6.持ちこたえろ、俺!
「京志郎っ、お前だけは許せねぇえ!」
灰色猫の必殺の刃が頭上に迫ってくる。
― 流星刀 ― それは、流れ星の欠片を鍛えて作られた、大岩をも切り裂くエクストリームな剣。
まさかまさか、バイト先で(仕事をサボって)ジオラマを作ってただけのごく普通の僕が、そのジオラマの中で、こんな修羅場を味わうことになるなんて。
相良京志郎は、生まれて初めて死を真近に感じた。だが、
「マウザーっ、止めてえええっ!」
万歳するみたいに両手を掲げた姉が、弟の前に飛び出してきたのだ。
「……っ! 退け、小娘! 俺の邪魔をするんじゃねえっ」
灰色猫の流星刀の軌道が脇に逸れる。斬撃の音は全く聞こえなかった。にもかかわらず、京志郎の真横の机が、真っ二つに切られて派手な音をたてて倒れた。
床に飛び降りた灰色猫が、流星刀を振り下ろしたまま肩を震わせている。ピリピリムード全開で彼が振り向いた瞬間、
「きゃぁあ、その剣をこっちに向けないで!」
灰色猫の剃刀みたいにぎらついた黒の瞳が少女を睨めつけている。
ううっ、飛び降りざまに机を真っ二つにするなんて、怖すぎるっ。
机の上に置いてあったミラージュの"奥さんと子どもの写真"を、早めに彼に渡しておいて良かったと、百合香は心底思った。けれども、灰色猫はまだ弟を狙っている。このままだと、灰色どころか真っ黒なまま、剣にも長けたこの魔法使いは、出鱈目な国の支配者を目指し続ける。
”ここは、わたしが、なんとか、しないと!”
― 13番目のあなたは、きっと勝利の女神にだってなれる。だから、頑張って。そして、全員を連れて、無事にここへ戻ってきて! ―
13番目の妻なんて、破談すべきな結婚話だが、ミラージュ第一婦人からの餞の言葉が、百合香のやる気を再び呼び起こした。
百合香はドレスの裾を両手でたくし上げながら、つかつかと灰色猫の方へ進み出る。
「なっ、何だよ」
「嫌なんだからね」
「……は? 」
「わたしは嫌!」
「ふん。今更、京志郎の命乞いか。そんなのは聞く耳もたないからな」
「ああっ、それっ、その不良っぽい言いっぷりってどうよ! 前のあんたはポンコツでも、もっと粋な魔法使いだったのにっ」
「……うるせぇっ、俺は前のことなんて覚えちゃいないし、お前もそのクソ生意気な口をいい加減に閉じないと、首を刎ねちまうぞ!」
だが、灰色猫は、流星刀の切っ先を百合香の方へ向けようとして、突然、手を止めた。何故なら、少女の涙目を真正面に見てしまったからだ。
「くそっ……お前、色々とまわりくどいぞ。俺に言いたいことがあるなら、うじうじしてないで、さっさと言えよ! 」
一方、京志郎は、百合香の背に身を隠しながら、絶大な期待に心を膨らませていた。こんな時の姉は無意識にあざとい。そして、何だかんだ言っても、灰色猫は根っこでは姉ちゃんにベタ惚れのはずなのだ。
百合香はまた一歩、ずいと前に進み出る。
「分かった。はっきり言ってやるわよっ、私が一番嫌なことっ。 それはっ……」
そして、両手をぎゅっと握りしめて叫ぶみたいに声をあげた。
「私の大・大・大好きなマウザーが、私の可愛い弟を斬るなんて、恐ろしい言葉を口にしてること!」
「うっ……」
どう反応してよいのかが分からず、困惑の表情で灰色猫は後ずさる。心が傷む。それなのに、気持ちは高ぶる。
白魔女と戦うため、灰色猫を名乗った時に忘れたはず……なのに……何でだ? どうして、記憶が過去を遡る?
ユリカ……。愛しの姫。
駄目だ、すべてを思い出しては! そんなことになったら、せっかく手に入れた大魔法使いの力も元に戻ってしまうぞ。
「くそっ、あの館長っ、俺が黒魔法で奴をこの国から抹殺する前に、何か小細工をしやがったな」
* *
謎の図書館長によって、その箇所は、書き換えられてしまっていたのだ。
― 過去の内容を書きかえてしまえばいいんだ……大魔法使いの名を名乗ることができないように ―
― ここだ! 『第3話 忘却の時』 この回で、百合香との思い出を自ら忘れて、猫からあいつは、灰色猫に名を変えたんだ ―
だから、この箇所を削除すれば……
― forget her! (彼女を忘れろ )―
ただ、その作業はマウザーに邪魔をされ、中途半端なまま放置されてしまっていたのだが。
* *
灰色猫が体中から醸し出していた殺意が、いつの間にか消えている。
京志郎は、心の中でガッツポーズをした。
『よっしゃあ、姉ちゃん、あざとい、あざとすぎるぞ! けど、マウザーは大・大・大好きで、僕は可愛いだけかい』
不満はあるが、とりあえずは、ほっと胸を撫で下ろした京志郎と、顔を赤らめたまま黙り込んでしまった百合香。
そんな姉弟を混迷の瞳で見据えながら、灰色猫は自分自身を無理矢理に奮い立たせていた。
「いや、ここは持ちこたえろ、俺! 俺は大魔法使い、灰色猫の名のまま、この理不尽な戦いを終わらせる。この魔法の国は、俺がもらう。どんな邪魔が入ったって、もう後戻りは、絶対にしない!」




