第3話:剣魔の視線 後編:『崩壊のエコー(ラドン・バースト)』
「……さぁて。言葉だけでは伝わらん。その『無定形』の器、少し試させてもらうぞ!」
ゼノビアの手が空を薙ぐと、腰のサーベルが抜かれるよりも早く、空間そのものが「ひび割れた」。
「『法則奏生』、『魔剣残響』第一楽章『崩壊』!」
キィィィィィィィン!!
耳を劈くような高周波の音が裏庭を支配する。
ゼノビアの放つ『Rn』の法則が、周囲の空気分子を連鎖的に自壊させ、目に見えない放射の刃となってハーベルに殺到した。
シュン…シュシュシュシュシュシュ…シュン!!
「うわあああ!?」
ハーベルは反射的に右手を掲げ、彼のタクト『ヴォイド・アンカー』を無意識に起動させた。
ズズズズ…ドォォォォォン!!
不可視の刃と、ハーベルから溢れ出した漆黒の「無」が衝突する。
しかし、激突の衝撃はない。
ゼノビアの放った「崩壊」という事象そのものが、ハーベルの周囲で「静止」し、次いで砂のようにサラサラと虚無へ溶け落ちていく。
「ほう。なるほど…攻撃そのものを『無』に変換したか。だが、これならどうだ?」
ゼノビアの姿が霧のように掻き消えた。
希ガスの中でも重いラドンの特性を利用した、空気の屈折率操作。
「『法則奏生』!!『不可視重』!」
ズガガガガ…ドスンッ!!
突然、ハーベルの頭上から、巨大な鐘を落とされたかのような圧力がかかった。
「重い……身体が、地面に……!」
(ちっ……重力か……? いや、違う。これは『質量法則』の局所的な書き換えか……!?)
前世――東雲八雲としての冷徹な頭脳が、即座に攻撃の現象を解読・数式化していく。
(この世界の理が「規定された旋律」なら、それを打ち破るのは未知の変数――より高次元の混沌だ。 )
「僕の法則……動け! どんな形にも……なってみせろ!」
ハーベルが歯を食いしばり、右手の黒いモヤを自分自身の身体へと纏わせた。
「ーー条件設定『無形解放』ッ!!」
『アモルファス』――形を持たない力。
それは、外部からの「定義」を拒絶する。
スーーーッ…フッ……。
ハーベルの身体を押し潰していた重圧が、霧散した。
重力という法則から、ハーベルの存在だけが「逸脱」したのだ。
「……面白い。実戦の中で『法則の剥離』を覚えるとはな。」
闇の中からゼノビアが悠然と現れる。
彼は剣をゆっくりと収め、満足げに目を細めた。
「だが少年、忘れるな。お前のそれは『力』ではない。『穴』なのだ。いつかその穴に、自分自身が飲み込まれぬよう……精々、己という旋律を強く保つことだ。」
ゼノビアは不敵に笑うと、『Rn』の法則で霧のように、静かに木立の闇へと消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゼノビア・シュバリエラ ♂
No.86『Rn』のシンフォニア
【タクト】
ドレッド・ケイン
この世界において、「無貌の崩壊者」あるいは「静寂の放射線」と呼ばれている。
ヘリウムや窒素と同じ希ガスに分類され、無色・無臭で重く、地中から湧き出す。その最大の特性は、極めて強い放射能を持つ、「崩壊の連鎖反応」を司るエレメンタであること。
ゼノビアは、老紳士としての風格を持ちながら、その瞳の奥には「崩壊を許容する冷徹な視線」が宿っている。
彼が一度能力を行使すれば、その場は「緩やかな死の領域」へと変貌する。彼は「不可視の力」で相手を追い詰め、最終的に「自壊」させることを得意とする。
【シンフォニア能力】
「魔剣残響」
「不可視重」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハーベルは、王立調律学院で、『第零のアモルファス』という世界の謎と、王家の巨大な陰謀に巻き込まれながら、その法則を覚醒させる道を歩み始めたのだった。
彼の周りには、絶対孤高の天才レオン、献身的だが棘のあるリーフィア、そして、彼を実験動物として扱う冷徹なゼノという、予測不能な面々が集っている。
「……安定なんて、この世界にはまだ無い。なら、僕が作るしかないんだ。」
ハーベルは月を見上げ、静かに『ヴォイド・アンカー』を撫でた。
楽しいが、ハチャメチャで、常に死と隣り合わせの学院生活が今、本格的な交響曲となって鳴り響き始めた。
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