転生公爵の交流。
長らくお待たせしてしまい、申し訳ございません。
またスローペースで書いていくつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。
「オステン王国?」
医療施設の一室にて。
資料を捲る手を止めたヴォルフさんは、私の言葉を鸚鵡返しした。
聞き馴染みのない国だからか、不思議そうな顔をしている。
「はい、大陸の東にある島国です」
「聞いた事ないわ」
「最近まで国交が無かったですからね。衣食住、どれも独自の文化を築き上げている国です。手先が器用で工芸品の質はとても高く、多くの商人が注目しているらしいですよ。排他的な民族と噂されていましたが、実は知識欲、好奇心共に旺盛で、文化レベルも高いそうです」
「マリー、アンタ、随分と詳しいわね。ちゃんと領主様、やってるじゃない」
嬉々と語る私を見て、ヴォルフさんは感心したように言う。
誉められた私は、喜ぶよりも先に言葉に詰まった。
何故なら披露した知識は、領主として学んだものではない。
馴染みの商人であり、友人でもあるユリウス様に教えてもらった。しかも、領主としての自覚による周辺諸国の情報収集ではなく、ごく個人的な理由で、だ。
「なんで変な顔しているの? 誉めているのよ?」
「……えーっと、実は、この国ってお米の産地なんですよね」
言い辛いながらも正直に答える。
以前、ユリウス様は、私に米粉を譲ってくれた事があった。
その時は偶然入手した物だったが、彼はちゃんと入手先を調べて、取引ルートを確立してくれた。しかも米粉ではなく、ちゃんとお米そのものを。
そして、その米食文化がある国こそ、件の『オステン王国』だ。
つまり、私の旺盛な食欲と料理欲のたまもの。
趣味が高じて得た知識だったりする。
「あー。アンタって、料理と食材の話になると目の色変わるものね」
お米の産地、というワードだけで悟ったらしい。
呆れ混じりの生温い目を向けられて、思わず視線を逸らした。
だって、米食文化があるのなら、他にもあるかもしれないじゃない。味噌とか、醤油とか、日本酒とか。
実際に調べてみたら、日本との共通点も多い。そりゃあ、がぜん興味が湧いて、何から何まで調べるよね。
「趣味は旦那に呆れられない程度に止めなさいよ」
胸に突き刺さる言葉だ。
仕事に差し支えるのは論外なので、もちろん本を読むのは自由時間に限る。でも同じ部屋にレオンハルト様がいるのに読書ってどうなのと、自分でも思う。
そういう時はレオンハルト様も大抵読書しているし、特に不満がありそうな顔は見た事無いんだけど……。
レオンハルト様が大人だから、私に気を遣ってくれているだけかもしれない。
ある日突然、蓄積した不満が爆発なんて事になったらどうしよう……。
いや、怒ってくれるならまだいい。改善するチャンスがある。でも別れを切り出されたら、私は死ぬ。メンタルの問題でなく、物理的に心臓麻痺で死ぬ。
そうならないよう、空いた時間はいっぱいお話ししよう。
私の好きな事ばかりじゃなく、レオンハルト様の好きな事も一緒にしたい。
そう決めて、神妙な顔で私は頷く。
するとヴォルフさんは半笑いで「まぁ、いらない心配でしょうけど」と呟く。
「いえ、とても有用な助言です。私の趣味だけを押し付けるのではなく、相手の趣味を知るのも大事ですから」
「旦那の趣味はアンタでしょ」
「は?」
「アンタが何しても『可愛くて仕方ない』みたいなデロデロの顔している男相手に、余計な心配だったって言っているのよ。アンタがいびきかいて寝てようが、間抜けな顔で欠伸してようが、可愛いって言いだしかねないわ」
「い、いびきはかいてないですっ!」
かいてないよね!?
自覚が無いだけだったらどうしよう、と明後日な方向に悩み始めた私を見て、ヴォルフさんは嘆息した。
「注目してほしいのはそこじゃないのよね。……アンタ達、本当、お似合いよ」
色んな意味で、と付け加えられたのが若干気になるけれど、お似合いと言われるのは素直に嬉しいので喜んでおこう。
にこにこしだした私を、ヴォルフさんは残念なものを見る目で見た。
「まぁ、いいわ。それよりも、視察の話よ」
「そうでした」
かなり脱線していたが、その話をしに来たんだった。
医療施設が完成し、稼働し始めてからまだ一年半。
殆どの施設がまだ手探り状態で、試用期間だ。まともに動いているのは、クーア族が中心となって回している治療施設くらい。
しかし、そんな形になっていない施設であっても、周辺諸国の注目度はとても高い。
稼働し始めてから、ひっきりなしに視察の申し入れがある。まだ試験段階なのでとお断りしても、食い下がってくるパターンの多い事よ。
見せるのは治療施設のみ、少人数で。且つ、職員の仕事の邪魔は決してしない事という条件でも引き下がらない。
仕方なしに受け入れ始めて、もう何度目だろう。今回は遠方の島国、オステン王国から視察の申し入れがあった。
「別に視察自体は初めてって訳じゃないから、構わないけれど……。また、身分だけ高いアホが混ざってないでしょうね?」
「あれはまた、特殊でしたからね……」
基本は医療関係者、学者や研究者、政治に携わるお偉いさんのパーティーに少数の護衛が付く感じなのだが、一度だけ、医療の知識も興味もない高位貴族が混ざっていた事があった。
お金と地位だけでは満足せず、名誉を得ようとしたのだろうか。権力を振りかざして、視察団に入り込んだその人物は、自分の立場というものをまるで理解していなかった。
こちらの提示した条件を無視して、好き勝手に動いた。行くなという場所に行き、やるなと言う事を片っ端からやる。
病院関係者や患者に暴言を吐き、横柄に振る舞う。
領主権限で速攻、出禁にした。
茹でたタコみたいな真っ赤な顔して、『自分は公爵だぞ』とか『これは国際問題だ』とか喚いていたけれど知るか。
私だって公爵様だっての。そっちがその気なら、全力で迎え撃ってやると意気込んだ。権力もコネもガンガン使う所存である。
『確かにこれは、国際問題ですね』と微笑むと、相手方の顔色が変わった。
公爵は言葉も出ない程、怒り心頭といった様子だったけれど、他の人間は蒼褪めて震えていた。どちらの有責かは、問答せずとも明らかだしね。
平伏しそうな勢いで謝罪し、未だ騒いでいる公爵を馬車に無理やり詰め込んでいたっけ。
後日、その国から正式な謝罪文が届いた。
公爵は責任を取る形で、領地の一部を没収されたらしい。ざまぁ。
「まぁ、ああいう馬鹿は何処にでもいるから、早いうちで良かったのかも。他の国への見せしめにもなったし。それに、何かあってもアンタが全力で守ってくれるって皆、分かったみたいよ」
今まで以上に精力的に働くようになって、良いこと尽くめだわ、とヴォルフさんは片目を瞑る。
確かにあの件以降、距離が縮まったように思う。
クーア族の皆は気安く接してくれるけれど、新しく病院で働くようになった人達とは壁があった。
私、肩書きだけは凄いからね。
いくら中身がただの残念女子だとしても、知らない人からすれば『元王女で、現女公爵』という近寄り難い存在だ。
寂しくても、それは仕方がない事。時間をかけて、信頼してもらえるよう頑張ろうと思っていたところで、この騒動。
禍を転じて福と為す。横暴公爵が残した、唯一の功績だと思う。
今では、忙しい時に、変装した私がこっそり手伝っていても何も言われない。生温い目で見られているので、変な領主だと噂されているかもしれないけど。
「もう一回、馬鹿の相手するのは御免だけど。オステン王国とやらの人達はまともだといいわね」
「オステン王国は礼儀正しい人が多いと聞いているので、大丈夫かとは思いますが……。実は第三王子殿下が、視察団に志願されたそうなんですよ」
「なんで、わざわざ王子が? しかも第三王子って。まさか、功績を挙げてあわよくば、なんて面倒臭い話じゃないでしょうね?」
ヴォルフさんは訝しむように、片眉を跳ね上げる。
「いえ、そういうのではないようですよ」
オステン国の王族は、代々、子宝に恵まれやすいらしい。
現国王陛下にも、王子が四人、王女が二人いらっしゃる。
しかし、ヴォルフさんが懸念するような王位継承権を巡って骨肉の争いという問題は起こっていない模様。
現在も皇太子殿下と、右腕である第二王子の仲は良好。第三王子と第四王子は、成人と共に臣籍降下する予定らしい。
そう説明すると、ヴォルフさんは「なるほど」と頷く。
「独立後の将来の為に、見識を深めるつもりってとこかしら」
「おそらく」
「ならきっと、下手な真似はしないわね」
「そう願います。ですが万が一、あの公爵のように横暴な人でしたら、私が対応しますので」
「あら、頼もしい」
ヴォルフさんは笑って、「分かったわ」と言った。
「話は通しておくし、忙しい時期じゃなければ、リリーかロルフに案内させるわよ」
「宜しくお願いします」
リリーさんはともかく、ロルフが案内役だと初めて聞いた時は驚いたものだ。
しかも、無駄口は叩かず、けれど相手が知りたいだろう情報は丁寧に説明するので評判は上々。
あのクソガキ選手権代表みたいなロルフが。息をするように私に暴言を吐いていたあのロルフが。人は変わるものだなと妙に感心してしまった。
いや、私には相変わらずなんだけどね。
『変わった』のではなく、『相手を見て使い分けている』というのが正しいのだろう。
ヴォルフさん曰く、甘えているらしいが本当だろうか。
まぁ別にロルフの暴言くらい、ノーダメージだから構わないけど。ツンケンした態度も、反抗期の子育ての予行練習だと思っておく。
本人が聞いたら怒り狂いそうだから言わないけど。




