表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
270/394

エピローグ

※二話連続更新ですので、お気をつけください。

 


 リーンゴーン

 王都に祝福の鐘の音が響く。


 目の覚めるような青空の下、色鮮やかな花弁が舞い散る。


 その夢のような光景に見惚れながらも、少女は走った。

 前を走る少年は少し先で足を止め、急かすように手を振る。


「早く! 馬車が通り過ぎちゃうだろ!」


「待ってよ、息が……」


 息を切らせながらも、なんとか少年の後ろ姿を見失わずに後ろをついていく。


 王都の店は、祝いの日として朝から商売していたが、今は殆どが一時的に閉めている。パレードを一目見ようと、大勢の人が沿道に詰めかけた。


 大通りに近付く程に、人でごった返している。

 間をすり抜けながら、少女は腕に抱えた花束が潰れないよう大事に抱え直した。


「ほら、こっち。ここからなら入れる」


 少年は細い路地を指差し、中へと進む。

 荷物で塞がれた場所も器用に上り、まるで野生の猿のような身軽さだ。


「む、無理!」


「無理じゃない。お会い出来なくていいのか?」


「……良くない」


「うん。ほら、手ぇ貸せ」


 先に花束を少年に渡してから、少女は必死になって手を伸ばす。

 どうにか上っても、次もまた障害物。挫けそうになる自分を励ましながら、少女は道なき道を進んだ。


 そうして辿り着いたのは、沿道にある建物と建物の間。

 子供ならギリギリ通り抜けられる隙間を抜けると、人の壁が出来ていた。大人の腰の辺りに体を捻じ込んで、前まで来た頃には既に疲労困憊。


 お気に入りのワンピースも、朝から母親に頼んで結ってもらった髪も、ぐしゃぐしゃのヨレヨレ。

 それでも少女は目を輝かせ、到着を今か今かと待った。


 やがて歓声と共に馬車が、ゆっくりと近付いてくる。

 黒革に金の装飾が施された馬具を付けた立派な二頭の白馬が、折り畳み式の幌付の豪奢な馬車を引いている。

 乗っているのは、長身の美丈夫と絶世の美姫。


 男性は周辺諸国にも名を轟かせる勇将、レオンハルト近衛騎士団長。

 女性はネーベルの至宝と呼ばれる第一王女、ローゼマリー殿下。


 国の宝とも呼ぶべき二人の結婚。

 しかも政略結婚ではなく、互いに愛し合っているのは、一目見れば分かる。幸せそうに寄り添う二人に国民は喜び、心から祝福した。


 少女もその中の一人。

 ただ、それだけではない。


 少女は数年前に、父親を病で亡くした。

 苦しむ父に何も出来ず、ただ見送る事しか出来なかった少女は、それから医者という職業に興味を持つ。


 周囲の人間の殆どは、反対した。

 女の子には無理だ、お金もかかるから片親では難しいと、色んな理由を挙げて少女を諦めさせようとする。


 ただ母親と幼馴染の少年だけは、少女の夢を応援した。

 少女も母親の手伝いの傍ら、書物を読んで勉強に励んだ。


 そんな時だ。ローゼマリー王女殿下が公爵位を賜り、領地に医療施設を建てるという話を聞いたのは。

 しかも治療する為だけの施設ではない。薬や治療法の研究施設と、医学に興味のある若者を集い、医者を育てる学び舎まで併設するという。


 身分も国籍も性別も関係なく、誰にでも門戸を開く。

 更に、成績優秀者は一部学費を免除する仕組みも検討されているらしい。


 理想郷のような話を、すぐには信じられなかった。

 それでも、その日から少女にとって、夢はただの夢ではなくなった。


「おい、来たぞ!」


「う、うん!」


 もうすぐ目の前を馬車が通る。

 四方を護衛の騎士が囲っているので、近づくのは難しい。どうにか花束だけ渡したいと身を乗り出していると、馬車の上で手を振る女性と目が合った。


 光り輝くような美女に見つめられ、少女は動きどころか、呼吸も止める。

 息を詰めたまま固まる少女に、花嫁は手を伸ばした。


 少女が差し出していた花束を、そっと受け取る。


「ありがとう」


「……っ、」


 感無量とはこの事かと、少女は思った。

 伝えたい言葉は色々あるのに、胸がいっぱいで何も言えない。せめてお祝いの言葉を、と考えた少女の口から零れ落ちたのは、全く別のものだった。


「わたし、お医者様になります……!」


 違う、これじゃないと思っても、もう遅い。

 花嫁の蒼い瞳が丸くなったのを見て、少女は蒼褪めた。


 こんなお祝いの席で、何を訳の分からない宣言をしているのかと、少女は自分を責める。

 しかし花嫁は責めなかった。意味が分からないと黙殺もしない。嬉しそうに顔を綻ばせた彼女は一つ頷いた。


「はい、待っています」


「!」


 たった数秒の邂逅。

 周りの誰も気づかないような、小さな出来事。


 それでも、その出来事は少女の人生に於いて大切な指針となった。




 やがてネーベル王国の医療水準は世界一を誇るようになる。

 多くの優秀な医師、薬師が輩出され、彼等は世界中で活躍した。その中には、貧しい者達を無償で救い続け、聖女と呼ばれるようになった女医もいる。


 医療施設のある公爵領は目覚ましい発展を遂げ、今や王都と並ぶ賑わいを見せる。

 各国から訪れた商人達によって活気づき、街には珍品、逸品が溢れているが、この領地の一番の目玉はそれらではないと、皆、口を揃えて言う。


 いつまで経っても美しく、優しく、仲睦まじい公爵夫妻。

 彼等以上に尊いものなど無いのだと、領民は誇らしそうに笑うのだった。

 これにて本作は完結となります。

 長い間、お付き合いいただきありがとうございました。


 少し休憩を挟んでから、また後日談や番外編等にとりかかる予定なので、そちらも覗いてみていただけたらとても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
もう、もう、もーーーう、この作品大、大、大好きです!一気読みしちゃいました。 続きも読みます!二度読みもしちゃいます!はい!! ストーリー展開も完結までグタグタ無駄に長伸ばしすることなく、心地良く、最…
この女の子が「わたし、お医者様になります……!」って言っているけれど 普通に結婚おめでとうとの言葉より遥かに嬉しい言葉だと思います。 素敵な作品の完結となりお目出度うです。
[良い点] ダメンズ揃いだった攻略対象者たちが物語や書き手の都合で切り捨てられるのではなく、マリーに影響され成長していき彼女への想いを昇華してひとかどの「男」になっていくのが素晴らしいです。 主役二人…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ