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女神退魔師  作者: きりん
女子高生退魔師の討魔業
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八話:女子トイレの個室は幽霊相談所

 女子トイレにある洋式便所の個室は、お昼休みにおける私の憩いのスペースだ。私はここで優雅にお昼をいただく。いわゆる便所飯と呼称されるものに似ているが、勘違いしないで欲しい。ぼっちで教室にいると居たたまれないからではなく、あくまで効率を重視した結果である。


 私は学校にいる間、昼休みを使って幽霊たちの相談に乗ることにしていた。一度死んだ身である幽霊であっても、存在し続ける限り悩みというものは尽きることがないからだ。それこそ放っておくと悪霊になりかねない「体が痛くて頭がおかしくなりそうだ、誰でもいいから早く助けてくれ」みたいな緊急を要するものから、「暇だから話し相手になってよー」などというお前それ悩みでも何でもないだろ、と突っ込みたくなるようなものまで内容は様々であり、実に多岐に渡る。


 学校が終わったわけじゃないから校外にまでは出る必要がないとはいえ、仮に校内に限定したとしても人間が多い場所は必然的に幽霊の数も多くなるので、昼食を取ってからでは回るのに時間がかかりすぎる。それにちょっと汚い話だけれど、食べるものを食べればもちろん花を摘みに行きたくなるのが人間というもので、やっぱり時間を浪費してしまう。なので学校にいる間は昼休みに便所で待っていることを幽霊たちの間で周知させることによって、昼食を取ることと花を摘みに行くこと、私に用がある内外の幽霊の相談に乗ることを全て両立させることに成功した。


 よって私がここで弁当を広げていても、別に何も不思議はないのである。決して一人で人目を気にせず食べられる場所がここしかないわけではないし、ましてやぼっちだからなどではない。大事なことなので何度でも言うが、ぼっちだからではない。


「た、助けて……。誰か、お願い……」


 個室にその幽霊が飛び込んできたのは、私がお昼のお弁当を食べ終え、水筒で持参したお茶を飲んでホッと一息ついていた頃だった。


 薄いブルーを基調として白い水玉がプリントされたパジャマに身を包んだ女の子の霊だ。童顔でショートカットの髪型なのでやや幼く見えるが、歳はたぶん中学生くらいだろう。少なくとも私より年下、私の家の居候である女の子よりは年上に見える。


 整った顔立ちだが目の下にはくまが浮き、美少女というには精彩を欠く。ただでさえ血の気が引いた顔がさらに真っ青になっており、息も絶え絶えでふらふらと私の方にただよってくる。


 見れば両手で左胸を押さえ、喘ぐように肩で息をしている。本来幽霊であるなら呼吸をする必要はないのにも関わらずだ。目の前にいる私の存在にすら気付いていない。

 明らかに幻痛で苦しんでいる様子だ。これは、まずい。


 放っておいたら間違いなく悪霊になる。よく一人でここまで来れたと思う。普通なら痛みに負けて途中で諦めてしまってもおかしくないのに。


 それに彼女が私に対する何の情報も得ていないと仮定すると、学校の女子トイレの個室というある意味斬新過ぎる場所にいる私に出会う確立はあまりにも低い。というかほとんど無い。私の同居人たちを筆頭とする、知り合いの霊には彼女のような霊を見つけたら私のところまで引っ張ってきてと頼んであるので、彼らのうちの誰かに連れられてきたのだろうが、その彼らの姿がなく彼女一人であるというのが、少し引っかかる。


「ちょっと。あなた、どうしたの?」


 慌てて声をかけると、少女は初めて私に気がついたかのように戸惑った顔をして私を見た。

 疲労が滲み生気の抜けた目で私を見つめているうちに、彼女の顔には九死に一生を得たかのように安堵の表情が広がっていく。


「……良かった、私の声が聞こえるんですね。お願いします、助けてください……痛い……苦しい……どうして……」


「落ち着いて。まずは自分が誰で、どこが痛いのか言える?」


「い、五十嵐幸子っていいます。む、胸……。胸が凄く痛いです」


「ここに来た経緯は説明できる?」


 苦しげに浅い呼吸を繰り返しながら、幸子という名前の幽霊は何かを思い出すように数瞬視線を宙に彷徨わせた。


「……ずっと心臓の病気で入院してたんです。いつ死ぬか分からないって言われながらそれでも騙し騙し今まで生きてたんですけど、今朝発作が出てついに死んじゃったみたいで。死ぬのは怖かったけど、やっとこの痛みから解放されると思ったから我慢できたのに、死んでからも痛くて、苦しいままで……。気がついたら、私のことが見える男の子と女の子に連れられて、この学校の正門前にいたんです」


 その二人はたぶん、奴と女の子のことだ。普段は一緒について来そうな二人がいないのは、運悪く実体を持っていたからだろう。


 彼女を見つけて私のもとに一緒に行こうとしたものの、見咎められ騒ぎにでもなって退散せざるを得なくなったか。その辺りは想像するしかないけれど、彼女本人は痛みで回りに気をやる余裕なんてなかっただろうから仕方ない。あながち間違ってもいまい。


「でも、その子たちとはいつの間にかはぐれてしまいました。一人では動くのも辛くて、ここを探し当てるのに時間が掛かってしまって……。今も凄く痛むんです」


 どうやら彼女には、死亡時の心臓発作の痛みが残ってしまっているらしい。奴と女の子もどうにかしようとしたみたいだけれど、実体を持ったのがこの場合は仇になってしまったようだ。


 生き返るのはいいことだと思ってたけど、こういう時には不便だなぁ。姿が関係のない人にまで見えちゃうから、私に会いたくても他の幽霊みたいに校舎内に入ってここまで来ることができなくなってしまう。


「安心して。今、楽にしてあげる」


「ほ、本当ですか……? あ、ありがとうございます……」


 ヒューヒューという音さえしそうな彼女の苦しみように、私は即座に力の行使を決断した。とはいえ、私の力は何かを創ったり改造したりすることはできても、消すことにはあまり向いていない。


 だが幸い、彼女を苦しめているのは死の際に感じた痛みを繰り返す幻痛だ。彼女が感じている痛みは本来すでに存在しないもので、数日後には消えることが約束されている。ならば打つ手は充分にある。


 要は彼女と感覚を一部共有させて、彼女が減痛を感じる前に、幻痛が私に移動するようにしてやればいいのだ。彼女と私の幽体を想像上のパイプで繋ぎ、痛みが流れる道を作ってやる。雛人形のような身代わり人形を創ってもいいしそっちの方が概念がしっかり確立していて実は楽なのだが、あれは生者を守るために使うものだというイメージが私の中で強く、死者が相手である今回は適さない。よって今回は私自身を人形に見立てて身代わりの役を務める。


 おいで。あなたの痛みを、全部受け止めてあげるから。


 創られたパイプラインから彼女の苦痛が流れ込んできた。私の心臓に何かを突き立てられるかのような痛みが走るが、それは所詮幻の痛みだ。元々が死に至るような激痛であっても、結局は肩代わりした他人の幻痛でしかない以上、感じる痛みの度合いは私の精神の強さに左右される。そしてことメンタルにおいて、私の右に出る者はいない。


 でも、心臓発作の痛みって経験したことないからよく知らないけど、こんな痛みだったっけ。

 ……まあいいか。


「あ、痛くなくなりました……。すごい……」


 みるみるうちに呼吸を楽にし出した彼女が、恐る恐る手を胸から離した。自分の胸をしげしげと見つめ、痛みがないことに安心しながらもどこか戸惑った様子でいる。


 代わりにその幻痛は私の心臓で絶賛活躍中なのだが、その痛みは私の精神力によって押さえ込まれ、シクシクと心臓の動きに合わせて僅かに痛む程度にまで治まってしまっている。私ならこの程度、消えるまでの時間を耐えることは難しいことじゃない。


「とりあえずどういう処置をしたのか説明したいんだけど、聞ける?」


「はいっ! 大丈夫です!」


 打てば鳴る鐘のように元気良く返事した彼女に愛想を返しつつ、説明を始める。


「今、あなたと私の間には概念的なパイプラインが繋がれている。これを通じて、あなたが感じていた痛みは今、私の方へ流れている状態になっているの」


「だ、大丈夫なんですか!? 死んじゃいますよそれ! すごく痛いんですよ!?」


 幸子は目を剥き、驚いて慌てふためいていた。痛みが無くなったせいか、テンションがおかしなことになっている。よほど激痛から開放されたのが嬉しいのか、それともこれが地か。

 まあ、彼女の考えていることは大体分かる。


 彼女が経験していた痛みは、本当に酷いものだったのだろう。脳裏は痛いという言葉のみで埋め尽くされ、あまりの痛さでまともに動けず思考すら雲散霧消して定まらない。生きていれば死という形で強制的にシャットダウンされただろうが、すでに死んでしまった今ではそれすらままならない。


 比喩でも何でもなく、狂ってしまいそうだったのに、こんなに普通にしているなんて夜子さんすごい!

 とかこんな感じだろう。え? 最後は違う? 知ーらなーい。


「心配してくれてありがとう。でも安心して。引き受けている痛みがどれくらいになるかは、精神力の強さで決まる。こう見えても私、精神のタフネスさには自信があるからこれくらいどうってことないわ」


「そうなんですか。す、凄いですね……」


「凄いのよ私。まあそれはともかくとして、このラインは概念的なものだけど、距離がある程度離れると途切れちゃうの。だから痛みが引くまではしばらく私と一緒にいて欲しい。いいかな?」


「それくらいで済むなら全然オッケーです! むしろ一生憑いていきます。どこまでも!」


 病弱な幸子さんはこれまでのか弱い雰囲気を一変させて、鼻息荒くおっしゃってくださった。今にも私に飛びつかん勢いである。

 ……どうやら私を慕う霊がまた一人、増えることになりそうだ。


「どうしました? 急に笑って」


「ううん、何でもない」


 不思議そうな顔の幸子に手をぱたぱたと振る。

 人間の友達は増えないのに霊の友達ばかり増えていく現実が、少しおかしかった。


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