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異世界冒犬譚2  作者: さくら
交差
24/24

5話

 迫り来るいくつもの女子高生の生足を避けながら俺は廊下を走り抜ける。上を見上げればきっとそこは楽園なんだろうが、今はそれどころじゃない


俺の目的はラグと呼ばれたあの猫を追いかけることだ。すでに姿は見えないが、俺の鼻は奴を捉えている。匂いは階段。そして階下へと続いている


階段。そう俺にとって鬼門とも呼べる階段を前に俺は勢いをつけたまま飛び込んでしまった。というか、止まる暇もなかった。車は急には止まれない。犬も急には止まれないのだ。慣性の法則ってやつだ。多分


だが、後悔しても遅い。一段下がるごとに襲いかかる地面。足が短いというだけで、階段は恐ろしい牙を俺に向けてくる


足が短いってだけでこんな扱いを受けるのは理不尽だ。今のご時世バリアフリーを導入してしかるべきだと思う



——もっとコーギーに優しい世界を



現時点ではコーギーに優しくないこの世界で、俺は生きていくしかない


というか、止まったら終わる


ここでスピードを緩めればどうなるかは想像に容易い。下ることも上がることも出来ず、階段に佇む哀れなコーギーに俺はなるわけにはいかない


これはあれだ。スノーボードの要領だ。


初心者は立つのに苦労するが、慣れると比較的早い段階で滑れるようになる。そして転ぶ回数が少なくなり、勢いに乗って中級者コースへと移動する


だが、初級コースでは滑れたはずが、中級者コースにいくと途端に転びまくるのだ。体重移動とブレーキを下手なりに身につけた初心者にとってこの壁は不可解かつ難解だ


だが、答えは簡単だったりする。


初級者コースと中級者コースの違いは傾斜だ。傾斜が変わるという事はその分スピードが乗るのだ。そのスピードに慣れていない初心者はそこで尻込みをし、転んでしまう


なら、どうすれば良いか?


これも簡単だ。恐れずにスピードに乗れば良いのだ


もはや自分で何を言っているのかすらよくわからないが、要はアレだ


スピード落とさないでさっさと降りきっちゃえば良いって事だ!


「え!?」

「キャッ!!」


茶色い塊が猛然と階段を駆け下りる様を見た女子高生達が驚きの声と共に俺を見るのがわかる。異性からの視線を感じ俺のやる気にも火が灯る


「犬? 逃げ出したの?」

「捕まえた方がいいんじゃない?」


そっちかい





 匂いを辿って行き着いたのは、校舎裏の茂みだった。多くの樹木が無造作に生えており、フェンスの向こうには畑が辛うじて見える


なるほど、ここなら人目につかないから、良からぬことを企て易いということか


だが、俺の目が黒いうちはそうはさせない


茂みに入った俺は慎重に歩を進める。この体になってから、こっそり近づくのが得意になったのだが、今回は状況が違う


相手が人間だけならともかく、今回は猫がいるのだ。無防備に近づけばすぐにバレる可能性がある


草木の揺れも起こさないほどに慎重に進んでいくと、前方から話し声が聞こえた


俺は身を固めてその様子を伺った


「誰も見てないよね?」


『大丈夫にゃ。でも……』


「どうしたの?」


『今回の出撃は何かおかしいにゃ』


「え?」


『ノイズの混じった通信なんて初めてにゃ。今までこんなことなかったにゃ』


「そう言われればそうだけど…… 野口さんじゃなくてオペレーターの人みたいだから慌ててたのかも」


『今まで野口以外が通信してきたことなんてないにゃ』


「ラグはあの通信が罠だって言いたいの?」


『その可能性もあるにゃ』


「でも、この通信が傍受されることはないって中村さんも言ってたし」


『そうにゃ…… この通信は特殊なニャーゴ波で送られているから傍受するのは不可能にゃ』


何を喋っているのだろうか? 通信が傍受されてなんちゃらとか言っているが、よくわからん…… 


恐らく魔法少女達も俺らと同じように指示があって変身するのだろう


その通信があったから、あの猫は柊葵と合流したのだ


これは千載一遇のチャンスなんじゃないだろうか?


変身する前に襲うのは無理だが、変身中に襲うのは有りだ


そもそも、変身前に襲うのは人目につきすぎるので断念した。だが、奴らはこうして人目のつかない場所にわざわざ来ている。変身を見られない為だろう


飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのこと


卑怯とは言わせない。戦いというのは時に非情なのだよ。死人に口なしだ


いや、殺しはしないけど


あれ? 倒すってどうやって倒せばいいんだろうか?


俺ができる事と言えばせいぜい噛み付くぐらいだ


首元に噛み付いたら大惨事になってしまう。さすがに俺も女子高生の血を見たいわけじゃない


首がダメなら足か? いや、それも微妙だ。あの白い足に俺の牙を立てようものなら、痛々しくて見てられない


と、なると噛みつきはダメか? そうなると俺の攻撃方法ってかなり限定的…… というか、なくない?


あれ? 俺ってそんなにダメな子?


ここはアシュリーを待つのが得策だろうか? きっとアシュリーならいい感じに気絶させてくれそう


「オープン」


考え込んでいた俺の耳に葵の声が届く


『罠かもしれにゃいけど、まずは変身にゃ』


「うん」


まずい、変身されてしまう。そうなっては折角のチャンスが台無しだ


だが、アシュリーはまだ来ない。どうする? どうすればいい?


「メイクアップ!」


凛とした声と共に葵の体がまばゆい光に包み込まれる


もう考えている時間はない。この場にいるのは俺だけだ。俺がなんとかしなければならないのだ


——ええいっ! 出たとこ勝負だ!


後ろ足にグッと力を入れ、地面を踏み抜く。その瞬間に俺の身体に触れていた草木がガサっと音を立てた


ラグがその音に即座に反応し振り向く。だが、振り向いてる方向が違う。そっちじゃねえ! こっちだ!


「わん!!」


「え?」


『葵! 避けるにゃ!!』


噛みつき、引っ掻き、体当たりと、あらゆる可能性を模索したが、いい考えが思い浮かばない


結局、俺は無策のまま、眩く光る葵に飛びかかった


と言っても、所詮は犬の脚力。そんなに高くは飛べない。結果として俺は葵の太もも付近に飛び込む形になってしまった


——ットス!


俺が葵の太ももにダイブしたその時、横腹に何かが当たった感触する


ラグの体当たりか? そんな非力な体当たりで俺が止められるとでも?


「キャッ!!」


可愛らしい悲鳴と共に葵と俺は倒れこむ。まさに組んず解れつと言った状況だ。なんかすごくいい匂いがする。いやそうじゃない


変身を食い止めたのはいいが、食い止めるのが目的ではないのだ


えーと、どうすりゃいいんだ? 葵が変身しようとしたわけだから隙ができる


その隙をついて俺は飛びかかったわけだが、そもそもの目的はなんだっただろうか?


というか、眠い。考えがまとまらないな。いや、愛理の為にもここは俺が頑張るところだ


えーと、なんか柔らかくてふわふわしていい匂いがする。ちょっとまぶたが重いな


よし、アシュリーが来ればなんとかしてくれるだろう。それまでの俺の役目はこの葵を拘束しておくことなんだ。そうだ


ならこのまま体で押さえ込んで目を閉じてもサボってるとは見られないだろう。うん、そうだ。そうしよう……



『葵! 大丈夫かにゃ!?』


「え、ええ…… 私は大丈夫。突然この子が飛び出してきて…… この子!? 夜桜さんの……」


『こいつが飛び出して葵を守って来れたにゃ……』


「え? どういうこと?」


『見るにゃ』


ラグは葵の膝で眠るように蹲っている犬をじっと見つめている。その腹にはダーツのようなものが刺さっている


「うそ……」


突然の出来事に葵は状況が理解できていない


唯一理解できるのは夜桜の愛犬であるポテトという犬が身を呈して自分を守ってくれたということだった


「だから、避けろって言ったのね」


ラグは肯定するように葵を見つめる


ピクリともしないポテトに葵は最悪の結末を想像し、目に涙を浮かべていた


『落ち着くにゃ! 眠らされているだけにゃ!』


「で、でも……」


『今は早くその犬を安全な場所に連れて行くのが先決にゃ』


「に、任務は……?」


『今の葵に任務は無理にゃ。こっちで連絡は取っておくから葵は早くその子を連れて行くにゃ!』


「う、うん!」






 女は小さな公園に駆け込むと周りの状況を伺い、人がいない事を確認する


一通り辺りを見廻し安全だと認識すると大きく深呼吸をし呼吸を整える


「失敗するとは珍しいな」


突如、背後から声をかけられた女は心臓が飛び出しそうになった


だが、その声に聞き覚えのあった女は大きく深呼吸をすると、何事もなかったかのように振り返った


「邪魔が入るとは思わなかったわ」


「あれが例の犬か……」


「使い魔になった犬ね。まさか邪魔をされるとは思わなかったわ」


「まさか、俺たちの計画を知っての行動か?」


「それは考えすぎじゃない?」


「それにしてはタイミングが良すぎだ」


「そうね。油断はできないわ」


「ともかく失敗は失敗だ。もうこの手は使えないぞ」


「わかってるわ。心配しなくても別のやり方でやるわ」


「次は失敗するなよ?」


「わかってるわ。もう良い? 戻らないと怪しまれるわ」


「ああ…… おい」


「なに?」


女は振り返り、男の顔をジッとみつめる


「いや、なんでもない」


女は肩を竦める仕草を見せると、再び向きを変え歩き始めた


足早に立ち去る部下の背中が見えなくなるまで、男はその後ろ姿を見つめていた

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