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黄昏時、俺は生きた  作者: 田中ソラ
第三章 感情
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第三十八話 取り戻したかった日常なのに

「あれ? 俺なんでここに……」


 気がついた時、俺は見覚えのある部屋にある見覚えのあるベットに寝転がっていた。


「俺は、あの時」


 あの時、あの瞬間、志春に刺されて死んだはずだ。


 なのに俺は生きている。体のどこにも刺されたような傷はなく、普通の体だった。


「ここは、俺の部屋だよな」


 見覚えのありすぎる家具達。ベットだって布団だって、俺が選んだものだった。


 制服だってかかっているし、鞄だってある。


「顔っ!」


 もしかしたら俺の顔じゃないかもしれない。俺はそう思い、すぐに部屋を出た。


「家」


 見覚えのある構造だし、何より……。


「おふくろっ……!」


「あら、おはよう、水谷」


 アルファに体を半分喰らわれ、見るも耐えない姿で死んでいたおふくろが生きていた。


「っ」


「まあ。どうかしたの!?」


「いや、なんでもない……」


 俺は心配そうな顔で俺を見ているおふくろに涙が止まらなかった。


 生きてる、俺の大切な母親が生きている。


「怖い夢でも見てしまったのね、よしよし。顔を洗ってらっしゃい、ご飯でもできてるわよ?」


「あぁ、分かった」


 俺は半分放心状態で洗面所へ行った。


 何も変わってない、アルファが出現する前の家。


 歩くとギシギシなる年季の入った床。


 少し汚れた茶色の扉。


「っ」


 何も変わらない、俺が取り戻したかった日常の一ページが広がっていた。


「俺の、顔」


 鏡を見ると顔も変わっていなかった。


 ぼさっとしている黒髪も、母親譲りの灰色の瞳も何一つ変わっていなかった。


「どうしてだろ」


 酷く安心して、涙が止まらない。


「水谷ー? 急がないと遅刻しちゃうわよ?」


「あ、あぁ……」


 ばしゃばしゃと顔を洗い、俺はリビングへ戻った。


「……水谷、大丈夫なの?」


「え」


「ぼーっとしてるし水谷らしくないわ。体調悪いの?」


「いや……」


「今日学校お休みする?」


「いや、大丈夫」


「そう? 無理しちゃ駄目よ」


「あぁ。それよりもさ、今日って何日?」


「もう、頭回ってないの? 今日は“七月五日”よ」


「は」


「本当に大丈夫なの? お母さん心配よ」


「大丈夫。まだ寝ぼけてるだけだからさ」


「そう?」


 七月五日といえば、アルファが出現する五日前だ。


 俺は、過去に戻っているのか?


「そうそう! そろそろお父さんが出張から帰ってくるのよ! お土産楽しみね~」


「あぁ」


 そう。この日に親父がそろそろ帰ってくるって聞かされた。


 あの頃の俺と、心情が全く違う。


「ご馳走様。着替えてくる」


 俺はおふくろに一言声をかけ、自室へ戻った。


「この制服も、今じゃ懐かしく感じるな」


 少し皺のついた制服。


 シャツに腕を通し、ズボンを履く。


「冷夏、衣月……」


 ここには、あの二人はいるのだろうか。


 もしかしたら死んだ俺しか、ここにいないのかもしれない。


 五日後には恐らくアルファがここ、日本へ出現するだろう。


 どうすれば止められる? どうすれば皆を死なせずに済む?


 俺の頭の中はそれで埋め尽くされた。


「いってらっしゃーい!」


「いってきます」


 一人、通学路を歩きながら考える。


 この道も、歩いている小学生も五日後にはぼろぼろになったり死ぬ。


「守るよ」


 「おはよう」と小学生に声をかけながら、俺は高校まで歩いた。



「水谷、おはよ!」


「はよ」


 教室に入ると、変わらないクラスメイトの姿がそこにあった。


 ざわざわしている教室、走って委員長に注意されている同級生。


 どれも、とても懐かしく取り戻したい日常の一つだった。


「どした? なんか元気ないぞ?」


「なんでもねぇよ。それより、何だ?」


「そうそう! 今度さ、合コンあるんだけど水谷どう?」


「そういうのはいい」


「ちえー。水谷、イケメンだから来ると盛り上がるのによー!」


「悪いな。そういうのは苦手なんだよ」


 教室を見渡すと、俺よりも早く登校していた冷夏の姿がなかった。


「いない、のか」


「え? 誰が?」


「……好きな奴」


「え!? 水谷に好きな人?」


「「「えーーーー!」」」


「うわ」


 一気に騒ぎ立てられた。


「ねえ、誰々!? このクラスの子!?」


「さぁな」


「ちょー気になるんだけど!」


 俺は囲むクラスメイトから抜け出し、机の上に鞄を置き、椅子に座った。


「河野くん、おはよう。大変なことになったね」


「まぁな」


 いつも挨拶をしてくれる隣の席の女子生徒。


 あの頃は鬱陶しいと思っていたけれど、今はそれも懐かしい。


「ねぇ、河野くん。好きな人って……」


「悪い。その話は後で」


 俺は話しかける女子生徒を制し、教室を出た。


 親友、鏡衣月とはクラスが違うかった。


 冷夏がいないってことは衣月もいないだろうけど、確認のため教室へ行く。


「……いねぇ、よな」


 教室には衣月の姿はなく、こちらを見る女子の視線がただ痛いだけの教室だった。


 ここにあの二人は存在しない。


 想像はしていたけれど、ショックは大きかった。


「……河野、河野!」


「あ、はい」


「ぼーっとするな! そんなに俺の授業がつまらないか!?」


「せんせー、違いますよー! コイツ、好きな人のこと考えてるんっすよー!」


「何!?」


 久しぶりに感じる授業。だけど頭に何も入ってこなかった。


 昼間の空を、俺はじっと見つめていた。


 望んでいたはずの日常なのに、取り戻したかった日常なのに。


 心にぽっかり穴が空いていて、寂しかった。




「偉大だったんだな、冷夏や衣月は」


 家に帰り、一人そう呟く。


 俺の心の中で大きな存在感があり、大切だった二人。


 二人がいない日常は、取り戻したかった日常じゃない。


 幸せだけれど、アイツらがいないと意味がない。


「戻りたい。俺、アイツらがいないと無理だっ」


 俺が苦しいとき、傍にいてくれた冷夏が。


 からかいながら俺のことをずっと支えてくれた衣月が。


 愛くるしい笑顔や行動で俺を癒してくれた春が。


 沢山の知識で、俺と一緒に作戦を立て、協力してくれた生見さんが俺には必要なんだ。


 俺は幸せよりも絶望を取る。


 だって仲間がいるから。仲間がいないと、俺は何もできない。


 神様頼む。


 仲間がいる世界へ、戻してくれっ。

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