14、片付けの後に……
アシミーから、ネルへと向けられた視線、驚きを形にしたように口をポカンと開いてゆっくりと人差し指をネルへと伸ばす。
アシミー「ネル、アナタったら、煙草を吸うタイプだったのね?」
アシミー:まぁ……見た目からわかってたけど……忘れそうになるけど、ネルってば、成人してるはずだもんね……お酒もイケるのかしら?
ネル:終わった……ボクちゃん、アシミーちゃんにきっと、危ない悪い大人だと思われちゃうじゃないかぁ……どうしよう、どうしよう、どうしよう!
アシミーがそう口に出した瞬間、ネルは一瞬、凍り付いたように固まるとコンマ数秒で表情を青ざめさせる。
そこからネルは迷わずに吸いかけの煙草を屋敷側に投げ捨てた。
動きに驚いた様子のアシミーが片手をネルへ伸ばして、僅かに口を開くと同時にネルの表情が不安に染まる。
だが、アシミーの問い掛けが音として、発せられることはなかった。
ネルの片手が屋敷側に勢いよく伸ばされる。
アシミーと視線を合わせたまま、ネルが後ろに伸ばした片手は真っ赤に輝き、無音のまま【炎煙】が放たれていく。
真っ赤な煙が灼熱の煙になり、それは広がっていく。
そんな鮮やかな紅色の煙が屋敷を包み込むと、追い風のように突風がすべてを巻き上げ、勢いを加速させる。
ネルのスキル発動から十数秒で、屋敷は完全に炎に包まれる。
燃え上がる屋敷を見つめたアシミーは、固まっていた。
アシミー:な、なにしてんの……え、火事? 燃やしたの? あれ、え? だってこんな話なかったわよね……
ただ、ネルの行動を見て固まるアシミーにネルは、さらに慌てると、後ろを一瞬だけ振り向き、視線を左右、上下に動かした後に【壊煙】を発動させる。
黒い煙が煙草ごと、屋敷を包み込み消し去っていた。
その場が、跡形もなく消え去るとネルは正面に視線を戻して、優しい笑みをアシミーへ向けた。
ネル「な、なんの話かなぁ、ボクちゃんはアシミーちゃんの前で喫煙なんかする筈がないじゃないかぁ……あはは……」
ネルの背後から黒い煙が薄まり、完全に霧散するがアシミーは一言も発しないまま、口を開いている。
ネル:ふぅ、ボクちゃんは淑女だから、アシミーちゃんに嫌なイメージなんて与えられないさぁ……これで問題なしだよねぇ。
アシミー:何を考えてるのよ……何を見せられたわけ、3階建ての屋敷は……それより、理由は何よ!
アシミー「ネル、教えてくれるかしら……これって、煙草がバレたから、こんなことしたわけ?」
ネル「……た、煙草なんて……ボ、ボクちゃんは……」
ネル:ダメだった……ボクちゃんは、馬鹿だよ……なんで気を抜いたのさぁ! 優しいアシミーちゃんが戻るかもってなんでボクちゃんは考えなかったんだよぅ……きっと幻滅された……嫌われた? いなくなる? やだやだやだやだやだやだ……
絶望に染まった泣きそうなネルの表情があり、ゆっくりと下に視線を向ける。ネルの口が僅かに動こうとしていたが、何も言葉が出ることはない。
ネルは、そのまま黙ってしまった。
そんな姿を見つめたアシミーは、しゃがみこんで、その小さな身体と頭でネルを下から見上げる。
アシミー「えっとね……別に私はネルが煙草を吸うくらいのこと、気にしないわよ? むしろ、ネルが我慢する方が今はいやなの……ただ、屋敷のことは本当にやりすぎだし……正直、今も訳がわからないけど……」
ネル「え、あれ? アシミーちゃん。なんか、雰囲気が違うよぅ……なんで、そんな風に言ってくれるのさ……」
ネル:訳が分からないのはボクちゃんの方だよ……どうしたらいいのさぁ……こんな状況って……せっかく頑張って、アシミーちゃんにサプライズするはずが、バレちゃって……煙草もバレて……あぁぁぁぁぁ!
ネルの瞳から次第に光が消えていく。その様子にアシミーが慌てたのか、勢いよく頭を上に上げた。
その瞬間、ネルのおでことアシミーのおでこが綺麗に重なる。
アシミー「痛ぃ……ネル、石頭なんじゃないの!」
ネル「え、あ、え……?」
互いのおでこがぶつかったことで、ネルの瞳に光が戻ると同時にネルがへたり込む。
アシミーはその勢いのまま、ネルのローブを掴むとグッと顔を近付ける。
2人の顔が一気に迫り、慌てたネルにアシミーが力強い眼光をしっかりと突きつける。
ネル:え……なに……これ……動けない……
アシミーはその場で深呼吸をするとネルのおでこに額をくっつけた。
アシミー「ふぅ……私はネルの仲間になるって決めたの。だから、ネルに遠慮されたり、我慢されたら意味がないの! わかった!」
力強く言われた言葉と同時に、ローブを握っていた両手を離すと、大きく手を広げられている。
アシミー「は、早くしなさいよ……私だって、恥ずかしいのよ!」
軽く膨らんだ頬を赤らめながら、プルプルと震えたアシミーの姿があり、ネルは目を丸くしていた。
ネルはゆっくりと両手を同じように広げると、ただ、アシミーを抱きしめた。
ネルがぎこちなく抱きしめるとアシミーも強く力を込めるように背中に手を伸ばした。
ネル「ア、アシミーちゃ〜ん……ボクちゃんは幸せだよぅ〜泣いちゃうかと思ったよぅ!」
アシミー「ね、ネル! 頬をスリスリしないの! 恥ずかしいでしょ、抱きしめるだけにしなさいよ。キスはダメなのよ……ネルってば、泣きそうって言いながら、笑ってるじゃないのよ!」
ネル「だって、我慢したらダメなんでしょう〜なら、我慢なんかポイポイぽ〜いさぁ!」
アシミー:なによ、その言い方! 確かに言ったけど、あぁぁもう!
そうして、ネルはアシミーの頬を堪能するように擦り合わせていく。
最初よりも真っ赤になった触腕髪と表情を浮かべたアシミーを見つめながら、ネルは笑いかける。
向けられたネルの表情に再度、プルプルと震えるアシミーの姿があった。
ネル:ただ、ボクちゃんは改めて……なんていうか、そう! この事件をきっかけに、アシミーちゃんと仲良くなれたんだって感じたんだ。
アシミー「でも! ネルは悪い子なのよ……私はダメって言ったのに、頬っぺたにキスするなんて……ふん!」
ネル「えー! ご、ごめんよぅ! ボクちゃんてば、嬉しくて、その……許してよぅ〜」
2人はそんな会話を楽しみ、朝焼けに染まった空を見上げていた。
ネルはアシミーに屋敷でバケットを倒したとだけ伝え、魔玉も破壊した事実を伝えた。
少し冷えた朝の空気が2人の頬を通り抜けるとタイミングを同じくしてアシミーが声を上げる。
アシミー「え、な、なんで……屋敷はいいとして、バケットはどうなったのよ!」
ネルはアシミーの言葉に、慌てて視線を反らせて、空を見つめてから屋敷があった方に視線を向ける。
ネル:さっき、煙草を投げ捨てた時に、屋敷を【炎煙】で焼き尽くして、【壊煙】で磨り潰しちゃったんだった……
ネル「あ、忘れてたよぅ……あはぁ、ボクちゃんってば、うっかりだねぇ」
アシミー「うっかりじゃないわよ! 普通に考えたら、屋敷を消し去るとかも普通じゃないのよ! しかも、本人までなんて……はぁ……」
ネル「だって……消えちゃったんだから、仕方ないじゃないかぁ……あはは」
アシミー「仕方ないって……はぁ、もう……そうね。ネルだもんねぇ……」
疲れきったようにアシミーが地面に横たわると、ため息を吐いた。
それに合わせるようにネルが横に寝転がる。
アシミー「ネル……服が汚れちゃうわよ?」
ネル「アシミーちゃんだって、同じじゃないかぁ……」
アシミー「私は疲れたからいいのよ……」
ネル「なら、ボクちゃんも同じ理由ってことにするよぅ〜」
ネル:良かったぁ。アシミーちゃんが許してくれたみたいだよぅ……えへへ。
アシミー:考えてもダメね……ネルはやっぱり、非常識すぎるわ。私が常識を教えて、ネルを真人間にしてあげないと。うん! 頑張るわよ私!
そうして、2人は地べたに転がり、互いの顔を見ていた。
大きく横に伸ばしたままの両手、見上げた2人の視線の先、空を流れる雲。
そんな流れていく雲が微かに笑ったような眩しい朝だった。




