1話
新章となります。よろしくお願いします
「大丈夫?」
いつもの日常、いつもの食卓。そんな言葉がぴったりの家族団欒の時間がリビングでは過ぎていた。テーブルの上には沢山の唐揚げとサラダが入った器が置かれている
「うん、大丈夫だよ。心配しないで、お母さん」
夜桜愛理は心配そうに見つめる母親を心配させまいと、精一杯の笑顔で答えた
「私達もあなたの手伝いが出来れば良いのだけれど」
「そうだな。愛理にばかり押し付けてしまってすまない」
母と父が申し訳なさそうに頭を下げる
「ちょっと! どうしたの? 今更じゃない。私は大丈夫だよ。私達の地球だもん。誰かがやらないと」
「辛かったらいつでも言うのよ?」
「大丈夫だってば! そんなことより! ほら! 冷めちゃうよ?」
そう言い、唐揚げに箸を伸ばす。僅かながら気まずい雰囲気が食卓を包む
「上層部には掛け合っているんだが、この付近への増援は当面期待できないらしい」
父親の言葉を聞きながら、愛理は箸を止める事はなかった
「じゃあ、一層、私が頑張らないとだね」
「新たな魔法少女も現れたと聞いた。大丈夫か?」
新たな魔法少女。元々、魔法少女は黄色と緑色の乙女しかいなかった。だが、先日の西本市襲撃の際に新たな魔法少女が現れたのだ。赤色の魔法少女。その正体はおろか能力も不明だ
「この前、戦ったけど、よくわからなかった……」
愛理は箸を止める。「たぶん、強い」
以前、対峙した際は突然の出来事ということもあり敗北した。それは油断したことの方が大きい。だが、あの時見せた力は今まで戦ったどの魔法少女よりも強かった。まるで、両親から聞いた伝説の桃色の乙女のように……
「でも大丈夫! きっと地球を取り戻してみせるから!」
「無理はしないでね? 地球を取り戻すのはあなただけの使命ではないのよ?」
「うん、わかってる。何かあればちゃんと相談するから」
「怪我だけはしないで欲しいのが、素直な父さんの願いだが……それが難しいのはよくわかってる」
「逃げるのだけはうまいんだから!」
気まずかった雰囲気が三人の笑い声で吹き飛ばされる
「そういえば、そろそろ誕生日だな。なにか欲しいものはあるか?」
「う〜ん、考えておくね」
そう言うと、愛理はサラダの入った器に手を伸ばした
「はぁ……」
夕食が終わり部屋に戻ると愛理はベッドに倒れこんだ。お腹がいっぱいということもあったのだが、先ほどの夕食での会話を思い出して気が落ち込んでいたのだ
愛理が憂鬱な理由は二つあった。一つは新たに現れた魔法少女の存在だった。黄色の魔法少女にすら手を焼いている今、新たな魔法少女の存在は驚異でしかない。ましてや、援軍はないと父親は言っていたのだ。せめて仲間でもいれば少しは気が楽なのだが。
もう一つは誕生日プレゼントの事だった。先ほどは後で考えると言ったが、実は既に欲しいものがあったのだ。だが、そんなものをおねだりしたところで両親を困らせるのがわかっていた
愛理の家族は、今でこそ普通の一般家庭として生活しているが、元々、愛理の祖先は地球外からやってきた異世界人だった。祖父の代では地下で暮らしていたが、愛理が生まれ、物心ついた頃には今の生活を送っていた
異世界人は、はるか昔に地球へと移り住んできた。以前、住んでいた星が荒廃した為に外宇宙へと旅立ち、そして地球を見つけたのだ。祖先が降り立った頃、先住民である地球人に危害を加えようとは一切考えておらず。自分達のテクノロジーを用い、地下深くへと潜りひっそりと暮らしていたのだ
だが、物資の不足もあり、時折、地上世界に出ていた祖先達は、その際に触れた現代社会の歪さに恐怖する
——このままではかつての自分たちの星と同じように、地球も荒廃してしまう
そう考えた祖先は地球人に取って代わり、美しい地球を取り戻そうと考えた。一方でそれに反対するメンバーも現れる。結果、祖先達は穏健派と過激派へと
分裂した
愛理達は過激派と呼ばれる組織に所属しており、こうして日夜、地球奪還の為に戦っているのだ
正面からの衝突では地球へのダメージも大きいので、その活動は秘密裏に行われている。一方で穏健派と呼ばれる組織は地表へと逃げ、その姿を地球人達に公表した
結果として、穏健派が力を貸した魔法少女と呼ばれる組織と、過激派が属する秘密結社との争いに発展したのだ
日々、戦いに身を置く愛理が欲しいもの。それは弟妹だった。愛理は一人っ子で、両親も秘密結社の活動で忙しい為、普段、家には誰もいない
戦いの最中も孤独だった愛理は、せめて家では可愛い弟妹に囲まれたいと願っていたのだ
「無い物ねだりだよね……」
それが不可能だとわかっているからこそ、こうして誰にも言えない秘密として胸の中に秘めているのだ
それでなくとも両親は自分の事を気遣ってくれている。弟妹が欲しいと言ったら、困った顔をしながらも最善の努力をしてくれそうではあった。だが、何よりも重要なのは地球を取り戻す為の活動なのだ。弟妹を願えばその活動の阻害になる事は分かりきっている
「なにか欲しいもの考えておかなくちゃ……」
愛理はベッドから起き上がると、机の上に準備してあったバスタオルと着替えを持ち、部屋から出て行った
凰巣市から電車に乗り、20分ほど先にある小宮市に愛理の通う学校はある。低沖女子高等学校は県内でもトップクラス進学校だ
今年で高校2年になる愛理は普段はこうして学校に通っている
「夜桜さん。おはよう」
一人の女子生徒が声をかけてきた
「おはようございます。柊先輩」
愛理は生徒会に所属しており、生徒会長である柊葵とは親しい仲だった
「見て見て、柊先輩と夜桜先輩が並んでるよ」
「うわー、二人が並ぶと、もはや完璧だね」
「いいなぁ。何の話してるんだろう?」
二人を見て羨む女子生徒達が遠目から二人の様子を見ていた。二人は学年でもトップを誇る美貌の持ち主でもある。ましてや生徒会役員ということもあり、もはやカリスマ的な存在になっていた
「今日は生徒会に出れそう?」
学校へと一緒に歩いていると柊が聞いてくる
「はい、今日は出るつもりです」
「それは良かった。もう再来週は低沖祭でしょ? 人手が欲しくて」
「休みがちで申し訳ありません」
「あ、ごめんなさい。そんなつもりで言ったのではないの。あなたがご家庭の都合で忙しいのは皆、知っていることだもの」
秘密結社の活動は不定期に連絡があり行われる。それは、授業中でも御構いなしだ。愛理は家庭の都合という事で毎回抜け出している。周りからは家庭の為に頑張っている少女として見られているのだ
「柊先輩のクラスは何をするのですか?」
「私のクラスはペットカフェを開くと言っていたわ」
「ペット……カフェ……ですか?」
「ええ、今、猫カフェとか人気でしょ? それにあやかるみたい。クラスの何人かがペットを連れてくるみたい。もちろん連れ込みも平気よ。夜桜さんのお家ではペットを飼っているの?」
「うちは……いません」
「そう……予防接種の診断書を提示すれば連れ込みも自由みたいだから、もしご家族でいれば声をかけてみてね」
「わかりました」
「それじゃあ、私はこっちだから、また放課後ね」
「はい」
校門をくぐると柊は別の校舎へと向かっていく。低沖女子は各学年で校舎が分かれている
「ペットか……」
弟妹は無理でもペットならばいいのではないだろうかと愛理は考える。だが、生き物を飼うという事は命を預かるという事だ。おいそれと飼っていいものではない
「文化祭か……楽しみだな」
——キーンコーンカーンコーン
HR開始十分前を知らせるチャイムが鳴り響く。愛理は足早に教室へと向かった
授業が終わり、久しぶりの生徒会活動を行った愛理はいつもより遅い帰路へと着いていた。遅いと言っても夕方程度なので、暗くはない。いくら文化祭前と言えど、低沖女子校では日が暮れる前での帰宅を推進している
今日は母親が秘密結社への定期報告がある為、帰りが遅い。その為、夕飯の支度を愛理がする必要があった。途中のスーパーで買い物をした愛理はレジ袋を抱えて、帰り道を歩いていた
公園に差し掛かり、家が近づいてくる。すると、公園の入り口でランドセルを背負った女の子が一人泣いているのに気がついた
なぜこんなところで泣いているのだろうか。疑問と心配から愛理は自然と歩くスピードを上げていた
「どうしたの?」
愛理はなるべく驚かせないように、少女に声をかける
「ひっ……ひっく」
「迷子になっちゃったの?」
愛理の問いに少女は首を大きく振った
「わんちゃんが……お家じゃ飼っちゃダメだって……ひっく」
わんちゃん? 捨て犬だろうか?
「わんちゃんがいるの?」
少女は無言で頷いた
「でも、飼っちゃダメだって……ひっく。 わんちゃんひとりぼっちだから……うぇ〜ん」
思い出して感極まってしまったのだろう。少女は大粒の涙を流した
「うん、そっか。そのわんちゃんは近くにいるの?」
「うん、こっち」
ぐいっと腕で涙をぬぐった少女は公園の中を指差した。冷静に考えれば、見た所で愛理にどうする事もできないのだが、それでも愛理は少女の後をついていった
公園の隅にある遊具の一つ。滑り台の下にあるドーム状の中を少女は覗き込んだ
「わんちゃん」
愛理もそれにつられてドームの中を覗き込む。するとそこには可愛らしい犬がちょこんと座っていた
「コーギー?」
見た事のある犬種に愛理は誰に言うでもなく呟いた
「わん!」
すると、そのコーギーはゆっくりとこちらに近づいてきた
「かわいー」
少女は先ほどまで泣いていたのが嘘のような笑顔でコーギーの頭を撫でた。かなり大人しい性格なのか、少女の前へとやってくるとその場に座り、されるがままになっている
「捨て犬なのね。どうしよう……」
「お姉ちゃんの家で飼える?」
少女がこちらを覗き込むように見上げる。犬も何かを期待するようにこちらを見つめていた
「うーん。難しいか……な?」
聞いてみないとわからないが、犬など拾った事は今までにないのでよく分からない
「そっか……」
少女は目を伏せてしまった。コーギーもそれに同調するように顔を伏せる。そして、まるで自分の事は大丈夫とでも言うかのように、のそのそと奥へと引っ込み丸まってしまった
「でも、聞いてみればもしかしたら……」
なぜ、そんな事を言ってしまったのかは分からない。だが、少女とコーギーの顔を見ていたらそう言わねばならないような気がしてしまったのだ
「ほんと!?」
少女はまるで花が咲いたような笑顔をこちらへと向けてきた。それと同時にコーギーもパッと顔を上げてこちらへ小走りで近づいてくる。まるでこちらが言っている事を理解しているかのようで、愛理は思わず吹き出しそうになる
「うん、ダメだったら、一緒に里親を探そう?」
「うん!!」
少女と犬の満面の笑みに愛理は満たされた気分になっていた
安請け合いしてしまったかと後悔の念を感じながら、愛理は家へとたどり着いた。玄関前に着き後ろを振り返ると、数歩離れた後ろにはコーギーがちょこんと座っている
まるで、何が起きているかを理解し、恐縮しているかのような姿になぜか愛着が湧いてしまう
「大丈夫。ダメでも見捨てたりしないから……おいで」
そういうと、トコトコとこちらに近づいてくる。その姿がまた愛くるしかった。こんな可愛い犬を捨てるなんて、なんてひどい飼い主なのだろうかと、憤りさえ感じた
ガチャリと音を立て玄関が開く。視線を落とすと父の靴があったので、既に父は帰宅しているようだった
「ただいま」
「おかえりー」
リビングから優しい父の声が返ってくる
「早かったね」
靴を脱ぎながら顔の見えない父親に言う。その間も愛理は父になんて切り出したものかと思案していた
リビングに入るとソファに寝転がっている父がいた
「この付近に打ち合わせがあってね。そのまま帰ってきちゃったよ」
本を見ながら言う父を横目に愛理は荷物をテーブルへと置く
「お父さん」
「うん?」
犬を飼ってもいいか? その言葉がうまく出てこない
「どうしたんだい?」
愛理の想いを察した父は本を置くと、ソファから立ち上がる
「あのね。無理なら無理でもいいんだけど。その……」
「うん」
「犬とかって、飼っちゃダメかな……?」
「犬?」
「うん、そこの公園に捨てられてて、かわいそうで……」
「拾ってきたのかい?」
「うん。あれ?」
振り返り、コーギーを見せようとするが、肝心のコーギーはいなかった
「え?」
慌てて、玄関へと戻るがいない。急いで扉を開けると玄関先でおとなしく座ったままのコーギーが見えたので、ほっと胸を撫で下ろす
「びっくりした……いなくなっちゃったのかと」
「その犬かい?」
「うん。だめ……だよね?」
「う〜ん……おいで」
父は悩みながらも玄関に座り込むと、手を広げ犬を呼ぶ。すると犬は腰を上げ、父に近づいた
「大人しい犬だね」
「うん」
「可愛いじゃないか」
「うん」
「母さんがなんていうかな」
「うん……」
父は両手でコーギーを撫でながら、少しの沈黙が続く
「父さんからも聞いてみてあげるよ」
「ほんと!?」
「母さんも犬が嫌いってわけでもないし」
なんの根拠もない言葉だったが、それでも父親が味方についてくれたことにホッと胸を撫で下ろした
「ただいま〜」
愛理は母親の声に体がびくりとなり固まる。これから起こる未来が想像できずに緊張しているのだ。だが、父もいるのだ、きっと大丈夫と椅子から立ち上がり、扉を開けて入ってくるであろう母を待ち構える
「はぁ、疲れた〜」
ガチャリとリビングの扉が開かれ、母の顔が見えた
「え? ど、どうしたの?」
父と自分が立って出迎えたことに面を食らった母親が困惑したような表情で見つめてくる。そしてその視線は愛理の足元へと注がれた
暫くの沈黙がリビングに流れる
「かわいー!」
想定外の黄色い声に愛理は何が起きているのかを認識できずにいた
「え? どうしたの? これ?」
その場に座り込み、母が手を広げる。それを見た犬は、のそのそと母に近づく。母は両手で犬の体を撫で回していた
「そこの公園に捨てられてて……」
「公園に!? 信じられない!!」
「可哀想で見てたら、ついてきちゃって、その……」
「飼うの?」
「え?」
母が口に出した言葉に思わずきょとんとしてしまう
「飼わないの!? 捨てるの!?」
「え? あ、えっと、飼う?」
了承を得るはずの対象からの思わぬ質問に愛理はどうしていいのかわからない
「母さんが問題ないなら飼ってもいいかなって」
それを見ていた父がフォローしてくれる
「お世話はできるの?」
「うん、私がちゃんとする」
「愛理は任務で忙しいこともあるだろう。そんな時は父さんが面倒をみるよ」
「そう、わかったわ。私も出来る限り手伝うわね。さて、お腹すいちゃった」
そう言いながら母はテーブルに荷物を置く。反対されるかもと思っていた事実が予想外にうまくいきすぎて、愛理は未だに状況が把握できずにいた
「あのお父さん! お母さん……そのありがとう」
「いいのよ。いつもいつも愛理には迷惑かけてるし。たまには娘のわがままぐらい聞いてあげるわよ」
にこりと笑いながら母親が言う
「ありがとう……」
愛理はその場に座り込み、コーギーの顔を両手で挟み込む
「これから、よろしくね! あ、名前考えなくっちゃ」
「わん!」
まるでお礼を言われたかのように鳴いた犬を見て愛理は驚くがすぐに満面の笑みを返した




