20、ペルグの苦悩
ネル:ボクちゃんは認めない! ペルグと引き分けなんて、絶対に認めたくないじゃないかぁぁ! 最悪な気分でしょうがないよぅ……ボクちゃんは、不完全燃焼なんて……言葉は大嫌いなのにさぁ、うぅぅぅ……
アイシャ「ペルグさん。すぐに上にいこう。魔物が街に現れたこともだけど、街の様子も気になるしさ」
ペルグ「わかってる。アイシャ行くぞ!」
ネル:ボクちゃんの楽しい時間を邪魔されて、我慢なんてさぁ、本当に最悪な気分じゃないかぁぁ!
ギルド職員「あ、あの……ペ、ペルグさん……実は、すぐに伝えないとならない理由が……」
ペルグの指示が口にされた状況でも、ギルド職員はペルグに報告を急ぐように前に立っている。
ペルグ「ったく……規則違反を許すと、次から面倒だってのに、はぁ……わかった手短に話せ」
ギルド職員「はい……すみません。ペルグさん、実は、バケット家の屋敷から魔物が溢れ出してきています」
そこまで、ギルド職員が口にした途端に上を目指して歩き出そうとしていたペルグの足が止まる。
ペルグ「なんだと! おい、そいつは本当か、バケットの奴! 魔物はテイムしてギルドに“従魔登録”をしてたんじゃねぇのか!」
ギルド職員「ひぃ、そんなことを言われても、事実しか分かりませんよ」
ペルグに詰め寄られたギルド職員が、身を震わせている。
ネル:そんなに怖いなら、言いに来なきゃいいのにさぁ、お馬鹿さんだなぁ。
ギルド職員「ペ、ペルグさん、とりあえず、ギルドに何とかしろって街の奴らが溢れてるんですよ!」
ペルグ「だぁ、クソ、すぐに話を聞きにいく! ネル・ニルガル! 今回はお前の勝ちで構わん。だから、邪魔はするなよ! アイシャ、来い上がるぞ!」
ペルグは勝手に負けを宣言すると、ネル達を置いて、冒険者ギルドフロアに走っていく。
ネル:勝手に負けを認めるなんて……最高に獲物に馬鹿にされて逃げられた気分になるじゃないかぁ!
アシミー:嘘でしょ……ペルグさんが負けを認めるなんて……無敗のペルグさんが敗北しちゃったわけ……じゃなかった!
ネル「だあぁぁ! ボクちゃんはこんな終わり方なんか、望んでないんだよぅ!」
そんな叫びを地下室に響かせるネルの背後から、小さな手がローブを軽く引っ張る。
振り向いたネルはアシミーに視線を向けた。
ネル「アシミーちゃん……?」
ネルは動揺するように声を僅かに震わせていた。掴まれた袖はアシミーの手でしっかりと握られ、今にも泣きそうな表情があったからだろう。
アシミー「ネ、ネル? 大丈夫なの、手から血が出てるけど……」
アシミーが心配そうに、ネルを見上げる。
心配そうで不安そうな表情を浮かべたアシミーに、ネルは視線を合わせるようにしゃがみ、ニッコリと笑って見せた。
ネル「あはぁ、アシミーちゃんったらぁ! ボクちゃんを心配してくれたんだねぇ、大丈夫だよぉ。それよりもさぁ……ボクちゃん達で、勝手に暴れちゃおっかぁ」
ネルの突然の言葉と浮かべられた笑みに、アシミーの表情は即座に固まる。
アシミーが返事を口にする前に、ネルが脇に抱えて、ギルドの受付カウンターへと上がっていく。
アシミー「うぇ、ちょ、ネル! 待ってぇぇ!」
ネル「あはぁ〜! アシミーちゃんから元気をもらって、ボクちゃんは幸せさぁ」
アシミー:私は荷物じゃないのよ! 早いから、階段を5段飛ばしで、上がるのやめてよー!
アシミーの叫びが階段内に響いていた。ネルはそんなアシミーを楽しそうに抱えたまま、ギルド1階に移動する。
既にギルド受付には、大勢の人が犇めき、怒号と困惑が溢れ出していた。
ネル:うげぇ……ただでさえ、うるさかったギルドに、ノイズが無駄に増えてるし……本当に嫌になるなぁ。
受付カウンターでは、アイシャや他の受付嬢が慌てて対応する様子が見え、必死に声を出しながら、人々を落ち着かせようと説明をしていた。
アイシャ「落ち着いてください。今、ギルドとしても、状況確認をですね」
住民A「それよりも、魔物を討伐しろ! ギルドに登録してる従魔なんだろうが!」
ギルド職員「ですから、確認した後に、討伐依頼をギルドとしても出します。討伐に対する依頼料が決まるまで、もう暫くお待ちください」
住民B「依頼料だぁ! ふざけんな。それよりも早く、バケットの奴を捕まえろよ!」
ネル:みんな自分勝手だなぁ……そんなに魔物が気に食わないなら、自分で始末したらいいのにさぁ〜。
ギルド職員「ですから、すぐに現状確認をですね……」
住民C「街中に現れた魔物は、ギルドが許可を出した魔物なんだろうが! そのせいで自警団は動かないんだから、責任取れよ」
止まない罵声と怒声、不安と懇願、守られる側だと言わんばかりの勢いが連鎖することで収拾がつかない状況になっていた。
ギルドからすれば、業務を規則どおり行っただけであり、バケットもギルドのルールを守り従魔として登録をしっかりと行っていた。
逆にいえば、ギルドも許可は出したが、現状確認をしなければ、すぐにバケットの所有物である従魔を討伐できない状態になってしまっているからだ。
ネル:本当に……しがらみってやつは、無駄しか生まないって感じちゃうねぇ……みんなボクちゃんみたいに立派な大人になればいいのにさぁ。
ネルは暴徒化した住民のノイズにうんざりしたという様子で、手を高く上げると悪い笑みと一緒に声を上げた。
ネル「はぁ〜い! ご注目〜! ボクちゃんとアシミーちゃんが、今から魔物討伐を引き受けま〜す! 魔物の数に関係なく、倒せるだけ倒して、銅貨1枚で引き受けるよぅ……さぁ、誰が依頼を出してくれるんだぁ〜い!」
アシミー:え、何言ってるわけ! ネル! 勝手なこと決めたらダメなのよ。
ネル:アシミーちゃんたら、ボクちゃんが立派に人助けをしてあげるって言ったからびっくりしてるみたいだねぇ。でも、ペルグが勝手に負けを認めるから、ちゃんと勝たないと気が済まないのさぁ。
ネルの言葉に、ギルド内に広がっていたノイズというべき雑音のすべてが静まる。誰もが耳を疑ったような表情を浮かべる。
誰も喋らなくなったギルドで、ただ一人の怒号が響き渡った。
ペルグ「ネル! お前、何を勝手なことを!」
怒号の主であるペルグはオーガも逃げ出すような威圧をはらんだ声でネルを怒鳴る。
その勢いに視線を集めるが、ペルグの表情と雰囲気に住民達だけでなく、ギルド職員の誰一人として、声を出せないでいた。
しかし、アシミーを抱えたままのネルだけがその空気を噛み砕くようにギザ歯をニヤリと見せつけると喋り出す。
ネル「あれれぇ〜? どうしたんだぁ〜い。ボクちゃん達は仮だよ〜本当にギルドが討伐を引き受けるまでの、足止め役をしてあげるって、言ってるのさぁ」
ニヤリと口を歪ませて、笑みを見せると、ペルグは拳を震わせている。
ネル:あらあら……悔しそうな顔じゃないかぁ。でも、ボクちゃんはそんなことを気にしな〜い。ただ、ペルグが困る問題を勝手に潰して、本当にボクちゃんが勝ったと分からせたいだけだからねぇ。
ネル「さぁ、アシミーちゃん。ボクちゃん達で、ギルドが動けない問題を解決しにいこうじゃないかぁ……あはぁ」
そう告げた後、アシミーがネルから解放される。ネルはゆっくりとギルドの外に向かって歩いて行く。
状況を理解したアシミーは、ネルの背中とペルグの顔を交互に見てから、カウンター側に頭を下げるとネル側に走っていった。
ペルグ「だぁ! アシミーもアイツ側か……前は素直な奴だったが、はぁ……」
アイシャ「ペルグさん。いいのかい、あれ?」
ペルグ「……ぐっ、いいわけねぇだろうがぁぁ!」
ギルド出口で一度止まったネルは、背後から怒鳴るペルグに軽く手を振りながら、アシミーと共に扉から外に出る。
ギルドの外に集まった人々もギルド内の様子を見ていたからだろう。ネルとアシミーの邪魔をすることなく、道を開けた。
未だに騒がしいグラードの街中を進む2人。ギルドを目指す人々と真逆の方向に向かって歩き出した。




