美味なるコンビ
オリオン王太子のためにハート型のチキンのナゲットを作り、彼が大喜びしてくれた翌日。重要なお役目を言い渡されることになった。
それは……。
「一週間後、特別な来賓がある。かの姫君は海を渡り、我が国を目指し、航海している最中だ。その姫君の故郷であるハウア島とは最近、国交を結び、現在は交易の交渉をしている。ハウア島ではコーヒー豆の産地で知られているが、これまで利益を追求する交易の申し込みばかりで、彼らはそのような申し出には首を縦に振らない。ハウア島ではコーヒー豆を使ったコーヒーという飲み物があるが、それは神聖視されている。よってコーヒー豆を営利目的で輸出品にすることを、ハウア島の王族は嫌がっているのが現状。今回、我が国にくる姫君をもてなし、なんとしてもコーヒー豆の交易交渉を成功させたい。その大役を今回はコールとウェンディに任せたい」
そう国王陛下から言われた時、「え、なぜわたくしが!?」と当然、思ってしまう。王太子の婚約者ではあるものの、まだ結婚はしていない。正式な王族の一員というわけでもないのだ。それなのに交易の交渉をオリオン王太子と共に、ではあるものの、任せられることに驚いてしまう。
「ウェンディ。驚くようなことではない。ポテト革命、オニオンの変革、チキンの改革を成し遂げている。食に関する造詣はコールよりも深いであろう。交易に関する細かい交渉は外務大臣やコールに任せればいい。ウェンディはハウア島の姫君がこの国の滞在を楽しみ、コーヒー豆をこの国に輸出してもいいと思わせてくれればいい」
つまり肩の力を抜いて、取り組めばいい……と言ってくれていると思うのだけど……。
国王陛下は軽い感じで言っているが、この世界、この大陸でのコーヒー豆の現在の評価は……。
各国が競ってコーヒー豆の交易を開始したいと考えている! 人気の理由はコーヒーの美味しさというより、その効能、社交の場での利用、流行、異国情緒あふれる飲み物として、主に知識人、仕事人、そして貴族に好まれたのだ!
さらにここに、各国の思惑も作用する。「我が国にはコーヒー豆を手に入れることができる」というマウント取りではあるが、国力を示すことになる。
ハウア島ともそうだが、コーヒー豆の産地は、大陸から遠い場所にある。産地に至るまでにかかる人件費、船の建造費、燃料費など、とにかくお金がかかる。それでも交易できるということで、国力を示すことが出来るのだ。
というわけで、今回のハウア島の姫君を歓待することは……そしてコーヒー豆の交易に「イエス」をもらうことは、大変重要なミッションなのである。
「殿下、わたくしはどうしたらいいのでしょうか?」
「そうだな。ウェンディはウェンディができることをやってくれればいいと思う。何をすればいいのか。もし気になるなら、外務大臣との会議、参加してみる?」
オリオン王太子にそう言われ、会議に参加してみたものの……。
島から港に到着までの交易ルート、そこにかかる各種経費から算出されるコーヒー豆の価格、そこに幾らの上乗せで交易OKが出るのか。さらにはイエスを引き出すために、圧力をかけるといいのか、懐柔するのがいいのか。懐柔のための施策は……と、政治的な駆け引きの話が延々と会議では続く。
「おや、もうこんな時間ですな」
外務大臣の呟きに、副大臣も応じる。
「眠気覚ましにコーヒーを頂きましょうか」
ここは会議の参加者の男性陣が口々に「そうしましょう」と同意を示し、バトラーに声をかける。
「今はコーヒー一杯が平民の一カ月の給金の半額という値段。直接産地と交易出来れば、価格はもっと抑えられる。だから頑張らないといけないけど、会議はこんな感じで骨が折れる」
オリオン王太子は椅子に座ったまま、大きく伸びをする。
「そこで眠気覚ましにコーヒーなんですか?」
「そうだね。あえて砂糖もミルクも入れないで、眠気覚ましで飲んでいるよ」
「! えっ、砂糖とミルクをなしで、ですか!?」
実はこの世界で飲まれているコーヒーは、焙煎や抽出の技術が確立していないせいか、ストレートで飲むとかなり苦い。そして酸味も強かった。ゆえに通常、たっぷりのミルクと砂糖を入れるものだけど……。
「コーヒーをお待ちしました」
バトラーが香りだけは元の世界と変わらないコーヒーを銀製のトレンチにのせて会議室に入って来た。
「よし、これであとひと頑張りだ!」
「苦いが目が覚めるからな」
「良薬は口に苦しと同じだな」
そんなふうに言って、みんな「まずい、まずい」と言いつつ、コーヒーを飲む姿は……。
何だか昭和の健康ブームで青汁を飲む姿を彷彿させる。
「ウェンディは無理しないで、砂糖とミルクをたっぷり入れるといいよ」
オリオン王太子にそう気遣われた瞬間。
わたくしは閃くことになった。
◇◇◇
ハウア島からやって来た姫君。その名はモアナリ姫。常夏の豊かさを感じさせる肌の色に、コーヒーのような色合いの長くウェーブした髪。大きな赤い花が描かれた伝統衣装を着たモアナリ姫は、凛としてとても美しい。
「初めてお目にかかります。我が父であり、偉大なるハウア島の王、ヌイカラニの名代で参りましたモアナリと申します」
王の名代で海を渡り、やって来ただけあった。モアナリ姫は堂々として、凛としており、目力がある。夜空のような漆黒な瞳は、ただそれだけでもこの大陸では目を引く。それでいてこれだけしっかり相手の目を見ると……。
外務大臣はすでにたじたじだ。
それでも国王陛下との謁見、その後の晩餐会、舞踏会でモアナリ姫は、素敵な笑顔を見せてくれている。大勢が彼女と話そうとするので、オリオン王太子もわたくしも、軽く挨拶をするぐらいの会話しか出来ていなかった。だがその印象は明るく、フレンドリー。
翌日に控えるコーヒー豆の交易交渉、何の問題もなく進むのではと思ったが……。
「貴国も他の国となんら変わらないのですね」
赤い生地に、黄色の花が描かれた母国の伝統衣装を着たモアナリ姫は、昨日とは一転。実に厳しい表情と声音で、こちらの出した交易案を突っぱねる。
「変わらない……と、申しますと!? 我々が提示している買い取り価格はどこよりも高額なはずです。しかも船員の安全を保障するため、護衛船も他の国よりたくさんつけるのですよ? ここまで出来る国力のある国はそうはないはずですが」
外務大臣が食い下がると、モアナリ姫は片眉をクイっとあげる。
「コーヒー豆は、我々にとって神聖なもの。神々の恵みなのです。あなた方、大陸の人間は眠気覚ましやら、話題性のために、このコーヒー豆を求めるだけ」
「!? そんなことはありません。貴族の嗜好品という一面はありますが、このコーヒー豆のおかげで仕事がはかどり、皆、感謝しているのです。心から敬意を払っています」
「そうですか。ではあなた方が敬意を払っている証拠を見せてくださいませ」
モアナリ姫がこの場でコーヒーを飲みたいと言っていると分かったので、外務大臣はすぐにバトラーに命じ、コーヒーを用意させる。
程なくして室内にはコーヒーの良い香りが漂い、バトラーがコーヒーの入ったカップをモアナリ姫の前にも置くが……。
「……これは?」
「フレッシュミルクと砂糖です。こちらをたっぷり入れてお飲みになるのがオススメですよ。苦みも酸味も気にならなくなります」
副大臣の言葉に、モアナリ姫の眉が再びクイっと上がる。それを見たオリオン王太子とわたくしは目でアイコンタクトをとり、頷く。
「モアナリ姫」
「なんでしょうか、殿下」
「我が国、だけではなく、この大陸の多くの国が、コーヒーの正しい作り方を知りません」
そこでオリオン王太子は真摯に語りかける。
「本来コーヒーというのは、『苦くて不味い、でも眠気覚ましになるから飲もう』という飲み物ではないはずですよね? 我が国ではコーヒーを、ハウア島の神々の恵みとして、改めて広め直したいと考えています。そのためには正しいコーヒーの淹れ方を伝授いただきたいのです」
オリオン王太子の言葉に、モアナリ姫はそのくりっとした瞳をさらに大きく見開く。
「そして貴国と交易することで、コーヒーの価格を抑えたいと考えています。平民でも特別な日に、神からの祝福を得るための一杯を楽しめる――そんなふうにしたいのです。高いお金を出しても価値のある、心から美味しいと思える一杯を作れる知恵を、どうか授けていただけないでしょうか」
そこでオリオン王太子が頭を下げるのに合わせ、わたくしもそれに習う。すると外務大臣や副大臣や事務方のメンバーも慌てて追随する。
「……なるほど。貴国はどうやらコーヒーを正しく飲みたい気持ちをお持ちのようですね。そこは……訂正いたします。他の国とは違うと」
そこで王女は手をパンパンと叩き、控えていた護衛の騎士から麻袋を受け取る。
「これは私が母国から持って来たコーヒー豆です。既に貴国についてから焙煎を済ませてあります。これから同行しているメイドにこのコーヒー豆を持たせ、厨房へ向かわせましょう。そしてハウア島で飲まれている、本当のコーヒーを皆様が召し上がれるようにします」
「それはありがたいです! それならばぜひ、ウェンディと僕も立ち会ってもいいでしょうか」
「!? 王族とこれから王族の一員になるお二人が厨房に行かれるのですか!?」
これにはわたくしとオリオン王太子は顔を見合わせ、微笑んで答えることになる。
「実は僕の婚約者であるウェンディは、これまでポテト革命、オニオンの変革、チキンの改革を行い、貴族がポテトやオニオンを食べる文化を作り上げました。彼女は食への関心が強いのです。僕もその影響を受け、何度か厨房に足を運ぶこともあります。今回、僕もウェンディも心から美味しいコーヒーを飲みたいと願っているのです。よってそのために厨房へ足を運ぶことを厭うことはありません」
この言葉を聞いたモアナリ姫は一瞬、笑顔になるが、すぐに咳払いをして「分かりました。殿下とその婚約者が厨房に行くのであれば、私が行かないわけには行きません。……私も厨房へ参ります」と宣言する。これを聞いた外務大臣たちは「えええっ」と声をあげるも、「行くのを止めましょう」とは言えない。結局、交渉のための会談は一旦中断され、皆でぞろぞろ厨房へ向かう。
先にバトラーが厨房に知らせていたが、パティシエたちは他国の姫君と王太子とその婚約者、外務大臣を始めとした重鎮が大挙して押し寄せるのだから、もうビックリしている。
そう、あと一時間もするとティータイムなので、パティシエたちはそのための準備の真っ只中だった。
「ではこちらの一角をお借りして、説明します」
モアナリ姫は既に焙煎を終えているコーヒー豆を麻袋から取り出す。
「焙煎時、コーヒー豆の生焼け、逆に焦げつき気を付けてください。少量ずつを小さな鉄製のフライパンで焙煎をします。そうすることで焼きむらを減らすことができるのです」
そこでメイドがモアナリ姫にミルを渡す。
「焙煎した豆は香りと風味が落ち着く翌日から飲むのが良いでしょう。深煎りしない限り、三日目から五日目ぐらいが香りや風味のバランスがとれます。こちらは中煎りのもので、港についた日に焙煎したものです」
香りを確認させてもらうと、ナッツのようなカラメルのようないい匂いがしている。
「これからこの手挽きミルを使い、焙煎したコーヒー豆を挽きますが、どうしても均一に挽くことはできません」
説明しながら、モアナリ姫はミルを動かしている。その様子を見るに、モアナリ姫こそ王族なのに、コーヒーを淹れる作業には慣れているようだった。
「こうやって挽いたものは、粗挽きのもの、粉状のものが混ざってしまいます。よってふるいを使い、粉が均一になるようにしてください」
そこでモアナリ姫は、メイドから受け取った布の包みを広げる。そこに現れたのはホーロー製のポットであるが、紅茶で使うティーポットと違い、縦長。しかもゾウの鼻のような注ぎ口は低い位置についており、三段構造になっていた。
「これは我々がドリップポットと呼んでいるものです。この一段目に粗挽きにされたコーヒーの粉をいれます。底に穴が開いており、次の段には布のフィルターが敷かれています。ここで不純物がろ過され、最下段にコーヒーが滴り落ちて行くのです。こうすることで粉っぽさがなく、煮出して作る場合に比べ、雑味が少ない、透明感のあるコーヒーに仕上がります」
遠巻きでこの様子を見ていた料理人たちは口々にささやく。
「なるほど。普段、我々が飲んでいるコーヒーは、鍋でさっさっと煎ったもので、ミルで挽いた後、粗挽きも粉も関係なく、鍋にぶちこんでいたなぁ」
「そうだな。しかも焙煎したら、いい香りがしているうちにと、寝かせることもなく使っていた」
「煮だして作るから、粉っぽくて、苦くて酸っぱくて……そうか。作り方が間違っていたのか」
これを聞いたモアナリ姫はため息をつく。
「この淹れ方をすれば、コーヒーの本来の美味しさが伝わると思います」
そこでモアナリ姫はメイドが運んできたお湯をドリップポットへと注いでいく。
すでに期待できる香りが厨房に広がり「いい香りだ」「上品な香りですな」「これは美味しそうだ」と外務大臣や事務方の人々が目を輝かせる。
「料理人の皆さんにも召し上がってもらいましょう」
モアナリ姫が命じると、メイドは料理人の分のコーヒーの準備を始める。
そうしている間に、わたくしたちに出す分のコーヒーが用意できた。
「皆さん、召し上がってみてください」
交易の会談に参加していた全員に、モアナリ姫が淹れたコーヒーが配られ、「では」ということでまずは香りを堪能し、口に運ぶと……。
「おおおおお、苦みと酸味が全然違う!」
「ミルクも砂糖もなしでもこれなら飲める!」
「なんて味わい深いのだ……!」
外務大臣や事務方の人々が驚嘆していた。
この様子を見たわたくしは、パティシエに合図を送る。そしてわたくしはモアナリ姫に語り掛ける。
「モアナリ姫。我々は長らく、コーヒーにたっぷりのミルクと砂糖を入れて楽しむという愚行を続けて来ました。ゆえにこのストレートなコーヒーの味に感動しつつも、何か物足りない気持ちになってしまうと思うのです。そこでコーヒーを味わいつつ、何か甘い物を食べたいという思いも満たす、こちらのドーナツというものを考案してみました」
パティシエが銀のお皿にのせて出してくれたのは、前世でよく食べていたオールドファッションを再現したドーナツだ。
「このドーナツは、小麦粉、卵、バター、砂糖、少量の塩、ミルク、重曹で生地を作り、低温の油で揚げたものです。ほんのりとした甘さ、サクッとした食感は、コーヒーにも合うと思うので、お試しになりませんか」
揚げたてのドーナツは実に魅惑的な香りを放っている。そしてこのドーナツの甘く香ばしい匂いとコーヒーのアロマを感じさせる薫りは……実は抜群に合う!
モアナリ姫は「コーヒーとドーナツなるスイーツを組み合わせる!?」と、片眉を上げかけたが、この香りに文句を引っ込めた。代わりに「……なるほど。物は試しです。コーヒーに敬意を払ってくださったアメリカーナ公爵令嬢の発案のお菓子でしたら、試してみましょう」と言ってくれたのだ。
「どうぞ、お試しください」
笑顔で勧めると、「では」とモアナリ姫がドーナツを手に取る。「そのまま、お召し上がり下さい」と伝えると、モアナリ姫は口元にドーナツを運び、まずはその甘い香りに口角が緩む。そしてそのまま、はむっとドーナツを頬張ると……。
「!」とその夜空のような瞳を輝かせる。
「いかがですか?」
「……なんて甘くてサクッとして、食べ応えがあり、美味しいのかしら……!」
「ぜひドーナツを食べた後に、コーヒーも一口どうぞ」
モアナリ姫は言われるままにコーヒーを飲むと……。
「いかがでしょうか? やはり邪道でしょうか……?」
わたくしに尋ねられたモアナリ姫は首をぶんぶん振って否定する。
「邪道などではありません! このドーナツは……コーヒーと最高の相性です! 香りからして魅惑の組み合わせでしたが、どうしてこんなに合うのでしょうか!?」
「モアナリ姫の淹れたコーヒーは、苦みと酸味のバランスが大変素晴らしいと思います。このコーヒーの素敵な味わいが、ドーナツの甘みと程よいバターの風味を引き締めてくれていると思うのです。何より口の中で香りと味の相乗効果が起こり、絶妙な風味体験を実現していると思います。それこそが、コーヒーとドーナツを最高の相性と感じさせる要因なのではないかと」
このわたくしの説明を聞いたモアナリ姫は「なるほど」と大きく頷く。そしてスッと顔を上げると、まずオリオン王太子を見る。
「貴国のような大国と交渉すると、上から目線の物言いで、とても腹立たしい気持ちになります。しかも交渉相手は王太子や皇太子でもない。ただの役人風情が、ハウア島の姫である私に無礼な態度をとるのです。そんな相手と交易したいとは思いません」
そこでチラッと外務大臣を見るので、彼はサーッと顔を青ざめさせている。
「今回、交易の交渉の場に殿下とその婚約者が参加すると聞いた時。権威を盾にして、交渉を有利に進めようとしているのかと思いました。ですが蓋を開けたら、殿下は大変丁寧で、私に教えを請いました。そして婚約者である公爵令嬢は……」
そこでモアナリ姫はわたくしを見て、笑顔になる。
「コーヒーに合う絶品スイーツを考案くださっていたのです。こんな歓待を受けられるとは、想像していませんでした」
そこでモアナリ姫は姿勢を正し、自身の胸に手を当て、凛とした声で告げた。
「我が父であり、偉大なるハウア島の王、ヌイカラニの名代であるモアナリは、貴国との交易を認めたいと思います。細かな条件は、コーヒーとドーナツを楽しみながら、会議室で続けようではないですか」
◇◇◇
「それではここに両国の末永い友好関係と、交易により互いの国がさらに発展することを願って。乾杯!」
「「「「「乾杯」」」」」
ハウア島とオリオン王国とのコーヒー豆の交易交渉は見事に成功。つまりコーヒー豆の交易が両国で行われることが正式に決まったのだ! しかもこれは独占契約であり、ハウア島とコーヒー豆で交易できるのはオリオン王国だけ。これまで大陸の多くの国々がハウア島との交易を願った。だがどこの国々もことごとく交渉に失敗している。そんな中、実に50/50な内容で交易を結ぶことができたのは実についていると思う。国王陛下も大喜びでお祝いの舞踏会が開かれることになった。そしてまさに冒頭の挨拶が終わり、最初のダンスが始まる。
「では伝統に則り、最初のダンスは王太子であるコール、そしてモアナリ姫にお願いしたい」
スカイブルーのテールコートを着たオリオン王太子は、皆に一礼して、モアナリ姫の方へ向かう。今日のモアナリ姫は、オリオン王太子のテールコートに合わせたかのような、スカイブルーにスカーレット色の南国の花が大きくプリントされたドレス姿だ。
オリオン王太子が優雅にモアナリ姫の前へ行き、手を差し出す。お決まりのダンスへのお誘いの言葉をかけ、モアナリ姫は笑顔で応じた。
異国情緒あふれるモアナリ姫とオリオン王太子。ホール中央に向け、歩む姿は実に絵になる。そして始まりのポーズをとり、音楽がスタートすると……。
「社交ダンスは苦手だわ。母国の踊りとは全然違うから!」とモアナリ姫は言っていたが、それは謙遜! オリオン王太子のエスコートが完璧というのもあるが、モアナリ姫もとてもダンスが上手だった。
二人のダンスはあっという間に終わり、拍手喝采となる。
「さすが殿下。エスコートが完璧ですわね」
チュロ子爵令嬢がわたくしに耳打ちして「ええ、そうね」と拍手しながら応じる。歓声の中、こちらへとオリオン王太子が戻ると、いよいよ招待客によるダンスがスタートだ。
「ウェンディ、僕と一曲踊ってくれる?」
「!?」
たとえ婚約者がいても、王太子ともなると、こういう場では社交が優先される。それにオリオン王太子とダンスしたいと思っている令嬢は沢山いるはず。
「殿下、わたくしとダンスでよろしかったのですか?」
「うん。今日は二曲目をウェンディと絶対踊ると決めていたからね。今回のコーヒー豆の交易交渉、成功の鍵はウェンディだったのだから」
オリオン王太子はそう言いながら、慣れた様子でわたくしをエスコートし、移動する。
「そんな、わたくしは邪道と怒られてしまうかもしれないドーナツを思いついたぐらいで……」
「ウェンディ、謙遜する必要はないよ。コーヒーを美味しく淹れる方法を請う役目は僕がになった。でもそう尋ねることを思いついたのはウェンディじゃないか。でも交易交渉の場で、いきなりウェンディがそんな発言をするのは、しにくいというから、僕が代理を務めたに過ぎない。本当に美味しいコーヒーの淹れ方を聞くということ。コーヒーに合うスイーツを提案すること。両方ともウェンディが思いついたことだよ」
そうオリオン王太子は絶賛してくれるが、それは前世知識を活用したに過ぎない。何せ前世で飲むコーヒーはインスタントでさえ美味しく飲めた。さらにコーヒーと言えばドーナツは一つの文化みたいなもの。そしてドーナツはチキンのナゲットに比べたら、材料も分かりやすく、再現がしやすかった。ベーキングパウダーがないので、そこはどうするかと悩んだが、オリオン王太子から「そう言う時は料理人に聞く、だろう?」と言われ、すぐに解決する。
「そういう場合は重曹を使うといいです。イースト菌が高価であることから、重曹を使い、パンを作る国もあります。ビスケットやパンケーキにも使われていますよ」
そう料理人が教えてくれたことで、この世界にコーヒーに最高に合うオールドファッションのドーナツが爆誕したのだ!
「サクッとした食べ応えとコーヒーは本当に合うよね。今回もお見事だったよ、ウェンディ」
そこで曲がスタートし、オリオン王太子がステップを踏む。
「父親と……国王陛下とも話して、ポテト革命、オニオンの変革、チキンの改革に続く“コーヒー覚醒”と命名することにしたよ。まさにコーヒーの新時代の幕開けが、この国からスタートすることになる」
そう、そうなのだ!
コーヒーはあのドリップポットで淹れることを推奨し、工場でポットを生産することも決定している。しかもドリップポットとコーヒー豆をセットで買うと、通常より価格が安くなる。これで一気にオリオン王国で、本物のコーヒーの味を楽しめるようになるのだ。
「王家主催の晩餐会や舞踏会でも真に美味しいコーヒー、そしてドーナツを提供する。すぐに貴族たちはこの二つのファンになるはずだ」
舞踏会の休憩時間にコーヒーとドーナツを楽しむイブニングドレスの令嬢やテールコート姿の紳士を想像すると、何だか不思議な気持ちになる。
「ウェンディ。君が次はどんな新しい風を吹き込んでくれるのか。楽しみにしているよ」
輝くような笑顔になると、オリオン王太子が私をクルリと回転させた。
お読みいただき、ありがとうございます!
コーヒー&ドーナツがこの世界に降臨しました~☆彡
明日はあのスイーツが味わえる……!
読み切り1話更新をお楽しみに♪















