調査完了
お待たせして申し訳ありません。
他サイトで別作品の投稿をしていたので、約1カ月ぶりの更新になります。
これからは更新速度を上げていきたいと思うので、宜しくお願いします。
ーー調査完了の報告。
レーニャの告げたそれは、ただでさえ不自然なほど話が噛み合わず、どこか異様な雰囲気と化していた執務室に新たな火種をもたらした。
新たな情報によって周囲が混乱に陥る中、当の本人であるレーニャは周囲に一礼して、依頼者で彼女の主であるカサンドラにそれなりの量がある報告書を渡す。
カサンドラはレーニャから受け取った報告書を速読する要領で、それなりに分厚かった報告書をわずか10秒足らずで読み終えた。報告書に書かれたことに満足したのか彼女の口元が緩んでいる。
「よくやったわレーニャ。貴方の報告書は完璧。これは貴重な手がかりになりそうよ」
「ちょっと待ってくれカサンドラ嬢!みんなが話についてこれていない。すまないが、わかりやすく説明してくれないか?」
カサンドラに食いつくように反応したのは、空気と化していた伯爵だ。どんどんもたらされる情報に伯爵や他の人はついてこれていなかった。
呼びかけられたカサンドラはようやく周囲の様子に気づいたのか、気まずそうな表情になる。
「申し訳ありません、少々我を失っておりました」
「いや、それは構わないよ。それよりその報告書には何が書かれているんだ?」
伯爵はカサンドラから受け取った報告書を読むと、その書かれた内容に思わず表情が固まった。
レーニャの報告書にはここ数年の伯爵邸の出入り記録、人事、領地で広がっている噂などが事細かく記されていた。
しかも情報の正確さもさることながら非常に読みやすい文章で要点を簡潔にまとめている。量・質共にその完成度はそこらの文書よりも遥かに凌いでいた。僅か1日でつくられたものとは思えない代物。たとえ王都の文官が数日かけてもこのクオリティほどのものは書けないだろう。
震えた手でなんとか読み終えた伯爵はたった1日で正確な情報を入手しつつ、完成度の高い資料を作成したレーニャに感嘆した。
(僅か1日でこのクオリティだと……⁉︎カサンドラ嬢が並大抵の存在ではないと分かっていたが、まさかメイドまでとは。この報告書の出来もそうだが、メイドとしての技量も一流。明らかに一介のメイドのレベルを超えている。報告書作成に関してはそこらの官僚よりよっぽど有能だ。もはや彼女は才女なんてありきたりなものではない。あれはーー鬼才だ。)
だが伯爵の表情が固まったのはそれらが原因ではなかった。
伯爵の目に止まったのは報告書に記されたある一文。それはよく見なければ見逃しそうになるほど短く、何気ないもの。だが事情を知っている者にとっては信じられないことだった。
報告書にはこう記されている。
【リチウム・マグネス、前日の夜にとある場所に向かったまま消息不明となる。死亡説あり。】
ここに記されているのはあくまでも噂として、だ。
この噂が広まったのは四年前。丁度レイナードが新しい家庭教師と出会った年と合致していた。しかもその噂はあの家庭教師が来る前に広まっている。誤報の可能性もあったが、それ以降、マグネスの目撃情報がないことが信憑性を高めていると報告書に記述されている。
しかしながらこの噂にはいくつかの疑問点が存在する。まず伯爵家に何の連絡がいっていないという点。本当に消息不明ならば伯爵家に連絡が来るはずだ。すでに家族に先立たれたマグネスは一人で暮らしていたが、手伝いとして使用人がいたのだ。使用人の生存は確認されており、何かしら事情があったとしても、連絡が全くないことはありえなかった。
次に、何故屋敷の者はマグネスが行方不明になっていることを知らなかったのか。伯爵邸には使用人だけでかなりの人数がいる。いくら住み込みで働いていても商人が屋敷に来たり、使用人自ら市場で買い物したりすることもあり、外部との接触が全くないことはありえない。当時、多くの民はマグネスの行方不明について噂していた。もし民が屋敷勤めの人間に気遣って話を振らなかったとしても、100人近くいる屋敷の人間が噂について何も知らないのはあまりにも不自然だ。……或いはただ単に何も憶えていないのか。
「どういうことなんだ……」
改めて情報を確認するたびに、不気味さが明らかにになっていく。
伯爵の顔色が悪くなるのは仕方のないことだ。カサンドラは伯爵に同情した。
伯爵が、いやこの事を知った屋敷の人間全員がこう思っただろう。
もし、本当にマグネスが行方不明ならば。
では屋敷に現れたマグネスは一体誰だったのか、と。
時は前日に遡る。
レーニャを馬鹿にしたレイナードを決闘で破ったが、今の私の気分は晴れ晴れしたものではなかった。
むしろ頭の中にモヤモヤが渦巻いて少し憂鬱だ。原因は分かっている。彼に対して抱いたひとつの疑問がずっと私の頭から離れないからだ。
何故レイナードはあそこまで極端な男尊女卑主義だったのだろうか。
男尊女卑主義が異常ではない。むしろ昔は殆どの人間が男尊女卑主義者でそれが当たり前の常識だった。
しかし今日の我がミルム王国では男尊女卑主義は殆ど見られない。その主な要因は男女平等政策の成功による王国の発展だ。
現国王である陛下が打ち出した男女平等的政策は当初非難が多く、貴族達は王に不信を抱き陰で愚王と揶揄していた。
だが現在世界中で支持されている王妃を筆頭に優れた女性が社会に進出し、経済や福祉など様々な分野が著しい成長を遂げたことで次第に男尊女卑を唱える者は減少していき、今では陛下は王国の中興の祖と呼ばれるまで讃えられるようになった。そして残った少数派の男尊女卑主義の過激派も我が父の計画に関与していたことで父の失脚とともに彼らも断罪された。
これらの不祥事の影響で現在の王国では男尊女卑主義はほぼ廃れることになった。特に男女平等政策の恩恵で経済や治安など急激な発展を遂げた王都では男尊女卑主義者への風当たりが強く、男尊女卑主義者は王国内の膿の象徴、または異端であると嫌悪し、酷い場合は処罰された男尊女卑主義者だった貴族が一般市民にリンチされるなど過激な反応が多数を占める。尤も私はそれは少々行き過ぎな気がすると感じてるけど。
話を戻そう。王都の件は例外としてもこの国は時代とともに男尊女卑を忌避していっている。それは地方も同じだ。レイナードはこのような環境で自発的に男尊女卑に目覚めたか、或いは誰かに入れ知恵されたのか。
そもそも伯爵はこのことを知っているのだろうか。知らないならば忠告すべきだと思うけど、もし知っていてあえて放置しているなら判断に迷う。
それに本来ならこれは伯爵家の問題であり、私のような部外者には関係ない話だ。お節介だということも理解している。
だが伯爵家は私を罪人としてではなくまるで家族のように接してくれた恩がある。今後も関わるであろう家に災難が訪れる可能性があるのに見て見ぬふりは今の私には難しい。
どちらにしろ伯爵に会ったら一度聞いてみるしかなさそうだ。
「おやカサンドラ嬢じゃないか」
部屋に戻りながらそんなことを思っていたところでまさかの伯爵に遭遇。いくらなんでもタイミングが良すぎでしょ。しかし聞くには絶好の機会だ。
「伯爵様。突然こんなことを申すのは失礼かもしれませんが、伯爵子息のレイナード様は男尊女卑主義者ではないでしょうか」
私のド直球な質問に伯爵は面喰らう。いきなり自分の息子に男尊女卑主義者疑惑がかけられたのだから当然だろう。明らかにこちらの無礼だが伯爵はそれを咎めず、笑顔から厳しい表情に変えて私に対応してくれた。
「それは一体どういうことだい?レイナードが男尊女卑だなんてにわかには信じ難いことだけど、カサンドラ嬢には何かしら確信があるのではないかな。公爵を見事に断罪した聡明な君なら根拠もないのに訴えるなんて手段はとらないからね」
別に私は証拠を集めて陛下に渡しただけで、直接断罪はしていないのに随分と買い被られたものね。
でも私がレイナードが男尊女卑だという確信をもっていることを見抜くとは流石伯爵家当主。観察眼が鋭い。
私が伯爵に決闘までの経緯やレイナードの言動などを説明すると、話を聞いた伯爵は頭を抱え込んだ。無理も無い。私の証言を信じるならば自分の息子はかなり危険な立場なのだ。
伯爵が言うには数ヶ月後には社交界デビューが待っている。もしレイナードが男尊女卑思考のまま出席すれば、忽ち他の貴族達から顰蹙を買う羽目になるだろう。そうなると伯爵家は没落の道を歩むことになる。跡取りが男尊女卑で当主はそれを矯正できなかったと後ろ指を刺されれば、貴族や王族からの信用を失い、民衆にも快く思われなくなる。一度失った信用を取り戻すのは至難の技だ。伯爵としてはそれは避けたいところだが、まだ決心がついていないようだ。
「では明日レイナード様と話し合ってみたらどうでしょうか?本人の言葉は私の言葉より信用が置けるでしょう」
「……そうだね、是非そうしてみるよ。カサンドラ嬢にはできればその場にいてほしいんだ。こんなことは考えたくはないが、もしレイナードが私に嘘を言ったとしたら私はそれを鵜呑みにしてしまうかもしれない。だからカサンドラ嬢にはそれを見極めてほしいんだけど大丈夫かな?」
それ、子供の私に頼むことじゃないでしょ。私としてはお爺様にその役目を押しつけたいけど、言い出しっぺが丸投げは良くないと思い直す。
「分かりました。そのお役目果たさせていただきます。どころで相談ですが、少々調べたいことがございましてーー」
それから伯爵に調査の許可をもらい、部屋へと戻った。
「ねえレーニャ。少し調べたいほしいものがあるのだけれど」
なんか話が進まない……(´・ω・`)




