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オリオン王太子が金髪の前髪をサラリと揺らして美しい笑みを浮かべる。推しの尊い笑顔は見慣れることなんてない。いつ見ても素敵だった。
「やり残したことがあるから、このダンスの後、僕に付き合ってくれる?」
「分かりました」
そう答えながらも不思議な気持ちになる。だって王太子なのだ。「嫌です」とわたくしが答えるはずはないのに!
(いつも丁寧に確認してくれる。そんな謙虚なところが推したくなるのですわ)
そんなことを思っているとダンスは終わりに近づく。
「さぁ、ウェンディ、フィニッシュだ。笑顔でね」
「はい、殿下!」
曲が終わると同時に拍手が湧き起こった。
◇◇◇
皆がダンスを始める中、わたくしはオリオン王太子に連れられ、舞踏会の会場を出ることになった。
「温室に行こうか。二人きりでゆっくり話したいから」
「鍵をお持ちなのですか?」
「うん。預かっているよ」
(ゆっくり話? 何かしら? 改めて婚約破棄……されないわよね?)
少し不安になりながら、オリオン王太子のエスコートで廊下を進む。すると少し距離を置いて近衛騎士が後に続いている。
通常、学園内に近衛騎士が入ることはない。でも舞踏会は終わりの時間も普段より遅いので近衛騎士が学園の敷地内に待機していたようだ。
それでも温室の中までは入って来ないのだろう。
「さて。夜の温室は自分たちでランプを灯す必要がある」
「分かりました。それはわたくしが」
「ウェンディ、一緒に灯そう」
「一緒に……?」
そこからは何だか披露宴でキャンドルサービスをしているみたいだった。というのも温室内のあちこちに置かれたランプに、細長い棒状のキャンドル(キャンドルライター)を使い、火を灯していったのだけど……。
一緒にキャンドルライターを持ち、ゆったり灯していくのだ。オリオン王太子がわたくしの背後に回り込み、リードしながら移動してはランプに火を灯す……。
ずっと距離が近い。しかも彼のつけている爽やかな香水を胸いっぱいに吸い込み、心臓がバクバクしてしまう。
「よし。これで完了。……ウェンディ、なんだが幻想的だね」
「本当に。なんて……美しいのでしょう……」
ガラス張りの温室は夜の闇に囲まれていた。そして季節は三月。春の足音は聞こえているが、まだ朝晩の冷え込みはある。温室の中は暖かく、外は冷たい。ガラスは曇り、外の景色はぼんやりとした夜の世界に沈んでいる。そこに灯ったいくつものランプ。
ぼんやりとしたランタンの明かりが夜の曇りガラス越しに浮き上がる様子は、とても幻想的だった。
「ここに座ろうか」
オリオン王太子はそう言うと、小ぶりの噴水の縁にハンカチを広げ、わたくしを座らせてくれた。
軽やかな水音が聞こえ、その水面には薔薇の花が浮かべられている。
(普段、薔薇なんて浮いていたかしら?)
「ウェンディ」
「はい、殿下」
「僕たち、幼い頃にお互いの両親により、婚約させられていた。婚約式なんて、何がなんだがわからないまま参列させられていたよね」
「そうですね。でもフロックコートを着た幼い殿下は……小さな王子様で、わたくしはドキドキしていましたわ」
わたくしの言葉にオリオン王太子は嬉しそうな笑顔になる。
「本当に? そんなふうに思っていてくれたんだね」
「はい。今も……殿下は変わらず素敵です」
「そうか。そう言ってもらえると、勇気をもらえるな」
これには「?」と首を傾げると、オリオン王太子はテールコートの内ポケットに手を伸ばす。
「婚約式の時に贈った指輪は母上が用意してくれたものだった。でも今回は、僕が石から選び、デザインを決めて加工してもらった。指輪に合わせて使えるネックレスを用意したんだ」
そう言ったオリオン王太子の手には縦長の箱。
「僕からの卒業祝いだよ。受け取って、ウェンディ」
「殿下……! ありがとうございます……!」
この世界は前世と違い、謙遜の文化ではなかった。プレゼントは「受け取りたくない」という明確な意思がなければ、ありがたく受け取るもの。遠慮してもたつくのはよくないので、ちゃんと御礼を言い、すぐに受け取る。そしてその場で開封する――これまた喜びを伝えるためのマナーだった。
過剰なラッピングはなく、箱にはリボンがついているが、それはシルクなので簡単にほどけた。ぱかっと開けた箱の中には、わたくしの瞳、そして婚約指輪と同じ大粒のルビーのネックレスが鎮座している。ダイヤモンドもあしらわれたどう考えても宝物庫に並びそうな逸品だった。
「……殿下。わたくし、何も準備がなく……」
さすがにこのクラスのギフトを受け取ってしまうと、何かお返しをしなければという気持ちになってしまう。
卒業式の後に行われる舞踏会では、ギフト交換もよく行われる。ゆえにエスコートしてくれる令息にプレゼントを用意している令嬢も多い。本来であればわたくしも用意しているべきなのだ。
(でも断罪からの婚約破棄で、会場を後にすると思っていたから、ギフトは用意していないわ……)
「僕は見返りを期待してこれを用意したわけではない。元々これを渡して遂行したい計画があったから準備したまでだ。だから気にしないでいいよ、ウェンディ」
そう言って朗らかに笑うオリオン王太子は、まさに完璧な王子様だった。
「優しいお気持ちをありがとうございます」
「優しいのはウェンディ、君じゃないか。マクドナルト嬢は『一見ツンとして近寄り難い雰囲気を自分に対して向けているが、とても親切なウェンディのことが大好きだ』と言っていた。それは僕も同じだよ」
「殿下……」
というかヒロインがわたくしを大好き、だなんて……!
「では改めて伝えるよ、ウェンディ」
そう言うとオリオン王太子がわたくしの手をとった。
お読みいただきありがとうございます!
オニオン王太子~(お約束!)
そして実はヒロインからも好かれていた悪役令嬢!
さらに彼女はあることをしていたことが次話で明らかに!
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