ザクザク食感のアレ!
オリオン王太子はわたくしに『ウェンディ。君が次はどんな新しい風を吹き込んでくれるのか。楽しみにしているよ』と言っていた。でもわたくしは基本的に自分の欲望でしか動かない。コーヒーとドーナツについては、国王陛下から大役を任せられ、閃いたに過ぎなかった。基本的に「新しい風を起こし、みんなの注目を集めたい」とは思っていない。
よってしばらくは大人しく日々を過ごしていたが。
この大陸は前世のヨーロッパと同じで、六月にもなるともう夏! じめじめはしていないが、気温はぐんぐん上がり、陽射しは強い。日陰はまだ涼しいが、そうではない場所では汗ばむ。
つまり、暑くなってきたのだ!
そうなると思い出すのが、クーラーの効いた部屋で食べた、ソフトクリームに砕いたチョコクッキーを混ぜたスイーツ。ぐるぐるかき混ぜながら食べるあのスイーツは、脂肪分もたっぷりで、クッキーも入っているから結構な高カロリー。そして高カロリーなものは……美味しいものが多い!
わたくしは欲望に忠実。今さらカロリーうんぬんは気にしない。そして猛烈にあの甘くて、ザクザクとした食感と、口の中でヒンヤリとろけるスイーツを欲していたのだ。
「そうなるとまずはソフトクリームよ!」
ここは己の欲望に従い、パティシエに会いに行き、ソフトクリームについて説明する。そしてそれを作れるかどうか確認すると……。
「なるほど。我々が作る定番のアイスとは違うものなのですね。卵やフレッシュクリームを使ったアイス、柔らかいとは思うのですが……。アメリカーナ公爵令嬢が言うような、角が立つ様な滑らかさ、ぐるぐると渦巻き状に巻けるような柔らかさではないですね。はて、どのようにしたらそんなソフトなアイスができるのか……」
「もしかしてわたくしが想像しているソフトクリームという食べ物は、通常のアイスを作る技術とは全然違うのかしら?」
「お話を聞くに、その滑らかさは空気をふんだんに取り込むことで実現されているように思います。しかもすばやく素材を混ぜ、冷却している。我々の作るアイスは氷室で凍らせたり、氷と塩を使って冷たくしたりするようなものなので……その作業とはかなり違うように思えます」
パティシエと話し、至った結論。それは何か特別な道具や機械がないと、ソフトクリームを作ることが出来ないということ。この世界の文明レベルでその機械は無理であり、魔法でもないと実現できないと分かったのだ。
(魔法がある世界だったらよかったのに)
そうは思うが、こればっかりはどうにもならない。そもそも前世でも魔法はなかった。異世界に転生できたとなると、つい魔法が……とファンタジックに考えてしまうが、ここは恋愛メインの乙女ゲームの世界。魔法とは……無縁だった。
ソフトクリームをこの世界で爆誕させられないことは悔しい。でも、と考える。ソフトクリームはなくても、アイスと呼ばれるものはある。これで何か出来ないのかと。
この世界で食べられている冷たいスイーツの主流はソルベ……果汁と砂糖と水で作るシャーベットだった。だがパティシエが言っていたように、なめらかなタイプで、アイスと一応呼べるものはある。
そのアイスと呼ばれている物の正体は、牛乳、フレッシュクリーム、卵黄に、砂糖をたっぷり加えて、バニラで香りづけしたもの。とろりとなるまで火を通し、冷やしたものだ。完全に固まることはなく、それは何というか、よく冷えて少し硬めのバニラ風味のカスタードに近い。
(……もしかしたらソフトクリームではなくても、この世界のアイスに砕いたクッキーだったり、チョコレートだったりを混ぜたら、前世の懐かしい味が楽しめるのでは……?)
まさかそんなに簡単に出来てしまう!?と思ったが、実際に試すことにした。
「しっとりクッキーが合いますな」
「うんうん。これまでアイスには飾り程度、砕いたナッツをかけるぐらいだったが……砕いたクッキーはありかと」
「今度陛下に出すアイスにはクッキーを混ぜ込もうか」
クッキーとアイスのマリアージュはこれが初めてだったようで、パティシエは喜んでいる。でもわたくしは「違う!」だった。
というのもこの世界のアイスは、完全に凍っているわけではない。氷室から出してしまえば溶けやすく、クッキーに水分がすぐに染み込んでいく。そうなると前世で食べたような、サクッサクッ、ザクザク食感は楽しめない。
そのことをパティシエに素直に打ち明けると……。
「なるほど。クッキーのザクザク感……ならばこの方法はどうでしょうか? 通常のアイスは加熱後、冷やします。そこで加熱せず、卵黄と砂糖を混ぜ合わせ、そこにフレッシュクリームも加え、なるべく空気を取り込むようにかき混ぜる。これを冷やせば、ふわっとした感じが高まると思います。砕いたビスケットをふりかけ、口に運べば……ザクっと食感を楽しめるかもしれません!」
なんとパティシエは、わたくしの前世のあの味を食べたいに応えようと、自ら案を出してくれたのだ! これには嬉しくなり、こう即答する。
「やってみましょう! 何事も挑戦ですわ!」
こうしてパティシエが作ってくれたアイスに、砕いたクッキーを混ぜ込み、食べてみると……。
(知っているわ! これは前世で食べたことがあるセミフレッドに限りなく近いアイス! ムースのような口溶けのいいアイスだわ!)
ただ、やはり冷凍技術が前世とは比べ物にならないため、わたくしの知るセミフレッドよりさらに柔らかい。そこにクッキーを混ぜ込むと、やはり水分を吸い込み、ザクザク食感からは遠のく。
だがパティシエは諦めず、こんな提案をしてくれる。
「堅めのビスコッティを砕いてみました。どうぞ、アメリカーナ公爵令嬢!」
「ありがとう、食べてみるわ!」
結果としてビスコッティは、通常のクッキーより水分を吸い込みにくいため、ザクザク感が長続きしている。完全に前世で食べた「アレ!」にはならない。そもそも味も違う。それでもこのザクザク食感は頑張ったと思う。
前世とは異なる文明水準。それでもいい線は行った。私はもう満足だったが……。
「アメリカーナ公爵令嬢、もう一つ、思いついたものがございます!」
なんとパティシエがわざわざ部屋にまで足を運び、瞳を輝かせて報告してくれたのだ。
「スポンジケーキにアイスをサンドしたものがございますよね?」
「ええ、そうね」
「スポンジ生地ではなく、サブレでサンドしてはどうでしょうか?」
これには「なるほど!」だった。
「食べた瞬間、サブレがサクッとして」
「中のカスタード風味のアイスはしっとり」
「サクッとしっとり、その二つを楽しめるのね」
「はい。いかがでしょう? 実はご用意もしてあります!」
「ありがとう、中へ入ってちょうだい。いただくわ!」
◇◇◇
「汗ばむ季節になったと思ったら、パティシエは気が利く。連日、新しいアイスを出してくれる。一昨日は砕いたビスコッティがまざったムースのようなアイス。昨日はソルベ、そして今日は実に面白い。サブレでアイスをサンドしたデザートではないか!」
今日の夕食は晩餐会や夕食会もなく、久々に王家の面々が揃っての食事となった。堅苦しい社交もなく、皆、寛いでいる。国王陛下もワインが進み、ご機嫌だった。そして食後に登場した珍しいアイスに大喜び。
「父上、そのムースのようなアイス、サブレサンドのアイス、そのどちらもウェンディの発案です!」
「何!? そうだったのか!? 褒美を与えようと思っていたが、ウェンディの案だったのか」
「わたくしはただ、こんなアイスが食べたいと我が儘を言っただけですわ。こんなに素敵なアイスを生み出してくれたのは、パティシエの皆様です。褒美はぜひ、パティシエの皆様に与えてくださいませ」
わたくしは当然のことを言ったつもりだった。だが国王陛下は「たいした褒美ではない。ウェンディを含め、パティシエ全員に賜らせる」と言い、オリオン王太子は「本当にウェンディは謙虚だね。僕からもご褒美をあげるよ」と言ってくれる。
(本当に、わたくしはただ、自分の欲望を実現しようとしただけなのに……!)
「この度のアイスは食感が楽しい。このような食べ方を提案されたのは初めてのこと。今回は“アイスの目覚め”と呼ぶことにしよう」
「それはいいと思います、父上!」
国王陛下とオリオン王太子はわたくしの思いつきにすぐに命名してくれるが、何気にこのキャッチコピー効果は大きい。皆、会話する時に「ポテト革命が起きましたわ」「オニオンの変革は最高でした!」というように楽しく会話してくれるからだ。言葉と一緒に新しい食文化も広まっていく。
「ふーっ。アイスも美味しかったが、〆のコーヒーもやはりよい。気軽にこんなに旨いコーヒーも楽しめ、本当にウェンディは良い妃になるに違いない」
「ええ、ウェンディは僕の自慢の妃になります」
父息子揃ってわたくしをデレさせる言葉を口にするので、顔がにやけそうになり、大変!
「ではそろそろ解散だ。皆、ゆっくり休むといい」
国王陛下の言葉で夕食はお開きとなり、各自部屋に戻ることになったが……。
「ウェンディ」
「はい、殿下」
「部屋まで送るよ」
「ありがとうございます!」
オリオン王太子はタイミングが合えば、いつでもわたくしを王宮の部屋まで送ってくれる。
「ねえ、ウェンディ」
「はい」
「僕からのご褒美、何が欲しい?」
「あっ……それは……」
アイスの目覚めのご褒美、オリオン王太子も贈ると言っていたけれど、早速有言実行にしてくれるようだ。
とはいえ、わたくしが欲しいもの……。
(本当はソフトクリームが欲しかったのだけど、それは無理でしょう。そうなると……)
思い浮ぶのは前世でよく食べていた物ばかりで、我ながら「花より団子が過ぎる」と反省。そこで……。
「殿下」
「うん、何? 何でもいいよ、言ってごらん」
「わたくし、物より思い出が欲しいですわ」
「!」
「これからバカンスシーズンを迎えるので、殿下と……別荘か離宮に行き、思い出を作りたいと思いますの」
少し恥ずかしいが、食以外の願望と言ったら、愛する人と過ごす時間だろう……と思い、伝えたのだけど……。
「……ウェンディ」
「はい」
「もう今すぐ君と結婚したい気持ちでいっぱいだよ……!」
オリオン王太子は碧眼をうるうるさせ、熱っぽさ満点でわたくしを見る。強くわたくしを求める気持ちが感じられ、これには心臓がトクトクと高鳴ってしまう。
「いいよ。行こう。バカンスシーズンが始まったら、別荘も離宮も、両方行こう!」
オリオン王太子がふわりと腰を抱き寄せ、わたくしの額にキスをした。
お読みいただき、ありがとうございます!
【異世界で飯テロ物語の裏話】
異世界で、現代にはない食材で現代の食べ物を生み出す――。
しかも魔法がない世界やん!
ソフトクリームは何度も何度も仮説検証し、作れない……と涙を呑む。
それでも限りなく食べたい物に近いレシピを考案で来た時……。
万歳~
明日はどんな食べ物が登場するのか。
読み切り1話の公開をお楽しみに~♪















