第5話:時空刻印の解放 後編:『未定義のタクト』
ゼノの目が見開かれる。
「動ける……だと!?」
右手の指輪『ヴォイド・アンカー』が、黒い輝きを撒き散らしながら「咆哮」した。
それは、既存のあらゆる法則に属さない、ノイズ。
しかし、そのノイズは、ゼノが作り上げた「完璧な静寂」の隙間に、無理やり割り込んでいく。
「ーー『無形解放』!!『第零のアモルファス』――出力全開!!」
ハーベルの体から溢れ出した漆黒の霧が、ゼノのプラチナの光を「食べる」ように飲み込んでいく。
いや、食べているのではない。
プラチナという「固定された旋律」を、アモルファスという「未定義の状態」へと、強制的に書き換えているのだ。
「何っ!? 俺様の刻印を……中和しているのか!?」
「中和じゃない……『即興演奏』だよ、先生!」
ハーベルの手元で、霧が激しく渦巻き、一本の形を持たない「指揮棒」のような形状を結んだ。
彼はそれを、凍りついた空間に向かって一閃させる。
ガキィィィィィィン!!
ゼノの背後の高貴なる時計が砕け散ると、ガラスが砕けるような音がドーム内に響き渡り、引き延ばされていた時間が一気に本来のテンポへと収束した。
「はぁっ、はぁ……!」
自由を取り戻したレオンとリーフィアが、慣性のまま床に転がり込む。
「今、何が……」
レオンが呆然とハーベルを見上げる。
そこには、右手を漆黒の霧で覆い、肩で息をしながらも、ゼノ・ヴァイスを真っ向から見据える少年がいた。
「面白い……。本当になんて面白いゴミだ、お前は!」
ゼノが、手袋を外した左手で自身の顔を覆い、狂おしそうに笑った。
「俺様の『不変』を、その不安定さで上書きしたか。法則の破壊ではない、法則の『定義不能化』……。それがアモルファスの真価か!」
ゼノは再び、捕食者のような笑みを浮かべる。
「だが、今の程度じゃ、俺様の『三重奏』の主役にはなれねぇぜ。レオン、リーフィア! お前らもだ!」
ゼノが両手を広げる。
右手のプラチナ、左手のイリジウム。
二つの貴金属の光が、今度はドーム内の至る所に「音符」のように配置されていく。
「今日の課題は五分間逃げ切ることだったな。だが、予定変更だ。明日の同時刻、俺様を、その不協和音で一度でも『驚かせて』みろ。できなきゃ、全員……今度こそ本当に、俺様のコレクションにしてやる!」
ドーム内に、再び重厚な音楽が鳴り響く。
しかし今度は、ハーベルの黒い霧がそのリズムを刻み、レオンのヘリウムがメロディを切り裂き、リーフィアの銅がそれらを繋ごうと熱を帯びていた。
「……やるしかないわね。ハーベル君、レオン様!」
リーフィアが覚悟を決めた顔で、二人を見る。
「チッ……あんな化け物を驚かせろだと? ……やってやるよ。俺の『絶対孤高』、見せてやる!」
レオンが傲慢に、しかしどこか楽しげに笑う。
ハーベルは、右手の霧を握りしめた。
「……行こう。僕たちの、新しい法則を証明するために!」
王立調律学院、地下訓練施設。
そこは今、一人の狂える天才指揮者と、三人の不揃いな奏者たちによる、世界で最も過激な「ライブ会場」へと変貌していた。
ハーベル・イースタン。
その右手に宿る「混沌」は、今、確かな意志を持って、明日という名の旋律を紡ぎ始めていた。
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