魔力消耗戦 ②
右脚が繰り出した蹴りを避け、膝辺りを両断する。掴みかかってこようとする右腕をいなし、手首を切り落とす。
遅い来る右脚も右腕も、特段強くはない。だが……数が多すぎる。
次々に天井からスポーンする手脚に、俺もカレンも息つく暇がない。
手脚どもは妙にタフで、多少のダメージでは怯むことすらなく襲いかかってくる。
数の多い敵は魔法で薙ぎ払うのが楽なのだが、通路が狭すぎてそれも難しい。
トンネル状のこの通路では、下手に魔法を撃つと巻き添えを食らったり、最悪壁や天井が崩落する危険もある。
(それでも、カレンのバリアがあれば――……いや、駄目だ)
この先どんな敵が待っているかも、どんなギミックに阻まれるかも分からない今、なんでもかんでもカレンに頼って魔力を浪費するのはまずい。
なぜならこいつら――倒しても魔石を吐かないからだ。
倒されたモンスターは、多かれ少なかれ魔石をドロップする。
その魔石を上手く使って魔力を回復しつつ最奥を目指すのが、ダンジョン攻略の基本的な動き方だ。
それなのに……
一定のダメージを与えると、手脚たちは泥水になって形を失った。魔石の代わりに残されるのは、汚らしいヘドロのような水たまりだけ。
これじゃ、魔力の回復ができない。
「んなのアリかよ……っクソ!」
しかもヘドロが床を滑らせて、戦いにくいことこの上ない。手脚は次から次へと落ちてくるし、このままじゃ無駄に体力を削られるだけだ。
「先輩、こっち! 一時退却です!」
カレンの呼ぶ方に視線を向ける。重そうな金属製の扉の前で、カレンが俺に手を振っている。扉の上には「非常口」の緑色のランプ。
カレンもまた、俺たちの置かれた不利な状況に気が付いているのだろう。
予想外のことが起こったら、速やかに一時退却のち対策を考えて立て直す。ダンジョン探索の鉄則だ。
まとわりついてくる手脚たちを蹴り飛ばし、俺は扉のノブに飛びついた。
「はぁ、はぁ……助かった」
扉に寄りかかったまま息を整える。カレンも「ふう」と息をつき、少し疲れた様子だ。
非常口の向こうは階段の踊り場で、敵の気配はなかった。
扉の向こうから、手脚たちが体当たりをしてくる鈍い音と衝撃が響く。幸いなことに、ノブを回して扉を開けるほどの知能はないようだ。
「何だあれ。倒しても魔石ドロップしねえとか卑怯だろ……」
「そうですね。1体だけなら、運悪くスカだったってこともなくはないんですが……あれだけの数となると、例外が過ぎるというか」
また「通常ではあり得ないこと」だ。
もう3度目ともなれば、異常事態が発生すること自体には慣れっこだ。ただし、異常事態そのものには慣れないが。
「こんなんばっかだぜ。俺、ほんっとダンジョンに嫌われてんだな」
「みたいですね。さて、それじゃあ……魔力回復ができない、この状況に対する有効打ですけど」
「そんなもんあるか?」
俺が言うと、カレンはため息をついた。
「そうですね。私も、パッとは思い浮かびません」
「だよなあ」
ダンジョン探索において、魔力残量は命の残量のようなものだ。
ダンジョン深層のモンスターやダンジョンギミックに魔法なしで対処できるのは、よほどフィジカルスキルに自信のあるやつだけだ。
たまにそういう奴もいるが……俺もカレンも脳筋タイプじゃない。
それに何より、魔力残量が一定量を下回ると、耐え難い疲労感や意識の混濁が起こる。そうなれば、待っているのは死のみだ。
「おーいモノちゃん。なんか良い案ねえの?」
『魔力回復が困難な状況での、ダンジョン攻略の戦略ですね。思考します、少々お待ちください……』
ランプを点滅させながらじっくり思考したのち、モノちゃんは『魔力回復が困難な状況でのダンジョン探索は非常に危険です。速やかに脱出しましょう』と、何の参考にもならない答えを叩き出した。
「さすがは官製AI。面白味もクソもないですね」
「あんま言ってやるなよ。こいつも一生懸命考えてんだから」
期待した俺らが悪かったと言える。
とはいえ、確かに脱出が最善であることも確かだ。
魔力を出来るだけ温存し、可能な限り早く脱出する――くらいしか、俺たちに残された手段はない。
「とにかく脱出、ですね。じゃあ、行きましょうか」
「そうだな。まずは地図作成を……」
その時、頭の中に奇妙な感覚が割り込んだ。
どう奇妙なのかは表現しづらい。耳のすぐそばを羽虫が飛んでいったようなノイズが走り、それから……
『あ、いづるん! カレン! 聞こえてるー!?』
唐突に、頭の中に直接つぐみの声が響いた。




