エピローグ
※二話連続更新ですので、お気をつけください。
リーンゴーン
王都に祝福の鐘の音が響く。
目の覚めるような青空の下、色鮮やかな花弁が舞い散る。
その夢のような光景に見惚れながらも、少女は走った。
前を走る少年は少し先で足を止め、急かすように手を振る。
「早く! 馬車が通り過ぎちゃうだろ!」
「待ってよ、息が……」
息を切らせながらも、なんとか少年の後ろ姿を見失わずに後ろをついていく。
王都の店は、祝いの日として朝から商売していたが、今は殆どが一時的に閉めている。パレードを一目見ようと、大勢の人が沿道に詰めかけた。
大通りに近付く程に、人でごった返している。
間をすり抜けながら、少女は腕に抱えた花束が潰れないよう大事に抱え直した。
「ほら、こっち。ここからなら入れる」
少年は細い路地を指差し、中へと進む。
荷物で塞がれた場所も器用に上り、まるで野生の猿のような身軽さだ。
「む、無理!」
「無理じゃない。お会い出来なくていいのか?」
「……良くない」
「うん。ほら、手ぇ貸せ」
先に花束を少年に渡してから、少女は必死になって手を伸ばす。
どうにか上っても、次もまた障害物。挫けそうになる自分を励ましながら、少女は道なき道を進んだ。
そうして辿り着いたのは、沿道にある建物と建物の間。
子供ならギリギリ通り抜けられる隙間を抜けると、人の壁が出来ていた。大人の腰の辺りに体を捻じ込んで、前まで来た頃には既に疲労困憊。
お気に入りのワンピースも、朝から母親に頼んで結ってもらった髪も、ぐしゃぐしゃのヨレヨレ。
それでも少女は目を輝かせ、到着を今か今かと待った。
やがて歓声と共に馬車が、ゆっくりと近付いてくる。
黒革に金の装飾が施された馬具を付けた立派な二頭の白馬が、折り畳み式の幌付の豪奢な馬車を引いている。
乗っているのは、長身の美丈夫と絶世の美姫。
男性は周辺諸国にも名を轟かせる勇将、レオンハルト近衛騎士団長。
女性はネーベルの至宝と呼ばれる第一王女、ローゼマリー殿下。
国の宝とも呼ぶべき二人の結婚。
しかも政略結婚ではなく、互いに愛し合っているのは、一目見れば分かる。幸せそうに寄り添う二人に国民は喜び、心から祝福した。
少女もその中の一人。
ただ、それだけではない。
少女は数年前に、父親を病で亡くした。
苦しむ父に何も出来ず、ただ見送る事しか出来なかった少女は、それから医者という職業に興味を持つ。
周囲の人間の殆どは、反対した。
女の子には無理だ、お金もかかるから片親では難しいと、色んな理由を挙げて少女を諦めさせようとする。
ただ母親と幼馴染の少年だけは、少女の夢を応援した。
少女も母親の手伝いの傍ら、書物を読んで勉強に励んだ。
そんな時だ。ローゼマリー王女殿下が公爵位を賜り、領地に医療施設を建てるという話を聞いたのは。
しかも治療する為だけの施設ではない。薬や治療法の研究施設と、医学に興味のある若者を集い、医者を育てる学び舎まで併設するという。
身分も国籍も性別も関係なく、誰にでも門戸を開く。
更に、成績優秀者は一部学費を免除する仕組みも検討されているらしい。
理想郷のような話を、すぐには信じられなかった。
それでも、その日から少女にとって、夢はただの夢ではなくなった。
「おい、来たぞ!」
「う、うん!」
もうすぐ目の前を馬車が通る。
四方を護衛の騎士が囲っているので、近づくのは難しい。どうにか花束だけ渡したいと身を乗り出していると、馬車の上で手を振る女性と目が合った。
光り輝くような美女に見つめられ、少女は動きどころか、呼吸も止める。
息を詰めたまま固まる少女に、花嫁は手を伸ばした。
少女が差し出していた花束を、そっと受け取る。
「ありがとう」
「……っ、」
感無量とはこの事かと、少女は思った。
伝えたい言葉は色々あるのに、胸がいっぱいで何も言えない。せめてお祝いの言葉を、と考えた少女の口から零れ落ちたのは、全く別のものだった。
「わたし、お医者様になります……!」
違う、これじゃないと思っても、もう遅い。
花嫁の蒼い瞳が丸くなったのを見て、少女は蒼褪めた。
こんなお祝いの席で、何を訳の分からない宣言をしているのかと、少女は自分を責める。
しかし花嫁は責めなかった。意味が分からないと黙殺もしない。嬉しそうに顔を綻ばせた彼女は一つ頷いた。
「はい、待っています」
「!」
たった数秒の邂逅。
周りの誰も気づかないような、小さな出来事。
それでも、その出来事は少女の人生に於いて大切な指針となった。
やがてネーベル王国の医療水準は世界一を誇るようになる。
多くの優秀な医師、薬師が輩出され、彼等は世界中で活躍した。その中には、貧しい者達を無償で救い続け、聖女と呼ばれるようになった女医もいる。
医療施設のある公爵領は目覚ましい発展を遂げ、今や王都と並ぶ賑わいを見せる。
各国から訪れた商人達によって活気づき、街には珍品、逸品が溢れているが、この領地の一番の目玉はそれらではないと、皆、口を揃えて言う。
いつまで経っても美しく、優しく、仲睦まじい公爵夫妻。
彼等以上に尊いものなど無いのだと、領民は誇らしそうに笑うのだった。
これにて本作は完結となります。
長い間、お付き合いいただきありがとうございました。
少し休憩を挟んでから、また後日談や番外編等にとりかかる予定なので、そちらも覗いてみていただけたらとても嬉しいです。




