12:No黒-ック
眼前に見えるは青い海、そして白い砂浜。潮風には仄かな腐敗臭が混じり……
そう魚人族がやらかした。
アラクネ産の網は強固で大きな魚が掛かろうと決して切れることは無かったそうだ。お陰で大漁待ったなし。
そこまでは良かった。
養殖をしようと無い知識を総動員して試行錯誤したのも褒めるところだ。
だがその行動に移す前に、なぜ魚を捕った?
先に場所やら施設やら手法を考え吟味してから魚を捕るべきだろう。養殖って生きた魚がいるんだぞ、先に獲ってどうする。
海を網で仕切っただけの臨時の生け簀の中で、獲った魚は環境が合わずに死に、足の早い一部が腐り始めているのだった。
「鮮魚が、ああっなんて勿体ない……
しかしこのままでは全滅です。美味しく食べて上げられなかった魚たちにも申し訳が無い、せめて一夜干しにしましょう」
「一夜干しとはなんじゃ」
そう言えばこの人たちの調理方法は『焼く』と『煮る』しかないだっけ。サツマイモといい、素材をそのまま食べたりもするみたいだし、一夜干しも知らないんだな。
いや待てよ。
コボルトたちが魔法で木を乾燥させてたよな。一夜干しと言わず、干物だって作れるんじゃあないか。
「一夜干しは、魚介類を塩水に漬けてから、風通しの良い日陰や夜に軽く乾燥させた加工品のことです。またこれと同じようなものに干物があります。こちらは一夜ではなく天日でしっかり水分を乾燥させたものになります。
ところでブリッタさんは乾燥の魔法は使えますか?」
「当然でしょう。貴方わたくしたちを馬鹿にしているのかしら」
「では魔人族に手先が器用な種族はいますか?」
カニのゲイティを見ているからか、器用さと魚人が結びつかない。
「じろー魚人族の中にもちゃんと器用な人はいるからねー」
教えてくれたのは侍女のティルデだ。
せっかく清楚なお嬢様タイプだってのに、口を開くとなんと残念なことか……
「では手先が器用な人たちを使って魚の鱗を取って身を開いてください。エラと内臓、それから血合いをしっかり洗うのが、臭みを消すコツです」
「じろーじろー。そんな難しいこと言葉じゃ伝わんないってば。『夢操作』するからこっちおいでー」
そう言われてもね、ここは海岸。足元は砂浜だ。膝枕されようにもランチシートなんて準備してないし……
「は~いぎゅー」
手を引かれたかと思ったら一瞬で視界を失い柔らかいものに包まれていた。ドクンドクンと鼓動が聞こえる。そしてやたら甘い汗の匂いも……
分かったこれはティルデの胸だ。どうやら胸に抱き寄せられたらしい。小さくはないが主張し過ぎない程よいサイズと言ったな、あれは俺の間違いだった。
この娘、着やせするタイプですわー!
「じろー? あーしの胸の感想はいらないから、干物の事考えてー」
「うぉ筒抜け!?」
「ふふっだいじょーぶ。まだみんなには見せてないからさー」
一回『俺は金貨四五〇〇枚の負債』の呪文を挟み、干物の事を必死に考えた。
アジとそれを開いたもの。干物の定番ホッケは開いたやつしか知らん。メザシはイワシだったっけ、シシャモも行っとけ。
作り方のサンプルはアジでいいだろう。鱗とゼイゴを処理して腹から開く。内臓とエラは落として海水で血を洗う。終わったら濃いめの塩水につけてから天日で乾燥。
太陽の下、物干しざおに並ぶアジの干物たち。
「は~いおつかれー」
「膝枕じゃあないんですね」
「あははっ、あーしじゃ無理だよー
そもそも膝枕で『夢操作』できるのなんてファニー様とアリアネ様くらいだしー」
流石は部族長と族長と言うべきか、凄い人たちだったようだ。いろいろな意味で……
「ティルデさんも負けてませんよ」
そう、いろいろな意味で。柔らかいし着やせしてるしノーブラだったし。
「あははーありがとね。お世辞でもうれしーよ」
「士郎はん、いちゃつくのんはあとにして、早う指示を出したってはどうえ?」
「おっと、すみません。
いま見て貰った通りです。魚をさばき開く人、内臓を避け血を洗う人、最後は魔法で乾燥させる人です。得意な分野に分かれて作業を開始してください」
パラパラと魚人族が動き出す。
カニやらエビっぽいのは乾燥に回るようだ。一見、切るのが得意そうなんだけどあのハサミじゃあ駄目なんだな。
「いまは人手がある方がええどっしゃろ。うちも手伝うわ」
「確かにそうですね。刃物はメイドの私が請け負います」
「じゃああーしが洗って、レラに渡せばいーのかな」
「ほなそれで」
えーと俺は……
「士郎はんはどんと構えといとぉくれやす。……不器用そうやし」
ぐうの音も出ないとはこのことか。
だが不器用だと言われても構わない。俺の仕事は魚を捌くことではなく、この干物をいくらで売り、どれだけの魔族を食わせるかを弾き出すことだ。
『焼く』『煮る』しかなかったこの世界に、『旨味の凝縮』という概念を持ち込めば、高単価で取引できる『輸出戦略商品』になるだろう。
そうだ海ならあれがあるはず。
俺は手の空いている子供の魚人に声を掛けた。海に生えている藻で伝わるだろうか? わかめや昆布などの海藻を探して貰った。
数種類の海藻が手に入ったので、後は毒の有無やら摂取可能かを調べるだけだが、果たしてアルラウネたちは海の草にも詳しいんだろうか?
やがて出来上がった干物の試食会が始まった。
干物は総じて味が濃いので白いご飯が恋しくなる。稲はこの世界にもあるだろうか。見つかったら水田を造ろう。
「ねえ宰相さん、養殖が成功するには日が掛かると言う話だったわよね」
「ええその通りです。成功したとしても、魚が成長して出荷できる大きさに育つまで二~三年ほど必要ですからね」
いま話したのは完全養殖の話だ。これより前の段階では、人工受精させて稚魚まで育成。その後放流して漁獲量を上げる方法も伝えてある。
「そんなに掛かるのね。そしてそれを知らないまま、無尽蔵に魚を獲れば、海から魚が消えてしまうのね」
「はい。俺がいた世界では獲りすぎて絶滅してしまった動物や魚が沢山いました」
「今後はこのようなことが無いよう、漁獲量を決めて獲るように徹底します。
それでどのくらいが適正か宰相さんの意見が聞きたいのだけど……」
「難しい質問ですね。魚の種類によっても変わりますし……
一度に獲りすぎないことはもちろんですが、俺がいた世界だと小さいものが獲れてしまった場合、海に返すこともしていましたよ」
「魚介ごとの管理が必要なのね、遠く果てしない道のりだこと」
「諦めますか?」
「いいえ諦めることはもう出来ないわ。だって見て頂戴、皆、干物の美味しさを知ってしまったのですもの。養殖をやらなかったらあっという間に魚がいなくなってしまうわ」
言われるまま周りを見渡す。
干物だけでこの騒ぎだ。これに酒や米が入ったらどうなることか。
「ブリッタさん、長い道のりですが俺の知る限りの知識を教えます。頑張りましょう」
「も・し・か・し・て~あーしの出番だったりする?」
いつから聞いていたのやらティルデが横から顔を出してきた。
心のうちなので本音で話そう。胸に抱かれるのは大歓迎だ。ファニーらと違い膝枕なんていう中途半端な選択肢が無いティルデは最高だ。
しかしどうしてだろう、先ほどから雲行きが怪しい。
何がって、ティルデが『夢操作』の魔法の真骨頂はやはり眠っているときにこそあるって主張し始めたのだ。
添い寝……、たまにはいいがどうせなら胸に抱かれたいな。まあセクハラ呼ばわりされるわけにはいかないので素直に従うけどさ。
「えーとどうしたら」
ベッドに乗る男女二人。DT丸出しの台詞に聞こえるのはどうかご容赦願いたい。
「はーいこっちきてー」
手を広げて俺を誘うティルデ。言われるまま身を任せると彼女は俺の頭を胸に抱いて横になった。
こ、これは!?
触っても……、……ぐぅ。
……気づいたら終わっていた。
一瞬で眠らされ、『夢操作』によって映像化。ただし俺に意識が無い状態なので見せる映像はティルデの自由自在。テレビでちらっと見ただけの映像でさえ引き出せるようで、かなり詳細な養殖の方法が出てきたらしい。
「流石にプライバシーの侵害なんだが……?」
「いちおー養殖のとこしか見てないから安心してっ
それから~(あーしので良ければ触っていいよ)」
やっぱこの子は夜魔だわ。
……ふぅ。危なかった。
『夢操作』にあそこまでの能力があったなんて。彼女主体の知識の引き出しが、もしサツマイモや干物の記憶を超えて、俺の脳内PCの『隠しフォルダ』の内容にまで及んでいたら、俺の『社会的信用』が大暴落するところだった。
……ティルデ、お前『養殖のとこしか見てない』って言ったな?
嘘じゃないだろうな?
その思わせぶりな『触っていいよ』は、俺の理性の限度額を試して楽しんでるだけだよな。『隠しフォルダ』は絶対に見てないよな!?




