↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/32

第三十二話 普通の魔法のはずだった

第四試験の会場へ続く扉が開いた瞬間、誠は思わず感嘆の声を漏らした。


 そこに広がっていたのは、先ほどまでの試験会場とはまるで違う光景だった。円形の広大な闘技場を囲むように幾重もの観覧席が設けられ、地面には複雑な魔法陣が幾何学模様を描いている。空中には大小さまざまな魔力結晶が浮遊し、一定の間隔を保ちながら淡い光を放っていた。壁面に埋め込まれた術式からは絶えず魔力が供給されており、会場そのものが巨大な魔導装置として機能していることは、魔法に詳しくない者の目にも明らかだった。


「すごい……。これ、全部魔法で動いているんですか?」


 誠が興味深そうに尋ねると、隣を歩いていたルミナは、呆れたように肩を落とした。


「そこに感動するの? 今までの試験で何が起きたか、もう忘れたの?」


「忘れてないよ。魔法陣が大きくなって、光って、最後に文字が出てきたんだよね」


「その説明で済ませられるのが、もう怖いんだけど……」


 ルミナは額に手を当てた。彼女にとって、第三試験で起きた一連の出来事は、簡単に忘れられるようなものではない。魔法陣が周囲の魔力を取り込みながら自ら構造を変え、見たこともない現象を引き起こしたうえ、歴史から消されたはずの存在に関係する文字まで現れたのだ。あれを目撃してなお平然としていられる誠の神経が、ルミナには理解できなかった。


 もっとも、当の本人は本当に何も理解していないのだが。


「それより、第四試験って何をするんだろう?」


「実戦形式の魔法運用試験だって、さっき説明があったでしょ。攻撃魔法や防御魔法を使って、状況に応じた判断ができるかを見る試験らしいよ」


「なるほど。じゃあ、ちゃんと普通の魔法を使えば大丈夫そうだね」


「……誠」


「なに?」


「その言葉、第三試験の前にも聞いた気がするんだけど」


「そうだったかな?」


「そうだったよ!」


 ルミナの叫びが、会場へ向かう通路に響き渡った。


 その様子を少し離れた場所から見ていたフェルナンドは、思わず小さく息を吐いた。誠の態度は普段と何も変わらない。先ほどの異常現象を経ても、本人にとっては試験が一つ終わっただけなのだろう。


 だが、フェルナンドの胸中は違った。


 第三試験の終了後、彼は空中に浮かんだ破片に刻まれた文字を何度も思い返していた。『七つの理』『その外側』『鍵は、まだ眠っている』。いずれも意味を断定できるものではないが、現在の魔法体系そのものに疑問を投げかける言葉であることだけは確かだった。


 そして、最後に現れた「始原王」という名。


 あれが誠の魔法に反応して現れたのなら、今回の異変は単なる偶然では済まされない。


「フェルナンド様」


 隣を歩いていたガルドが、周囲に聞こえない程度の声で尋ねた。


「第四試験は予定どおり実施するのですか?」


「当然だ。ここで試験を中断すれば、余計な憶測を招く。それに、今の段階で誠を特別扱いする理由もない」


「ですが、また何か起きた場合は……」


「そのときは私が対処する」


 フェルナンドは迷いなく答えたものの、その視線は無意識のうちに誠を追っていた。


 守ると決めた以上、目を離すわけにはいかない。


 しかし、本人が何をしでかすのか分からないという点では、これまでのどんな任務よりも難しい気がしていた。


 やがて受験生たちが所定の位置へ案内され、試験官が中央の台座へと歩み出た。


「これより第四試験、魔法運用試験を開始する!」


 声と同時に、会場を囲む魔法陣が一斉に輝いた。


「本試験では、魔法による攻撃と防御、そして状況判断能力を評価する。これから出現する標的の攻撃を防ぎながら、指定された魔力結晶を保護せよ。標的の攻撃を無闇に破壊する必要はない。周囲への被害を抑え、限られた魔力で適切に対処することを重視する!」


 説明を聞きながら、誠はほっと胸を撫で下ろした。


 攻撃を防いで、結晶を守る。


 それなら難しいことはない。相手の攻撃を受け止めるための防御魔法を使い、結晶が壊れないようにすればいいだけだ。


 誠は頭の中で、以前から使っている簡単な防御術式を思い浮かべた。魔力を薄い膜のように広げ、外部からの衝撃を受け流す仕組みで、彼にとっては幼い頃から何度も試してきた、ごくありふれた魔法の一つだった。


「よし。今回はこれでいこう」


「何を使うの?」


 ルミナが警戒するように尋ねる。


「普通の防御魔法だよ。魔力を薄く広げて、攻撃を受け流すだけ」


「……本当に、それだけ?」


「うん。前に何度も使ったことがあるから」


 ルミナは誠の顔をじっと見つめたあと、深く息を吐いた。


「お願いだから、今回は本当にそれだけにしてね」


「分かってるって」


 誠は笑顔で答えた。


 その返事を聞いたルミナは、なぜか少しも安心できなかった。


 試験開始の合図が鳴る。


 地面に刻まれた術式が動き出し、会場の反対側から、魔力で構成された複数の標的が姿を現した。人型に近いそれらは、一定の距離を保ちながら受験生たちへ向き直り、胸部に埋め込まれた結晶を青白く輝かせた。


 次の瞬間、無数の魔力弾が放たれた。


 受験生たちが一斉に防御魔法を展開する。炎の壁が立ち上がり、風の障壁が弾道を逸らし、土の壁が地面からせり上がる。会場のあちこちで魔法がぶつかり合い、色とりどりの光が広がった。


 誠もまた、静かに魔力を練り始めた。


 大きな魔法を使う必要はない。必要な場所に、必要なだけの魔力を配置すればいい。


 彼は手のひらを軽く前へ向け、透明な魔力を薄く広げた。


「――防御術式、展開」


 その瞬間、誠の前方に目にはほとんど見えない膜が広がった。


 飛来した魔力弾が触れる。


 普通ならば、そこで弾き返されるか、衝撃によって消滅するはずだった。


 しかし、魔力弾は膜に触れた途端、進行方向を僅かに変えた。まるで最初からそこを通る予定だったかのように、障壁の表面を滑るように流れていく。


 そのまま弾道を逸らされた魔力弾は、誠の背後にある地面へと吸い込まれ、音もなく消えた。


「……え?」


 誠は首を傾げた。


 防御魔法を使ったつもりだったのだが、思っていたよりも綺麗に攻撃が流れていったのだ。


「まあ、うまくいったならいいか」


 そう呟いて、誠は次の攻撃に備えた。


 一方、試験官席では別の意味で静寂が広がっていた。


「……今のを見たか?」


 ガルドが低い声で尋ねる。


「見た」


 フェルナンドは短く答えた。


「防御障壁で受け止めたのではありません。魔力弾の軌道そのものを変えたように見えましたが……」


「いや、それだけではない」


 フェルナンドは目を細めた。


 誠の障壁は、攻撃を弾き返していない。魔力弾の性質を無理に書き換えたわけでもない。ただ、触れた魔力が自然に流れる方向を変えている。


 それだけなら、風属性の応用技術として説明できるかもしれない。


 だが、今の障壁には風属性の反応がなかった。


 そもそも、あの薄い膜には属性らしい特徴がほとんど存在しない。


「……また、透明属性か」


 フェルナンドは誰にも聞こえないほど小さく呟いた。


 そのとき、会場の中央で異変が起きた。


 標的の一体が、突然動きを止めたのである。


 胸部の結晶が激しく明滅し、周囲の魔力が不規則に揺らぎ始めた。試験用の標的は本来、決められた術式に従って攻撃を繰り返すだけの魔導装置だ。受験生の魔法に反応して動作を変えることはあっても、制御そのものが乱れるような設計にはなっていない。


「装置の異常か?」


 試験官の一人が声を上げる。


 直後、停止していた標的が誠の方を向いた。


 その動きは、ほかの標的とは明らかに違っていた。機械的な動作ではなく、まるで何かを確かめるように、ゆっくりと頭部を傾けたのだ。


 誠は困惑した。


「……あれ? 壊れちゃったのかな」


 彼は障壁を維持したまま、標的の様子を観察する。


 すると、胸部の結晶に刻まれた術式が、一瞬だけ別の模様へと変化した。


 古代文字。


 誠には読めない文字だったが、その形にはどこか見覚えがあった。


 第三試験で、巨大な魔法陣の中心に浮かんだ文字と、よく似ていたのである。


 その瞬間、標的の動きが止まった。


 そして、会場中に響くはずのない声が、誠の耳元だけで囁いた。


『――認証、未完了』


「……え?」


 誠が思わず顔を上げたとき、標的の胸部から透明な光が漏れ始めた。


 フェルナンドは即座に立ち上がった。


「試験を中断しろ!」


 その声が響いた直後、会場の床に刻まれた魔法陣が、試験開始時とは異なる輝きを放った。


 誠の足元から、細い光の線が伸びていく。


 それは標的へ向かい、さらに会場の壁面へ、天井へと広がっていった。受験生たちが慌てて距離を取る中、フェルナンドだけは、その光の線が描いている形を見て息を呑んだ。


 現在の魔法体系では、決して使われない構造。


 王国の禁忌資料にすら、完全な形では残されていない術式。


 そして、その中心にいるのは――。


「……誠、君は一体、何に反応している?」


 フェルナンドの問いに、誠は困ったように振り返った。


「僕にも分かりません。ただ……」


 誠は足元の光を見つめながら、正直に答えた。


「この魔法陣、さっきから僕の魔力を使っているみたいなんです」


 その言葉を聞いた瞬間、フェルナンドの表情が凍りついた。


 違う。


 誠の魔力を使っているのではない。


 この魔法陣は、誠を通じて何かを起動しようとしている。


 そして、次の瞬間。


 会場の床に、誰も知らないはずの扉の紋章が浮かび上がった。


 その紋章の中央には、古代文字が一つだけ刻まれていた。


 ――第零門。(だいれいもん)


 王国の歴史にも、魔導士の記録にも存在しない、未知の門。


 それが今、十歳の少年の魔力に応えて、ゆっくりと開き始めていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


今回は第四試験が始まりました。

マコトは今回も「普通」の魔法を使うつもりですが、果たして無事に試験を終えられるのでしょうか……?


少しずつ動き始めた物語の謎にも、ぜひ注目していただけるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。