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「教科書を取り上げたという件、スローは全てを話していないのでは?」
オリオン王太子に問われ、スローはハッとして答える。
「それは殿下……。ええ、そうです。アメリカーナ公爵令嬢は教科書をマグドナルト嬢から取り上げた挙句、落書きをして返したんですよ」
「しかもそれは古典文学、数学、歴史学……複数の科目で、だろう?」
今のオリオン王太子とスローの会話で、さっき一瞬わたくしのことを誤解したと思ってくれた生徒と教師たちは「落書きをするなんて」「何教科もそんなことをしたのか?」と、再び不穏な空気に包まれる。
そんな中で、毅然とした態度を崩さず、オリオン王太子が話を続ける。
「先ほどから話している通り、マクドナルト嬢は、授業に追いつくのに必死だった。よって学園から渡された教科書を見ても理解は出来ない。だからウェンディは初級者向けの本を彼女に渡したんだ」
「えっ……」
スローの驚きの声に、会場の生徒と教師陣の声が重なる。皆、驚いていた。そして話は続く。
「スロー、君が取り上げたと言っている教科書、そして落書き。本当に公爵令嬢が教科書を取り上げ、落書きなんかをすると思うのか?」
「そ、それは……殿下、どういうことですか?」
「論より証拠だ。これはマクドナルト嬢から預かった三年生の数学の教科書だ」
スローはオリオン王太子から教科書を受け取り、適当なページを開き、息を呑む。
「これは……。練習問題の後に、ヒントとなる公式が書き込まれている。こっちには参考にするといいページ数がメモされているじゃないですか! さすがマクドナルト嬢、勉強熱心ですね! しかも字が美しいです!」
称賛の言葉を口にするスローの頬は高揚しており、ヒロインの攻略対象として選ばれずに終わったものの。マクドナルト嬢のことがまだ好きなのだと伝わってくる。
「スロー。よく見てほしい。その字は君も知っている字では? 彼女は既に僕の執務の一部をサポートしてくれている。彼女が書いたメモ書き、宰相の補佐官見習いを休みの日にしている君なら、見慣れていると思ったが」
その言葉にスローは「あっ」とつぶやき、わたくしを見る。
「これは……アメリカーナ公爵令嬢の……! えっ、マクドナルト嬢から教科書を取り上げ、落書きをしてから返したのではなく、もしや勉強の手助けになるメモを書いて返してあげていたのですか? なんでそんなことを……」
「なんで……と言われましても。授業でマクドナルト嬢が先生から指される度に、答えられない。そうなると授業が中断され、話が進みませんわ! 迷惑ですから、指されてもすぐに答えられるよう、ヒントを書いただけですわよ!」
「な……なんて親切心なんだ!」
スローが目から鱗が落ちるみたいになっているので、慌ててわたくしは「違いますわ! これは嫌がらせですから!」と否定する。わたくしは今日、この場でヒロインへの嫌がらせで断罪され、婚約破棄される必要があるのだ。「親切心」などと言われては、それはそれでシナリオに反するので困ってしまう。
「そしてマック。君もアメリカーナ公爵令嬢のことを誤解しているようだ」
「!? そんなはずはないです!私はこの目でしっかり見たのですよ、殿下! アメリカーナ公爵令嬢がマクドナルト嬢の手をパシッと叩いて、その手からスイーツが落ちていくのを、私は見たのです!」
マックは舞台俳優のように、身振り手振りでその時の再現を試みる。生徒や教師はその様子を食い入るように見ている。
「そのスイーツとは何だったか覚えているのか?」
オリオン王太子に問われたマックは、自慢のブロンドをかきあげ、大きく頷く。
「覚えていますとも! たっぷりの甘いピーナッツクリームがサンドされたラングドシャです!」
その様子を見たオリオン王太子は口元にフッと笑みを浮かべる。
「マクドナルト嬢はピーナッツを食べられない。食べると唇や口腔が腫れるそうだ。皮膚にも痒みが出たり、鼻が詰まったり。場合によっては下痢にもなる」
これを聞いたマックは口をぽかんと開け、しばしフリーズし、慌てて言葉を絞り出す。
「ええっ、ピーナッツはこの大陸ではなかなか手に入らない高級食材ですよ? そのクリームは飛び切り甘くて癖になる味わい。これを食べてそんな症状が出るなんて……!」
本当に。ピーナッツによるアレルギー反応が出るか、出ないかは、多少なりとも運な要素もある。姉妹でも姉はピーナッツアレルギーがあるが、妹は平気という場合もある。その要因は、遺伝や腸内環境などの体質、食べるタイミングなど環境により左右されるという。そしてヒロインはピーナッツアレルギーという設定があり、悪役令嬢アメリカーナはそれで邪魔な彼女を消そうとすることもある。でもそれはまさにマック攻略ルートでのシナリオ。今は王道王太子攻略ルートなので、ピーナッツクリームを使った事件は起きないはずだったが……。
(まさかのヒロイン自らが、うっかりピーナッツクリームがサンドされたラングドシャを、それと気が付かず食べようとしたのよ。あまりにもビックリして、その手をはたき、食べるのを阻止したけど……。どうせ悪役令嬢の嫌がらせに思われるだろうと思っていたら、案の定、マックが勘違いしてくれた。それをまさかのオリオン王太子が覆すなんて……!)
もう何が何だか分からない状態。だがオリオン王太子とマックの会話は続いている。
「ピーナッツクリームを食べてはいけないのに、君から大量のラングドシャが届けられて、マクドナルト嬢はかなり困惑したんだぞ」
「そんな……」
「マクドナルト嬢は、一度カフェテリアでピーナッツクリームとチョコレートクリーム入りのコロネを、そうとは知らず一口食べてしまったことがあった。その時は唇が腫れただけで済んだが、ウェンディは洞察力が優れている。その時に気づいたのだろう。マクドナルト嬢はピーナッツを食べると体調に不調が出ると。だから彼女の手を叩き、ピーナッツクリームをサンドしたラングドシャを食べるのを阻止した」
ビックリ仰天のマックは「ということはアメリカーナ公爵令嬢は、マクドナルト嬢を助けたのか……!」と絶句している。
しかしそこでハッとして、マックはオリオン王太子に問う。
「……殿下はなぜそうもマクドナルト嬢についてお詳しいのですか? ピーナッツがダメだという件を知っているのもそうですが、普段より密談もされているぐらいです。もしやアメリカーナ公爵令嬢よりも、マクドナルト嬢に興味があるのではないですか、殿下?」
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この断罪劇の結末は!?
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