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序章

 新連載です。

 烏丸からすまりかは根暗な少女であった。髪はぼさぼさで眼鏡をかけており、服装も地味だった。個性を見つけるのも一苦労だ。

 小学校では目立たない陽炎のような存在だが、不思議といじめの対象にはならなかった。それは彼女が面倒な仕事を率先して片付ける真面目な性格だからだ。クラスメイトは彼女を便利な人間として扱い、面倒事を押し付けて楽をしていた。

 それ故にクラスメイトは、りかがつむじを曲げて働かなくなることを恐れた。なのでいじめは禁じられていた。教師も怠け者な生徒より、率先して手伝ってくれるりかを重宝していた。


 りかは小学生の頃、叔父の烏丸善人からすま よしひとの養子になった。彼女には四歳年上の姉、烏丸りあがいたが、彼女は芸能活動のために、歌手の北村克子きたむら かつこの家で住み込みで修行することにしたのだ。

 りかの母親、鬼角きづぬはりあを華よ蝶よの如く可愛がった。正確にはお姫様のように着飾ったりあをSNSで投稿して評価されることを好んでいた。家事は全くできず、父親の貴男たかおに押し付けていた。鬼角はりかに一切の愛情を抱かなかった。彼女曰く、夫が酒に酔った勢いで抱かれて生まれた子供だと吐き捨てたのを、りかは聞いていた。

 

 りあを住み込みにさせたり、りかが8歳の頃、養女に出すことを提案したのは貴男だった。表向きはりあを有名人の家に住ませて、セレブな生活をSNSで投稿させれば君の成果になると、妻をそそのかした。りかはあんな地味な娘がいたらりあの経歴に瑕がつく。だから君の弟にあげちゃおう、どうせ向こうは子供はいないんだからねと言ったら、鬼角は喜々として賛成した。


 実際には娘たちを毒親から守るためであった。りかから見れば貴男は母の奴隷に見えて、実際は動物に芸を仕込んでいる調教師に思えた。独裁者のようにふるまう鬼角のプライドをほどよく刺激させ、自分のいいように誘導しているように見えた。


 りかが養女になっても母からの連絡は一切なかった。そもそも盆や正月ですら叔父たちと会ったことがない。彼女は自分以外に興味がないのだ。代わりに姉とは一カ月に一度は会って楽しく食事をしたりしているし、父親とも週に一度は励ましの手紙が来ていた。これは鬼角がスマホを検閲して調べられる危険性があったためだという。りかは納得した。

 離れて暮らしている祖母の優佳ゆかは、叔父の家に月に一度はおみやげを持って遊びに来ていた。この時は真夏の蒸し暑い日で、西瓜を一個持ってきたのだ。それは家族で仲良く食べた。

 

 優佳は60歳だが髪を黒く染めたパーマに、サングラスをかけ、アロハシャツに短パンを着た派手な女性だった。夫、りかの祖父はすでに死別しており、一人暮らしをしている。りかはアルバムの写真でしか祖父を知らなかった。もっとも手作りアクセサリーをネット販売しており、少しは年金に足しになっているそうだ。普段はスーパーのパートで真面目に働いている。派手な生活を好む娘とはえらい違いだ。


「おばあちゃん。どうしてお母さんはあんなに怖いの?」


 蒸し暑い中、居間で優佳が猫のようにのんびりとくつろいでいる最中、りかが扇風機の前に座りながら質問した。窓は開けており風は吹いているが、あまり涼しくない。鬼角の話題は烏丸家にとって禁忌であった。叔父夫婦は露骨に嫌な顔をするし、口が石のように重かった。実際はりかがまだ子供なので話す機会がないだけだ。

 優佳はテレビを見ていた。正確には暇つぶしにテレビをつけているだけだ。シャイニングプロ所属のベテランタレント、佐野さのマリ子の冠番組、マリっぺにまかせろ!! が放送されていた。卵の殻を被ったような髪形に、170センチほどの身長で恰幅の良い60歳の女性だ。伝法なしゃべり方が特徴的で芸能界のご意見番と呼ばれている。同世代の演歌歌手、横川尚美よこかわ なおみとは犬猿の仲で、テレビ番組で出演したらすぐ口喧嘩を始めるほどであった。険悪というより、お約束の芸だ。週刊誌では公の場では言い争いになっても、楽屋では普通に話している。もちろんなれ合いはしてないが、他人がどちらかの悪口を言えば、そいつをたしなめることが多いという。


「……あの子はねぇ、教祖様におだてられたのさ。お前の娘は有名人になる。その力を借りてお前は輝くんだってね」


 優佳が気の抜けたように言った。深刻さはなく、なんでああなったのかわからない風であった。


「教祖様って誰?」

「スパロウ教団の雀野親土じゃくの ちかどさ。私は生まれた時から孤児、親がいなかったのさ。そんな子が一つの家に集められて生活していたんだよ。亡くなったおじいちゃんともそこで知り合ったのさ」

「スパロウ教団は何をしていたの?」


 りかは訊ねた。純粋な好奇心からだが、優佳の顔は曇る。嫌なことを思い出したというより、孫娘にどう説明したらいいのかわからない感じだ。


「特に何もしてないよ。生活費は全部教祖様が出してくれたけど、命令されたことは一度もないよ」

「何もしてないのに、お金を出してくれたの?」

「教団は全国で10万人もいてね。毎月千円の寄付をもらっているから、お金は有り余っていたんだよ」


 優佳が真面目に答えた。当時彼女は普通に暮らしていた。教団が経営していた会社で働いており、鬼角を生んだ。父親は親土だが、結婚はしていない。だが出産費用や生活費はすべて金を出してもらった。烏丸と結婚させて所帯を持たせたのである。彼は40代前半で黒髪にひげを生やした威厳のある男であった。まるで仙人のような風貌だった。

 20年前に教祖が殺害され、教団は化学兵器テロを引き起こしていたと報道された。しかし会社に影響はなかった。そもそもスパロウ教団は教祖を含め、殺害された13人以外いなかった。科学兵器を製造していたのは外部の人間であり、会社や家も教団とは関係ない人間の名義であった。そもそも優佳を含め、スパロウ教団では決まりごとはない。神社や寺に行くなとか、特定の行動をするなとか禁止事項は一切なかった。あくまで教祖のことを想うだけでいいのだ。


 そもそも親土は殺害される一日前に優佳たちに通達していた。自分は明日死ぬが、君たちは普通に仕事をしなさいと。そして一人ひとり面談して予言を残したのだ。


「優佳さん。あなたには孫が二人できる。姉は見た目は派手で毒々しいが薬のような存在となる。妹は見た目は路傍の石のように人目につかないが、世間の劇薬になるだろう」


 優佳はそれを信じていた。なぜなら親土は奇跡を見せたからだ。当時優佳は彼ととある病院に赴き、新生児の元に来た。親土曰く自分は絶対音感の才能があり、嘆きの声が聴こえたという。その子は生まれつきに障害を持っており、数年の命と医師に言われたそうだ。だが彼が赤ちゃんに優しく手をかざし、父親の胸にそっと当てると、父親は苦しみだし、黒い血を吐き出したのである。その後、赤ちゃんは嘘のように元気になり、検査の結果、普通に生きられると診断されたのだ。父親も検査を受けたが異常なしだった。なんでも血縁の身体を通して病原体を殺したと親土は説明していた。

 父親と母親は神の奇跡だと喜び、涙を流しながら頭を下げてお礼がしたいと言った。親土は月に一度、千円を寄付してくださいとだけ言った。あまりの安さに夫婦は拍子抜けしたが、続けて親土はこういった。


「この子は30年後、私の孫との間に子をなすでしょう。その子は奇跡の子となる。スパロウ教団は信者は必要としません、必要なのは心に神を抱くこと、奇跡を信じることです」


 そう言って親土は立ち去った。相手は政治家の西山清志にしやま きよしであったことに驚いた。その彼は12年前に息子を虐待した疑いで議員を辞職させられた。さらに警察に逮捕された挙句、あまりの出来事に発狂して精神病院に入院したと、テレビや週刊誌で面白おかしく大々的に宣伝されたが、実際は脳溢血で昏睡状態になったそうだ。自分と同じスパロウ教団の世話になり看護師になった友人からの情報である。息子はいじめを恐れて養子に出されたそうだ。


(そもそも私は教祖様に抱かれたというより、無意識に夜這いをかけたんだよね。他にも子をなした人もいたし、私の孫は無関係だな)


 優佳は心の中でそう思った。もっとも本当に夜這いをかけたのかわからない。夫は親土に似ており、そちらと間違えたのかもしれない。あの日はまるで夢の中にいた気分だった。

 雀野親土は三人の半ぐれによって拳銃で頭を撃ち抜かれて殺害された。その結果カルト教団の親玉としてテレビや週刊誌を賑わせていた。信者からかき集めた金で贅沢をして、信者の女たちを集めてハーレムを作ったとかあったが、優佳は信じていなかった。絶対に自分がスパロウ教団であることを明かしてはならないと言われていたし、警察も優佳たちにたどり着けなかったのだ。


 りかは喉が渇いたので冷蔵庫から麦茶を取りに行った。おばあちゃんの分も入れるねと声をかけた。優佳はそんな孫の後姿を見てほほえましく思った。

 しかし彼女は知らなかった。10年後、りかはネットの世界では有名な歌手になることを、そして西山清志の息子である、岩佐康いわさ やすしとの間に子をなすことを。

 のちにりかから妊娠と相手の話を聞いて、優佳はびっくり仰天したのであった。

 セイレーンに惚れた男の外伝です。

 烏丸りかの過去を少し掘り下げ、カルト教団のスパロウ教団をミステリアスな存在にしました。

 やすむのほうでりかを妊娠させましたが、その時にこの話を思いついたのです。

 イメージ的にはサンドロビッチ・ヤバ子先生の漫画、一勝千金を意識しています。雀野親土はすずめのおやどとも読めますが、特に意味はありません。烏丸だから、鳥関係の苗字にしようと思っただけです。


 この話ではりかは8才であり、本編が始まる10年前の話です。優佳は現在70歳ですね。


 佐野マリ子は和田アキ子さんがモデルです。

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