オニオン……♡
コール・スコット・オリオン。
この国の王太子であり、文武両道・容姿端麗・温厚篤実な金髪碧眼のまさに女子の夢を詰め込んだような王子様だった。そして彼こそが、わたくしが前世でプレイしていた『ファーストラブ(初恋)はバニラの味』という乙女ゲームの推しだった。
推しとは尊い存在で、伏して拝みたくなるものなのに。
わたくしはというと……。
「オリオン王太子」と呟きながらも、脳裏に浮かぶのは「オニオン王太子」なのだ! しかもそこから見事にオニオンリングに結び付いてしまい……。
揚げ立て、熱々のオニオンリング。黄金色の衣をまとい、外は間違いなくカリッとしている。だが衣の中のオニオンは、とろけるような柔らかさに違いない。口の中へ運べば、玉ねぎの甘みと衣の塩気が見事に混ざり合うはず。
脳内には前世で食べた出来立てのオニオンリングが展開される。
しかもなぜかそこにフリル満点の胸元が大きく開いた白シャツ姿のオリオン王太子まで登場し、「さあ、僕を召し上がれ」なんてささやく。
「あああああ、アツアツのオニオン王太子を食べたいわ……」
生唾をゴクリと呑み込むことになる。
◇◇◇
この世界でオニオンを貴族が食べないわけではなかった。スープのベースに使われたり、煮込みの旨味のために採用されたりすることも多い。肉料理や魚料理のソースの香味づけで使用されることもあった。
だがしかし!
オニオンリングはまだ存在していない。
「食べたいわ、オニオンリング!」
そう思うものの。この世界でオニオンは、香味野菜として使われている。しかしオニオンで料理として一皿出す……という食文化には至っていない。
何より、生のオニオン、ぶつ切りのオニオンではその香りが強すぎる。あくまでオニオンは脇役であり、隠し味に使うもの。貴族のディナーのテーブルに顔を見せるのは、西洋ネギやアーティチョークだった。
ゆえに。
オニオンリングを食べたいが、公爵邸の料理人に頼んで作ってもらうこともためらわれた。ためらっているうちにオリオン王太子にプロポーズされ、二十歳での結婚が確定すると、わたくしは王宮で暮らすようになったのだ。学園も卒業しているし、王太子の婚約者であり、王族の一員として、本格的に公務へ参加することになったのだ。
(まさか宮廷料理人にオニオンリングを作って……とは言えないわよね)
そう思っていたが。
オリオン王太子は「ポテト革命の次に、ウェンディが何をするのか。楽しみにしているんだ。食べたい料理があれば、遠慮なく、宮廷料理人にリクエストしていいんだよ」と言ってくれたのだ。
(それならばオニオンリング。作ってくださいとお願いしても、いいのではないかしら……?)
それでもオニオンリング、実際に食べるとなると、まず匂いは気になる。そしてオニオンリングはナイフとフォークでお上品に食べるのは……無理。あくまでフィンガーフードなのだ。そうなると手はべたべたになる。さらにサクサクの衣はボロボロとこぼれる可能性もあり、ドレスを汚すリスクもあるのだ。
上記を踏まえると、カジュアルなドレスで、できればオリオン王太子に見られずに味わいたい。
「ウェンディ。明後日のお茶会なのだけど、その時間、僕は倶楽部に顔を出すことになってしまった。一緒にお茶をできないのは……とても残念だよ」
「! そうなのですね。それは……残念ですわ。ですが倶楽部は紳士の集まりですから、仕方ありません。わたくしのことは気にせず、社交を頑張ってくださいませ」
「……うん。そうだね。……それは分かっている。ウェンディの今の言葉に間違いないはない。でも何だろう。寂しいとか行かないでと嫉妬して欲しい気持ちもあるな……」
「えっ」
「ウェンディ。もっと甘えて」
オリオン王太子が無理難題を言い出すので、大いに焦るものの。
明後日、オリオン王太子とのお茶会がない。
ということは……!
(まさにその日はオニオンリング日和ですわ! 明後日のお茶会のフィンガーフードでオニオンリングをいただきますわよ~!)
こうしてわたくしは侍女に頼み、宮廷料理人に言付けを頼む。貯蔵庫にあるオニオンを使い、このレシピでオニオンリングを作るようにと。
「貯蔵庫のオニオン……間もなく春となり、収穫したてのオニオンが献上されているはずです。古いオニオンではなく、新しいオニオンがよろしいのでは?」
侍女に聞かれたわたくしはこう答えることになる。
「オニオンリングは衣をつけて揚げるのよ。貯蔵しているオニオンは水分が減っているでしょう。輪切りにする時もカットしやすいはずよ。それに揚げた時、カラッと揚がるし、衣も剥がれにくくなるわ。あとは保存している間にオニオンの甘味が増していると思うの」
「なるほど。お嬢様はオニオンについて大変お詳しかったのですね! 了解いたしました。今のお話を含め、お伝えいたします!」
「ええ、頼んだわ!」
こうしてわたくしはその日を迎える。
そう、転生して初めて、オニオンリングをいただく日を……!
「……行きたくないな」
昼食の後。
倶楽部へ向かうオリオン王太子を見送るため、エントランスへ向かうと、彼はいつもの品行方正から一転。きちんとセレストブルーのフロックコートも着て、後は馬車に乗るだけなのに「行きたくない」と可愛らしい我が儘を言い出す。
「殿下が来ることを楽しみにしている方が大勢いるのです。わたくしは殿下のお戻りを王宮でお待ちしていますから、どうぞお役目を安心してはたしてくださいませ」
「……僕がいなくて寂しい、ウェンディ?」
「ええ、寂しいですわ」
口ではそう言っているものの。女性は嘘が得意な生き物。オリオン王太子はわたくしの推しであり、婚約者であり、最愛であるのは事実である。しかし今、この時。わたくしの脳内では「オニオンリング!」でいっぱいだった。そしてこのオニオンリングは、オニオン王太子が……オリオン王太子が外出しないと食べられない!
よってまさに宥め、すかし、馬車に乗せる。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
笑顔で見送ると、侍女に告げる。
「ドレスを着替えますわよ」
「かしこまりました!」
そこからは汚れてもいいティーガウンに着替え、厨房にまで顔を出してしまう。宮廷料理人は驚いていたが、わたくしの熱意が伝わり、頑張って初挑戦となるオニオンリングを作ってくれる。しかも大量のオニオンリングを食べるには、味変は欠かせない。そのためのソースも、ガーリックマヨネーズ、ハニーマスタード、粒マスタード、ケチャップ&マヨネーズのオーロラソース、チーズソースを用意してもらう。
「完成しました、アメリカーナ公爵令嬢!」
「ええ。ありがとうございます。ぜひ皆さんも味見として、召し上がってみてください」
「アメリカーナ公爵令嬢が召し上がる前にいただいてよいのですか!?」
「構いませんわ。どうぞ、アツアツのうちに!」
ここで人生初にてオニオンリングを食べた宮廷料理人は……。
「な……なんと! オニオンが主役になる逸品だ!」
「このアツアツで食べると、堪らないぞ!」
「オニオンの甘みと衣の塩気が合う! しかもマヨネーズ系のソースとも抜群の相性!」
山盛りのオニオンリングがあっという間になくなる。
「確かに手が汚れますが、これはこれでいいと思います。何と言うかお上品にいただく一品というより、カジュアルに楽しむ料理に思えます」
「ワインに合わせてというより、これまたビールに合う一品かと」
「白ワインでもいいかもしれないですが、手づかみでいただくのが一番です!」
宮廷料理人も大絶賛!
わたくしはオニオンリングがお茶会のフィンガーフードとして、ビールのつまみとして、受け入れられることを確信する。
(薔薇姫会のお茶会は卒業後も続いていますわ。そこの席で、令嬢たちの殿方に見せられない秘密のお楽しみとして、このオニオンリングを提供してみましょう)
こうしてわたくしは、こぼれ落ちた衣も掃除しやすい大理石の床のサンルームでお茶をすることにした。つまりついにオニオンリングを食べられる!
わたくしがアイアン製の椅子に座ると、すぐに揚げたてのオニオンリングが運ばれて来た。
「わぁ……」
なんだか幼子のような声を出し、揚げたてのオニオンリングが山盛りのお皿を、両手で持ち上げてしまう。鼻に近づけると香ばしい香りがしている。
「アツアツのうちにいただくわよ」
カットレモンも用意してもらったが、それは後半戦。前半は思いっきりこってりを味わい尽くそう。
ということで一つをつまみ、まずはストレートな衣の塩味でいただくことにする。
「はむっ」
齧った瞬間、衣がパリッと解ける。サクサクッと口の中で衣が砕け、すぐにオニオンの甘味ととろり食感が舌を直撃する。そこに衣の塩味が混ざり、口の中でザクザク、じゅわっとが交錯。
「美味しい~!」
懐かしい味に感極まる。
脳裏にはいつもの妄想に登場するオリオン王太子が、今日もフリル満点の胸元が大きく開いた白シャツ姿で語りかける。「どう、美味しい? ウェンディ?」と。
「オニオン王太子、最高!」
一つを食べ終わり、次はどのソースにしようかと思いながら、脳内のオリオン王太子に語り掛けた瞬間。
「ウェンディ。オニオン王太子って、もしかしてこの料理のこと?」
声に心臓が止まりそうになりながら、振り返る。
するとサンルームに入って来たのは、オニオン王太子ならぬ、オリオン王太子!
「で、殿下! 倶楽部はどうされたのですか!?」
「ちゃんと役目は果たしたよ。挨拶をして、社交もした。そして愛する婚約者の元へいち早く戻って来たのさ」
そこでわたくしのすぐそばに来ると、オリオン王太子はひょいっとオニオンリングを摘まむ。
「オニオン王太子……オニオンの揚げ物……もしかしてこれがポテト革命に次ぐ、新しい食べ物!?」
オリオン王太子が好奇心全開で瞳を輝かせている。
「……そうなんですの。ただ、このオニオンリング。味は絶品ですが、少し匂いと、後はこうやって手で摘まんでいただくので、ベトベトしてしまい……。衣装が汚れる心配も」
「へえー、このソース、沢山の種類があるよね? しかもレモンも絞るの? どれもこれも美味しそうだ。僕も食べてもいい?」
「え、ええ、もちろんですわ」
わたくしが答えると、オリオン王太子は向かいの椅子に座り、そのままパクッとオニオンリングを頬張る。
「!」
美しい碧眼を煌めかせ、オリオン王太子がゴクリと喉を鳴らす。
「これは……オニオンはこんな主役になれる食材だったのか!? 口の中で衣の塩味と香ばしさ、オニオンの甘み、サクサクとじゅわっとした食感、独特の香りが三位一体となって……。美味しい。ウェンディ、これはとっても美味しいよ!」
「そ、それはよかったですわ。でも匂いと手が……」
「関係ないよ、ウェンディ。手は後で、ハンカチで拭けばいい。これは揚げたてを無心でいただくのが一番だ」
「オリオン王太子殿下……!」
その後は二人で味変もしながら、貪るようにオニオンリングを食べてしまう。まだお酒を飲めないので、レモネードや紅茶を飲みながらいただいたが、その間、会話は弾む。
箸休めでレモンを絞り、さっぱりしてから第二ラウンドを経て、山盛りのオニオンリングをオリオン王太子殿下と食べ切った。
「納得だよ、ウェンディ」
「?」
「ここ数日、ウェンディは心がここに在らずだった。その原因はこのオニオンリングだったのでは?」
「! そ、それは……」
「しかも手掴みで食べ、衣が散らばる。手もべたべたするし、オニオンの独特の香りもあるだろう。だからできれば一人でこっそり食べたいと思っていたようだけど……」
そこでオリオン王太子は席から立ち、ハンカチでわたくしの手を綺麗に拭いてくれる。
「僕は王太子で、ウェンディはその婚約者。礼儀作法やらマナーやら、守るべきものは沢山ある。でもたまには肩の力も抜かないと。オニオンリングを食べる時は、細かいことを気にしない」
「オリオン王太子殿下……!」
「前にも話した通り、僕はね、ウェンディ。ありのままの君を愛しているんだよ。オニオンリングを食べる君も、もちろん大好きだから。匂いとか手がベトベトとか、気にする必要はないよ。僕だって同じなのだからさ」
前世でオニオンリングは、デートに向かない料理として紹介されることもあった。でも違う。オリオン王太子みたいな考え方だったら、そんなこと、関係ないんだ。
体裁を取り繕う必要がある時は、ちゃんとする。でもそこはメリハリをつければいいと言ってくれたのだ。
しみじみと思う。
おしどり夫婦や長続きする二人とはこういうことなのだと。相手への理解、寛容な心、大らかさ。
「オリオン王太子殿下」
「うん、どうしたの、ウェンディ?」
「わたくし、殿下の婚約者で幸せです」
「……ウェンディ!」
いつもはオリオン王太子が甘々なのに。
今日は……わたくしが極甘でオリオン王太子を蕩けさせてしまった♡
お読みくださり、ありがとうございます~
極甘~♡
おかわりの物語です!
次話はオニオンリングと一緒に楽しみたい
アレの読み切り1話を明日公開します☆彡
よかったらお付き合いくださいませ~















