭部隊。だが……小さい、小さすぎる。このおもちゃの近衛兵たちが何で、強い援軍になるんだ?
グランピー、ハッシュフル、スヌージらの疑惑の眼差しなど、てんで無視して、京志郎はミラージュに目配せする。
彼の忠実なる近衛兵長は、阿吽の呼吸で部下たちに号令をかけた。
「全軍進軍! !」
よしっと、京志郎がフィギュアが乗った机の角を人差し指でとんと叩いた。その振動が伝わったとたんに、小さな近衛兵たちが、わらわらと動き出したのだ。
命を吹き込まれた人形たちが、次々と机から飛び降りて、部屋を飛び出し、地上への階段をかけ上がってゆく。
「グランピー、ハッシュフル、スヌージっ、何をやっている。後に続け!」
「……了解っ!」
慌てて、小さな近衛兵軍の後を追って出て行く三人。その後を追おうとした近衛兵長に向かって、京志郎は激を飛ばした。
「ミラージュっ、皇宮の外に出た後の全権はお前に任す! だ・か・ら、これは僕の最後の命令だ。白魔女に必ず勝てえぇ!」
「御意!」
* * *
近衛兵軍が出て行った後に、部屋に残された京志郎と百合香は、
「あの~京ちゃん……、これ、どうすんの?」
百合香は、おずおずと、手の中に大切にしまっていたマウザーのフィギュアを京志郎に差し出した。そのフィギュアは、近衛兵たちより一回りほど小さなサイズで、塗装は半分以上が剥げ落ち、マントの部分は特に酷かった。おまけに右肩から下が取れてしまっている。
「おっと、その右肩はヤバい。灰色猫は小柄だから、パーツは他のフィギュアのでは代用できないんだけど」
「あっ……それは、見つけるのは大変だったけど、ミラージュが雪を掘り起こしてくれて、ちゃんと拾ってきてるし」
百合香が慌てて差し出した米粒大の灰色猫の右肩から下のパーツ。それを受け取ると、京志郎は、接着剤で壊れた本体に慎重に貼り付けた。そして、色を塗る。もちろん、ベースは灰色だ。
「んーっ、やっぱり、マントは灰色猫のトレードマークだからな~。超綺麗に塗ってやらないと」
「京ちゃんっ、悠長にしてると白魔女がまた暴れだしちゃうわよ。だから、マントはそんなに凝らなくても、ささっと塗っちゃえばいいからっ」
マウザーの魔法のマントであるベルベットは、ウルトラ級の美女だった。あれ以上、綺麗になられては、とても困る。百合香は弟の気をマントからそらそうと、あれやこれやと苦心しなければならなかったのだが……
「出来た!」
京志郎によって、顔も体もマントも艶々にリニューアルされた灰色猫のフィギュア。だが、そのちんまりとした姿を目の当たりにして、かなり不安になってしまった。
これ、どうやったら、元の大きさになるのよ……。
けれども、京志郎は元気ハツラツで、それを宙へ高く放り投げ、
「さあっ、大魔法使いの復活だ! 蘇れっ、灰色猫っ!! 」
そのとたんに、鈍色の光が、彼の頭上で炸裂したのだ。間をおかずに、光は澄みはじめ、光の中心から波紋を描きながら人型に变化した。
目が慣れるにつれて、その姿が顕になる。
月のない夜を歩く黒猫の瞳。
鋭い眼光を煌めかせた、小柄な大魔法使いに。
その背には、至高の輝きを放つ流星刀。
宙に舞いながら鮮やかに翻すのは、トレードマークの灰色のマント。
だが、
「京志郎っ、俺を好き勝手に塗りたくりやがって! てめェだけは、許せねぇっ、ここでぶった斬ってやるっ!!」
背の鞘から流星刀を引き抜ぬいた灰色猫が、宙から京志郎に向けて刃を振り下ろしてきたのだ。
流星の速さで迫る殺意から逃れることは、誰にもできない。
「マウザーっ、ダメえええっっ!!」
辺りには、悲壮に響く少女の声だけが、響くばかりで……。
 




