21、バケットの庭再び。ネルとアシミーの大掃除
2人が向かったのは、バケットの屋敷まで続く庭という名の森である。
ギルドがバケットの調査と確認のために向かおうとしていた場所であり、2人からすれば、一番ギルドに調べられたくない場所でもあった。
目的地に向かう中、アシミーは頭から湯気が出そうな勢いでネルへと注意をしていく。
「ネル。もう! ギルマスに失礼すぎるよ! 流石にやりすぎだからね、わかってるの?」
ネル「あらら? アシミーちゃんにはやり過ぎに見えたのかぁ〜い? ボクちゃん的には、穏便に済ませたつもりなんだけどなぁ」
「どこが穏便なのよ……私からしたら喧嘩を売って、バチバチにしか見えなかったわよ」
街中を歩きながら、自然と会話が交わされる。
ネルがクスッと笑うと、アシミーはジト目で視線を上向きにする。
「なんで笑ったのよ?」
「えぇ、ボクちゃんと話すアシミーちゃんは本当に素直だなぁってさ、前はツンツンだったからねぇ。今の方が可愛いよぅ……本当にキュートすぎてびっくりさぁ」
直接ネルの言葉を向けられたアシミーは、軽く赤面すると途端に視線を逸らした。
アシミー:今言わなくても……そんなにツンツンしてたつもりじゃないのに……ただ、私なりに完璧な冒険者を目指してただけで……
ネル:アシミーちゃんたら、ボクちゃんに可愛いって言われて照れるなんて、本当に最高だよ〜アシミーちゃん。
「だから、なんでニヤニヤしてるのよ! もうぅぅ!」
街の混乱が嘘のように明るい会話が2人の間に流れていく。
ただ、歩みが止まることはない。周囲から騒がしさが消え始め、次第に人通りが減り始める。
逃げ出した魔物との戦闘があったことを裏付けるように壁などには爪痕が刻まれ、住民の怯えた視線が建物内から、2人が歩く通りに向けられていた。
「思ってた以上に厄介な状態みたいね……さっきはああ言ったけど、ネルの判断は正しかったみたい」
「だろう〜? 正直、襲われてるのに誰も助けに来ないなんて最低なシチュエーションは大嫌いだからねぇ……ボクちゃんがしっかり、躾をしてあげないとねぇ」
住宅街を抜けると、2人は目的地であるバケット邸の庭に到着する。
バケットの屋敷まで伸びた庭という名の森。
周囲を覆うように強固な鉄製の侵入防止柵があり、入口となる門の前には大勢の人々が集まっていた。
アシミー:やっぱりすごい集まってるわね……ギルドについて説明するの面倒くさそうだなぁ。
ネル:普段なら邪魔なノイズだけど……今回はボクちゃんとアシミーちゃんの為の観客みたいなものだから、仕方ないかぁ。
入口には、桑や鋤といった先端が鋭く尖った農具を手にした男達が緊張した表情で睨みを効かせている。
ネルは悩まずに、その集まった集団に向けて、宣言するように大きな声で喋りかけていく。
「やぁ、ボクちゃんとアシミーちゃんが魔物を個人的に狩りに来てあげたよぅ」
ネルは即座に“個人的”という言葉を混じえて会話を開始する。
要件だけを伝えた形だったが、集まっていた男達は話を聞くと唖然としながらも文句などを口にする者はいなかった。
数人が質問を口にするが、ネルはアシミーを見て、ニッコリと笑う。
「さぁ、ボクちゃん達だけでいこうかぁ……ギルドがやらないから仕方ないしねぇ、早くお片付けしちゃおうねぇ」
「あ、ネル! もう……皆さん、すみません」
アシミーは素早く、集まった人々に頭を下げてから、ネルの後を駆けていく。
ネル:時間の無駄は、人生の無駄って、散々言われてきたからねぇ……説明とかはしてあげなぁ〜い。だって無駄だもんねぇ。
アシミーが不安そうに問い掛ける。
「よかったの? ネルに質問してた人達を全員無視してたみたいけど」
「えぇ? なんか言ってたかなぁ……ボクちゃん、アシミーちゃんが横にいるなら、他のノイズは無視なんだよねぇ?」
両手を軽く上げながら、悪戯な笑みを浮かべるネル。
その表情に仕方ないといった表情を浮かべたアシミーは肩を落とす。
「本当にネルは、マイペース過ぎるわよ。でも、ネルだもんねぇ、仕方ないかぁ」
「あはぁ、そうさぁ。ボクちゃんからしたら、最高のピクニック気分だからねぇ……さぁ、お邪魔な害獣をスパスパ、お片付けしちゃおうねぇ〜」
2人はバケット邸の庭を進んでいく。数時間ぶりのバケット邸の庭は朝と同様に静かであり、街中が魔物騒ぎに翻弄されているなどと微塵も感じさせない静寂な空気に包まれていた。
ただ、それも2人が庭の中間に足を踏み入れるまでの話だった。
森となった庭を歩く2人を包囲するように草木が擦れる音が聞こえ出していく。
アシミー:流石に庭で放し飼いの魔物は情報がないのよね。バケットの使役してた従魔だし、軽くDランクからGランク程度の魔物だと助かるけど……数が分からないのが厄介だなぁ。
警戒するアシミーの横でネルは小さく笑った。
「アシミーちゃんは、真面目だよねぇ? リラックスしてよぅ……せっかく2人きりのピクニック気分なんだからさぁ」
「普通はそうならないのよ? はぁ、ネルって、なんていうのかなぁ、落ち着いてるっていうか……自信しかないわよね」
その場でネルが足を止めると、アシミーも周囲に視線を確認するように動きを止める。
ネルは、わざとらしく、自身の顎に人差し指を当てて悩むような仕草をすると、アシミーに視線を合わせていく。
顎から人差し指をゆっくりとアシミーに向けたネルはそのまま、伸ばした手を開くとソッとアシミーの頬に触れる。
頬を触られたアシミーがビクッと身体を震わせるとネルは笑いながら呟く。
「逆に聞くけどさぁ……アシミーちゃんの前で、カッコ悪いボクちゃんなんか、なんの価値があるっていうのさぁ〜?」
ネルがアシミーを見つめながら、そう言い終わる寸前、茂みが激しく揺れ、ダークファングがネルに向かって噛み付こうと飛びかかる。
ダークファングに気づいたアシミーが、ネルを守ろうとした瞬間、ネルはアシミーに向けていた暖かい視線を冷めた視線へと切り替えていく。
そのまま音の方へ視線を向ける。
ネルは、左手をダークファングに向けて振り上げると、勢いのままに振り下ろす。
一瞬でダークファングが肉塊に姿を変え、更に血飛沫が吹き出していく。
ネルは煙を傘のように広げると、しっかりとアシミーにかからないように庇って見せる。
「はぁ……ネルといると、本当に寿命って概念がなくなりそうなんだけど……攻撃が早すぎて、びっくりしたわよ……」
「あはぁ〜びっくりしたのかぁ〜い? ボクちゃんってば、魅力的なのかなぁ〜」
「まだ来るわね……なら、次は私がネルに凄いところを見せてあげるわよ!」
触腕髪から複数の【鋼糸】を放つアシミー。
その鋼糸が姿を現した直後のオーク3匹の頭部を綺麗に貫いた。
「やるねぇ、ボクちゃんも負けられないなぁ」
「私だって……これならネルに負けないわよ。むしろ、私がネルより、たくさん狩るんだから」
ネル:アシミーちゃんと共同作業なんて、まるで結婚式みたいじゃないかぁ……嬉しくてドキドキしちゃうよぅ。
アシミー:ネルったら、余裕の笑みを浮かべてるわね。いいわ……私の凄さを教えてあげちゃうんだから!
ネルは次々に【煙視】を広げ、索敵をしながら、オークにウルフ、ボアにコボルトとEからGランク程度の魔物達を片付けていく。
アシミーも【鋼糸】以外の糸を使うことで、索敵を行っている。
触腕髪から放たれた糸から周囲の地形や木々の位置、生物の温度を判断して、魔物を発見し討伐していく。
「アシミーちゃんは、ボクちゃんより器用みたいだねぇ〜羨ましいなぁ」
「よく言うわよ! ネルみたいに全部を見渡すなんて、それこそ羨ましい限りだわ」
軽い会話風景に似つかわしくない魔物の死骸。その数の多さは異常と言えたが、なによりも異常なのは2人の存在だろう。
仮に魔物が2人を言葉にするなら、捕食者や敵などの部類ではなく、死神や悪魔に近いのかもしれない。
「ボクちゃんは、やっぱりアシミーちゃんといるとワクワクしちゃうよぅ〜」
片手に掴んだウルフの頭部を砕きながら微笑む。
「そんな状態で言われても嬉しくないわよ……ねぇ、ネル? 本来はここから出るなって命令されてるはずの魔物達がなんで、いきなり暴れて街に出てきたと思う?」
「知らないなぁ、ただ、ボクちゃんが始末し損ねた大物でもいたのかなぁ……」
会話が終わる前に、木々の奥から“ぐうぅぅぅ!”と、唸り声が聞こえてくる。
ネル:何かなぁ……何かなぁ……獣臭が強くなってるねぇ……ワクワクだねぇ……巨大な猫?
「なんだぁ……でかい猫ちゃんが残ってたのかぁ……ボクちゃんってば、強い魔物かと思ったのに、猫じゃなぁ……」
「な、何が猫よ……ネル、よく見なさい! あれは、ビッグジャガーじゃない!」
アシミーの声にネルは視線を“でかい猫”へ向けると、悪い笑みを浮かべた。




