第12話:夜のセレナーデと休息の和音 前編:『無定形のハミングと寮のポリフォニー』
激動の夜が明け、今日も慌ただしい学院生活を終えた。その日の夜……。
王立調律学院の寮は、昨夜の惨劇など嘘のように、柔らかで心地よい余韻に包まれていた。
才能溢れるシンフォニアたちが集う寮の共同スペースは、夜になると独特の活気を帯びる。
あちこちでエレメンタの基礎訓練による小さな光が爆ぜ、笑い声という名の即興演奏が響き渡っていた。
昨夜の刺客襲撃は、ゼノの手回しによって「風圧による窓ガラスの破損」として処理されており、ハーベル以外の生徒はその裏にあった死の危険を知らない。
「おい、ハーベル! お前、また今日の昼休みにあの巨大なトカゲを連れ込んでいただろう!」
詰め寄ってきたのは、燃えるような赤い髪を逆立てたタクだ。
No.8『O(酸素)』のシンフォニアである彼の法則は、周囲の燃焼を助け、活力を与えるアップテンポな旋律。
「えへへ、ごめん、タク。あのトカゲは『リザちゃん』って名前で、僕のアモルファスの波動が心地いいみたいなんだ。別に火を吹いたりしないから怒らないでよ」
ハーベルは困ったように笑う。
(八雲としての記憶が、爬虫類が変温動物であり、自身の放つ微弱な熱エネルギーに惹かれているのだと冷静に分析するが、口から出るのは「僕」としての柔らかな言葉だ)
「火を吹くかが問題じゃない! 寮の規則という譜面を乱すなって言ってるんだ!」
「まあまあ、タク。ハーベルの周りだけ、法則がとても穏やかなのよ。動物たちが寄ってくるのも自然な共鳴だわ」
宥めるように声をかけたのは、眼鏡の奥に知的な光を宿したマナだ。
No.1『H(水素)』の使い手である彼女は、宇宙で最も普遍的な元素に相応しく、常に安定したピッチで会話を刻む。
「ただ、今度からはシウヴァ先生に見つからないようにね。彼女の『無菌聖域』に触れたら、不純物として消去されちゃうから……」
「うん、気をつけるよ、マナ!」
ハーベルの『第零のアモルファス』は、戦闘においては未だ不安定だが、その形を持たない波動は不思議と周囲の尖った法則を包み込む「緩衝材」のような癒やしをもたらしていた。
「そういえば、ムゲツのやつはどこだ?」
「食堂で女子会に混ざっていたよ。恋愛という名の複雑なアルゴリズムを解析するんだって……」
マナの報告に、タクは盛大に吹き出した。
「あいつ、相変わらずモテないくせに分析だけは熱心だな!」
そんな賑やかな空間に、不意に冷たい冷気が流れ込んだ。
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