十話:刀を持ち歩く系女子
仕事場までの道中、恐る恐るといった様子で幸子が口を挟んでくる。
「……あのー」
「ん? 何?」
「ずっと気になってたんですけど、それ何ですか? 朝から持ち歩いてますよね」
疑問に満ちた幸子の視線は、私の手荷物に注がれていた。
肩にかけたそれをちらりと見て幸子の疑問に答える。
「ああこれ? 私の仕事道具よ」
「……なんだか刀のようなものに見えるんですけど」
「袋に入れてあるのによく分かったわね? 確かにこれは刀よ」
「やっぱりですか! 銃刀法違反ですよ! お巡りさんに捕まっちゃいますよ!」
きょろきょろと回りを警戒し始めた幸子に私は苦笑をこぼす。
「大丈夫よ。これはちゃんと登録してある刀だもの。無登録の刀でなければ持ち歩いても銃刀法違反にはならないわ。ちなみにこれが登録証」
携帯していた登録証を幸子に見せる。登録証には日本刀の種別や長さや反りなどのデータの他に、製作者の名前が記されている。
いわば人間でいう戸籍のようなものだ。
「ほえー。知りませんでした」
目を丸くして感嘆する幸子は、まじまじと興味深そうに私が差し出した登録証を覗き込んでいる。
「意外に知られてないことが多いのよね。例えば登録も公安委員会じゃなくて、教育委員会の管轄だし。日本刀に限っていえば、美術品として扱われるから」
「全然知らなかった……。物知りなんですね」
「別に物知りってわけじゃないけど。場合によっては赤の他人に詮索されることもあるから、これくらいはね」
実際警官に呼び止められることもなくはないので、そのために退魔組織には刀剣鍛治師や刀剣美術商などを営んでいる者が少なからずいるし、お偉いさんの中には美術館を経営している者もいる。私たちが仕事で刀を持ち歩く場合には、彼らが私たちの使用目的を保証してくれるという寸法だ。
その後もたわいない雑談をしながら歩き、駅に着いた。
幸子に羨ましがられながら構内のコンビニでチョコレートを買い食いしたりして電車に揺られること15分。仕事先に着く。
そこは遥か昔に経営悪化で閉鎖され、無人となった廃病院だった。
当時は車両や人が行き来していたはずのコンクリートで出来た道路は埃で薄汚れ、停止線や止まれなどの白文字が擦れて見えにくくなっている。
正面玄関のドアガラスは風化によってかはたまた人の手によるものかガラスが割れ、下にはその破片が散らばっている。
外の駐車スペースには車が一台も無い。この分だと駐車場にも無いだろう。
病院によっては管理がずさんだったりして、設備のいくつかが残っていたりすることもあるのだが、ここはしっかりしていたらしく、ほとんどのものは持ち出されているようだ。
建物の荒廃具合や荒れ果て寂れた敷地の様子に、幸子は絶句している。
やがて、もともとだった青白い顔をさらに青白くさせた幸子が、ギギギと錆付いたブリキロボットのような動きでこちらを向いた。幸子の額には怯えによるものか汗が浮かんでいる。
「……ここって、巷で幽霊が出るって評判の廃病院ですよね」
「そうね。廃病院ね」
恐る恐る問いかけてきた幸子の問いに、重々しく首肯して答えを返す。
「夜子さんのお仕事って、悪霊退治や妖怪の調伏なんですよね」
見ればすでに体勢が逃げ腰になっている。どうやら彼女、好奇心は強いが怖がりでもあるらしい。
「ええ、そうよ」
ひぅっと幸子の喉が変な音を立てる。
幸子の顔にはそこはいいえと言って欲しかった! という願望が如実に書かれている。そこまで怖いか。
「きょ、今日の仕事先がここなんですよね」
「それで間違いないわね」
笑いたくなるのを我慢して幸子を見れば、幸子は肩をガクガク震わせて、物凄い目で詰め寄ってきた。
「……や、やっぱり止めましょう! ここは怖すぎます! 幽霊の私でも分かるくらい、何か変な雰囲気が漂ってますよ! 死亡フラグがビンビン立ってます!」
ついに我慢しきれなくなって噴出した私は、からからと笑いながら幸子を押し留める。
確かに幸子の言う通り、この廃病院は普通じゃない。でもそれは普通の人間から見た場合であって、私たち退魔師にしてみれば充分想定の範囲内だ。
「大丈夫だってば。あなたはもうすでに死んでるから、よほどのことが無い限りこれ以上は死なない。あなたが不安を感じているのはたぶん、悪霊が長時間留まることによって、場の霊圧が高まって霊場ができているからだと思う。私はこの程度の霊場じゃなんともないし、もし仮に何かあってもあなたを守ってあげられる。こう見えても結構強いのよ、私」
霊場とは、土地に宿った霊力が高まり、励起した状態のことを指す。
この状態になると幽霊の力が増すので、悪霊は大体一所に留まる場合、霊場を作って己の拠点としていることが多い。
土地の霊力が励起している以上、私たち退魔師にも恩恵はあるものの、幽霊に比べるとそれは微々たる量でしかなく、霊場の規模によっては退魔師と幽霊の力関係が逆転することもある。
今回の霊場は想定の範囲内に収まっているのでそんなことはないが。
いわくつきの土地などでない限り、働きかけがないと自然に霊場ができることはない。平穏な生活を送っているだけの無害な霊は霊場を作る必要性が無いので、霊場がある場合まず悪霊がいると考えた方がいい。
「で、でも……」
なおも尻込みしている幸子の腕を掴み、ずんずんと進む。
「ノロノロしてると悪霊が土地を刺激して、霊場がもっと強くなっちゃうわ。そうなると面倒くさいし、さっさと終わらせるわよ」
当たり前のように掴んだ私の腕を見て、仰天した幸子が素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっ、腕! なんで腕掴めるんですか!? 私幽霊なのに!」
「退魔師が霊に干渉できないでどうやって退治するのよ。触ることすらできないなら手の出し用がないじゃない」
「えと、有り難いお経とか聞いて成仏してもらうとか……?」
「全ての霊に経文が効くとは限らないわ」
経文が効果を上げるのは、基本的に幽霊本人が成仏したがっている時くらいだ。その気がない幽霊はそもそも、経文に耳を貸さない。
無害なら別に現世に留まろうと私は何とも思わないし大いに結構だが、有害な霊は普通の人間には対処できないこともあって百害あって一利なし。霊力を帯びた武器などでさっさと物理的に祓うに限る。




