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スペルドキャッスルの雪宴  作者: RIKO(リコ)
第五章 名乗りの時
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6. 北の丘の戦い ― 赤い妖精 ― 

 北の丘に聳え立つ氷柱つららの塔が、城下町の方向に凍えついた影を落としている。

 その最上階で、白魔女の怒りのボルテージは最高潮に達していた。


「許すまじ。許すまじ! 我の邪魔をする憎き灰色猫グレイ・マウザーも、目障りな魔法大皇帝マジックエンペラーも!」


 いいや、森にいる、ちっぽけな雪の化身でさえも、我の意に添わぬ者は殺す!

 この国もきれいさっぱり消し去ってやる!


 その時は、”滅びの歌”を歌うまでだ。


  なぁに、すべてが消えたとしても、何百年の時が経っても、我の記録を誰かが紐解けば、()()()は、ここへまた蘇ってこれる。


 白魔女の怒りと焦りが、上昇気流になって空に蓄積され始めた。

 灰色猫は、石橋の上でふんと鼻を鳴らしてそれを見上げ、一本鞭をひゅんと空にしならせた。


 今にも、こぼれ落ちてしまうそうに厚さを増した雪雲。負と正の電気がぶつかりあった雲間では、ぎらついた短い閃光が飛び散り、帯電したひび割れを幾つも作り出している。


「ベルベット、見たか? 品の欠片も持ち合わせない魔女ごときが、ヒステリーじみた演出で、俺に脅しをかけてきやがる」


 その直後に、凄まじいまで雷鳴と怒涛の稲妻が空で炸裂した。


 閃光と地鳴り。鼓膜が破れてしまいそうな衝撃!


 だが、灰色猫はひるまない。

 頭上で旋回させた一本鞭が、頭を直撃するはずの落雷を次から次へと巻き取ってゆく。


「ベルベット、楽しいな!」


 両唇が裂けそうなほど口角をあげて笑うと、灰色猫は一本鞭を回しながら、ゆっくりとした足取りで石橋を渡りだした。

 雷のパワーを溜め込んだ渦は、灰色猫の頭の上で巨大な円を描き、赤紫色、あるいは青、白やオレンジに次々に色を変えながら、彼の後を着いていった。


*  *

 

「おのれ、おのれ、おのれっ、我の怒りの雷をいとも簡単に絡め取るとはっ。だが、()()()()()()()()()()()()!」


 苛立ちをつのらせた白魔女の叫びが新たな雷鳴と交わり合って、城下町の空を震わせた。

 灰色猫グレイ・マウザーが、それをせせら笑う。


「白魔女よ、お前ってよっぽど雷が好きなんだな。だけどな、()()()()()()()()()()()()()()?待ってろよ。そこにある氷柱の塔に俺が何十倍にしてお返してやる!」


 氷柱の塔からの声は何も聞こえない。

 ところが、にわかに塔の上空に厚ぼったい雲が広がりだした。危険を察知した白魔女が、空に雲の避難所を作り始めたのだ。


 小癪な小男チビめ! やれるものなら、やってみろ!


 急速に発達する厚雲に刺激された空から、雪ともみぞれともつかぬ、氷の欠片が落ちてくる。それが、白魔女の焦りのように思えて、灰色猫は、ご満悦そうに目を細める。


「ベルベットよ、ほんっとうに、楽しいな」


 ぺろりと舌なめずりを一度する。


「お生憎あいにくさま、白魔女よ、雷っていうのは、上から来るとは限らないんだぜ。特にそんな雲と近い高い塔にいる時なんかは……」


 それを逆さ雷(レッドスプライト)。またの名を”赤い妖精”とも言う。

 なかなか洒落た名前だよな。


 灰色猫は瞳をずる賢く輝かせた。

 そして、パチパチと火花を放ち出した一本鞭をひゅるんっと振り上げ、


「さあ行けっ、赤い妖精(レッドスプライト)っ!」


 飽和状態にまで大きく膨らんだ雷まじりの渦を、力任せに雪原に叩きつけたのだ。


*  *  *


「大変だぁっ、城下町が炎上してるっ。急げ、町のみんなを救うんだ!」


 ミラージュと京志郎を乗せた馬を先頭に、近衛兵たちの騎馬が全速力で城下町に向けて疾走する。

 百合香も、ミラージュの部下の近衛兵に抱えられながら、後続の馬で城下町に向かっていたのだが、


「ふん、ミラージュって、私を嫁にしたいって激白した割には、馬に一緒に乗せるのは、私じゃなくって京ちゃんの方なのねー」


 けれども、言葉とは裏腹に、頭に浮かぶのは、イケメンのミラージュと馬に乗り、彼の胸元に恥じらいながら寄りかかるお顔の良い京志郎の1シーン。


 うふふと肩を揺らしている少女。


 百合香と共に馬に乗っている近衛兵は、そんな様子に首を傾げた。その近衛兵は前に百合香をミラージュの部屋に連行したこともある、北の城の門番だった男だ。


 この娘って、可愛い顔をしてるけど、つくづく、おかしな奴だな。あの時は太った娘と思ったけれど、こうして一緒に馬に乗ってみると、意外にスレンダーな体型だ。だが……


「きゃぁっ、揺れるっ!」


 馬が激しく揺れた時に、門番だった男の手に触れる柔らかな感触。


「あっと、ム、ムネがっ」

「あーっ、触った! あんたには、嫁との濃厚な時間があるんでしょうがっ」

「いや、馬が揺れてっ、決して、わざとではなくーっ」


 そんな二人の様子を先程から気にしていたのは、前の馬にミラージュと相乗っている京志郎だった。


「皇帝陛下、いかがなされた?」

「お前の部下、姉ちゃんにくっつきすぎ。ああ見えても、姉ちゃんは男には全然免疫がないんだから、注意しとけよ」


 その時、上空から氷柱の塔から放たれた氷の刃が飛んできた。ミラージュはさらりと腰の剣を抜き、一刀のもとにそれを叩き切る。

 エメラルドような緑の瞳を輝かせて振り向き微笑む様は、京志郎でさえ、どきりとするような格好の良さだ。しかし、その後の一言が悪かった。


「おや、姉君は、俺の前では大胆な裸体を見せてくれたが」

「え?」


 ミラージュは事も無げに笑う。


「お気に召さるな。妻になればそんなことは日常茶飯事だ」

「……?!」


 京志郎は、その瞬間に固く決心した。

 

 どんなに格好良く立って、姉ちゃんが熱をあげてたって、ミラージュには絶対、姉ちゃんはやらねーっ! と。



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