第2話 最初の書簡
書簡は、午前の配達便に混じっていた。
ザールフェルト公国河川局の事務室。朝八時。机の上に積まれた公文書の束──予算書、工事報告、上流域の水位記録──の中に、見慣れない封蝋の書簡が一通。
赤い封蝋。グラーフェンベルク辺境伯領の紋章。宛名は「主任河川技師ニコラウス・ヴェーバー殿」。
辺境伯領からの技術相談は珍しくない。国境沿いの領地から問い合わせが来ることは時折あった。大抵は領主の署名で、内容は「堤防が壊れそうなので見てくれ」という漠然とした依頼だ。工法も材料も指定がない。「何とかしてくれ」。それだけ。
封を切った。
便箋は上質だが飾り気がない。筆跡は、整っていた。一字の乱れもなく、けれど硬すぎない。几帳面な人間の字。帳簿をつけ慣れた人間の字だ、と思った。筆圧が均一で、インクの濃淡がない。一画一画を同じ力で書いている。
差出人の名。カタリーナ・フォン・グラーフェンベルク。辺境伯夫人。
夫人。
(……領主ではなく、夫人から技術相談?)
十四歳で河川局に入り、二十年近く技師をやってきた。貴族の領地を何十も訪問した。堤防を見て、設計を描いて、助言をして、帰った。技術相談の差出人は常に領主だった。夫人からは初めてだ。
◇
質問が三つ。
一つ目。堤防の石積み工法について。「在来工法では増水期の水圧に耐えられない箇所がある。目地の充填材を変えるべきか、それとも石の積み方自体を変えるべきか」。
二つ目。水門の開閉タイミングについて。「上流村との水利協定が制約になっている。協定の範囲内で最適化する方法はあるか」。
三つ目。護岸の点検頻度について。「渇水期に膝まで浸かって目視点検をしているが、見落としやすい箇所の判定基準があれば教えてほしい」。
手が止まった。
渇水期に。膝まで浸かって。目視点検を。
──している。
貴族の夫人が。
もう一度読んだ。「在来工法」。「水利協定」。「膝まで浸かって」。三つの質問は全て具体的で、実務経験に基づいていた。教科書から引いた語彙ではない。現場で覚えた語彙だ。
石積みの「目地」の問題を知っている人間は、目地に触ったことがある人間だ。水利協定が「制約」になっていることを把握している人間は、水門の運用を自分でやっている人間だ。渇水期に「膝まで浸かって」いる人間は、泥の中に立って、冷たい水の中で指先の感覚を頼りに護岸のひびを探している人間だ。
これは素人が本を読んで書いた手紙ではない。
書簡の末尾。
『素人の私には難しい問題ばかりですが、ご助言いただければ幸いです。カタリーナ・フォン・グラーフェンベルク』
素人。
(この質問を書ける人間は、素人ではない)
◇
返信を書いた。
三つの質問それぞれに、技術的な回答を丁寧に記した。石積み工法の改良案、二重構造にして外壁と裏込めを分離する方式。水門運用の最適化手法、季節ごとの水位変動を三段階に区分し、各段階で開度を変える方式。護岸点検の判定基準、目地の変色、石の微動、水の湧出を見るべき三箇所。
図を添えた。数値を入れた。参考文献を挙げた。技術報告として、過不足のない回答になったはずだ。
書き終えた。封をしようとした。
手が止まった。
何か、もう一言、書きたかった。技術の回答とは別の、何か。「よくやっていますね」とか。「お一人でそこまでなさっているのですか」とか。「膝まで浸かるのは危ないから、せめて二人で行ってください」とか。
書けなかった。
平民の技師が、貴族の夫人に私的な言葉を書く立場にはない。公式の技術相談に対する公式の回答。それ以上は、身分が許さない。
(……身分、か)
十四歳で河川局に入った時から、身分の壁は分かっていた。技師は技術で仕える。技術以外の言葉は、必要ない。
封をした。投函した。
事務室に戻って窓の外を見た。公国の河を流れる水が朝日に光っている。あの水は下流に向かって流れ、やがて国境を越え、隣国の河に合流する。
隣国の辺境伯領に、一人で堤防に入る夫人がいる。
会ったことはない。筆跡しか知らない。けれどあの質問を書いた指先が、泥に触れている指先が、頭の隅から消えなかった。
◇
返信が来たのは二週間後だった。
二枚。一枚目は技術的な追加質問。石積み工法の具体的な施工手順の確認。二枚目に、図面が添えてあった。
手書きの断面図。護岸の石積みを正確な寸法で描いたもの。石の配置。目地の厚さ。充填材の種類。全て数値入り。線が正確だった。定規を使っている。測量の基礎がある人間の図面だ。
『試験施工を行いました。素人の判断ですが、充填材をモルタルから石灰混合に変えたところ、排水性が改善されたように見えます。強度が十分か確信が持てません。ご意見をいただければ幸いです』
目を疑った。
回答を受け取って二週間で試験施工をして、図面を描いて、結果を報告してきた。しかも充填材の変更は、正しかった。私が回答に書いた改良案の核心だ。「石灰混合にすれば排水性が向上する」と書いたのを、この人は二週間で実践に移した。
それを「素人の判断ですが」と書いている。
(この人は、)
ペンを取った。返信の途中に、技術報告とは無関係な一文が混じった。
『この設計を一人で考えたのですか』
書いてから消そうかと思った。公式書簡の作法に反する。技術相談に私的な驚きを混ぜるのは、技師としてあるまじきことだ。
消さなかった。
封をした。投函した。
◇
それから五年間、書簡が続いた。
堤防の設計。水門の運用。石材の強度。護岸の点検。季節ごとの水位変動。上流村との協定交渉。技術の話が九割を占めた。
残りの一割、末尾に一行だけ添える言葉。
「ご不明な点がございましたら何度でもお問い合わせください」
「ご判断は正しいと考えます」
「どうかお体を大切に。貴方が倒れたら、あの堤防を守れる人間がいなくなる」
「素人の仕事では、決してありません」
「ご自身の功績を過小に評価なさらぬよう」
全部、言いたかったことの、影だ。
本当は「会いたい」と書きたかった。「貴方は一人で背負いすぎている」と書きたかった。「名前を呼ばれるべきだ」と。
書けなかった。五年間、一度も。平民の技師に、言う資格はなかった。
◇
二年前。辺境伯領の堤防視察に行った。
朝五時。河川敷に一人の女性がいた。膝まで泥に浸かって、護岸の石積みに手を触れていた。日が昇りきる前の薄明かりの中で、背を丸めて、一つ一つ目地を確かめている。息が白い。指先が赤い。
五年間、書簡でしか知らなかった人がそこにいた。
声をかけようとした。舌の根が乾いて、言葉が出なかった。
(この人は五年間、毎朝こうしていたのだ。一人で。夫がいない朝に。泥の中に立って)
何十もの領地を見てきた。有能な妻が名前も呼ばれずに領地を回している家を。声をかけたかった。「あなたの仕事は見えている」と。けれど言えなかった。平民の技師が貴族の妻に声をかける立場にはなかった。
だから、声ではなく、形で示した。
その日の成果報告書に一行だけ書いた。
「本事業の設計はリンデン伯爵家顧問カタリーナ殿の設計に基づき、」
名前を書いた。公式文書に。設計者として。
声をかけられないなら、名前を刻む。
それが、最初の書簡を受け取った朝から五年間、私にできた全てだった。




