第7話:奏でられる共鳴と衝突 後編:『放課後の不協和音』
訓練施設を出たハーベルは、夕闇が迫る学園の中庭で、予期せぬ衝突音に遭遇した。
「おい、待ちやがれと言っただろ!!」
立ち塞がったのは、レオンを筆頭とする数人の生徒たちだった。
「レオン……。まだ、僕に何か用?」
(やれやれ、俺の仮説を試すには絶好の相手だが、今は目立ちたくないんだがな……)
「お前のその、人を食ったような落ち着きが気に入らねえ。ゼノの授業で、お前はリーフィアの法則を利用して、俺のメンツを潰した。……法則のないゴミが、他人の音を盗んで主役の座を奪おうなんて、笑わせるんじゃねえぞ!」
レオンが指を鳴らす。
パチンッ!
瞬間、周囲の空気が希薄になり、ハーベルの足元がふわりと浮いた。
ヘリウムの法則による「低密度化」――重力を奪うことで、相手の自由を奪うレオンの得意技だ。
「このまま空高く、音の届かない場所まで放り投げてやろうか?」
レオンの嘲笑が響く。
だが、ハーベルはパニックにならなかった。
(重力を奪うのがお前の法則なら、その『法則の形』そのものを、俺の無秩序で塗りつぶしてやる……!)
ハーベルは静かに目を閉じ、己の内側にある「無定形」の感覚に意識を向けた。それは形を持たないが、確かに存在する高熱のドロドロとした塊だ。
彼は、自分を包み込もうとするレオンの「ヘリウムの音」を感じ取り、そこへ向けて、自身の内なるネクサスを爆発させた。
「――『無形解放』!」
「――っ!?」
レオンの顔が驚愕に染まった。
ハーベルを中心に、目に見えない衝撃波が円形に広がった。
それは突風ではなく、空間そのものが「激しく震えている」ような感覚。
レオンが構築した密度の低い安定したフィールドが、ハーベルの放った無秩序なネクサス干渉によって、激しいノイズと共に霧散した。
「法則が……打ち消された!? 馬鹿な、こいつは法則を持っていないはずだ!」
取り巻きの一人が叫ぶ。
スン……。
ハーベルはしなやかに着地すると、冷静にレオンを見つめた。
「レオン、君の法則は確かに美しい。でも、少し繊細すぎるんじゃないかな。調律の狂った楽器みたいに、少しのノイズで崩れるような音じゃ、僕の『第零』は止められないよ」
(……言っちまった。八雲の毒が出たか。まあ、俺の理論の正しさは証明されたがな……)
「貴様ぁ……!」
レオンが激昂し、より強大なヘリウムの渦を形成しようとしたその時――。
「そこまでだ!!」
低く、硬質な声が響いた。
プラチナの威圧感――ゼノだった。
「放課後の私闘は禁じられている。それに、レオン。法則を崩されたのは、お前の構成が甘かったからだ。ハーベルを責めるのは筋違いだな」
ゼノの冷徹な一言に、レオンは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、これ以上の追及は不利だと悟ったのか、舌打ちをして立ち去った。
「チッ!!」
一人残されたハーベルに、ゼノは無感情な視線を向ける。
「ハーベル。お前が今見せた力……それは法則ではない。だが、あらゆる法則に対する『毒』だ。磨き方次第では、世界の理を破壊する不協和音になるだろう」
ゼノはそれだけ言うと、影の中に溶けるように消えた。
ハーベルは一人、自分の手を見つめた。
(法則の破壊……不協和音……。いいだろう、それが俺に与えられた旋律なら、世界が驚くようなとんでもない曲を奏でてやるよ)
夕焼けが、彼の影を長く、力強く伸ばしていた。
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